事件番号:JP2001-0003

                                           裁定書

  申立人:大阪府大阪市平野区加美鞍作1丁目6番19号
          アイコム株式会社
  申立人代理人:大阪府大阪市北区西天満5丁目1番9号 南森町東洋ビル4階
                栄光綜合法律事務所
                弁護士 川村和久
  登録者:愛知県名古屋市西区天塚町1丁目73番2号
          株式会社アイコム
  登録者代表権者:愛知県名古屋市西区鳥見町3丁目35番地
                  株式会社アイコム代表清算人 竹内正樹

 当紛争処理パネリストは、申立書、提出された証拠、方針、規則及び補則に
基づいて審理した結果,以下のとおり裁定する。

1 裁定主文
  ドメイン名「icom.ne.jp」の登録を申立人に移転せよ
2 ドメイン名
  紛争に係るドメイン名は「icom.ne.jp」である。
3 手続の経緯
  別紙のとおり

4 当事者の主張
 a 申立人
  申立人は、登録者が申立人の商品等表示並びに本件商標権登録と同一また
は混同を引き起こすドメイン名を、その使用についての権利または正当な利益
を有していないにもかかわらず登録し、不正の目的で登録が継続されていると
主張する。
 (1)ドメイン名が、申立人が権利を有する商標その他表示と同一または混同を
引き起こすほどに類似していること。
ア 周知商品等表示
 申立人は、アマチュア無線機器等の製造・販売を主たる目的として昭和39
年7月に設立された会社であり、以後この分野における積極的な研究開発・営
業活動により、近年無線機器業界トップの販売シェアを維持し、また、平成2
年12月には大証二部に上場し、さらに、平成10年8月からはコンピュータ
及び周辺機器、マルチメディアネットワーク関連のハード・ソフトの製造開発・
販売分野にも本格的に進出するなどして、現在、申立人の商号並びに社名商標
でもある「ICOM」「アイコム」との表示(以下申立人商品等表示という)は、
申立人の営業及び商品を示す表示として、無線機器業界のみならず、全国的な
周知・著名性を獲得するに至っている(なお、当社社名商標の一つである「i
COM」【登録第2269854号】が、わが国の有名商標として社団法人国際
工業所有権保護協会日本部会(AIPPI・JAPAN)の日本有名商標集に
掲載されており、平成11年7月からは、右掲載商標は特許庁の商標審査基準
においても、原則として周知・著名なものと推認して取り扱われているところ
である)。
イ 商標権
 その上、前記一覧表にも記載のとおり、申立人は、甲第4及び第5号証表示
の「ICOM」及び「アイコム」の商標権(以下、本件商標権)を有している。
当該商標権にかかる指定役務は、NEドメインの組織の種別及び登録資格である
「不特定又は多数の利用者に対して営利又は非営利で提供するネットワークサ
ービス」に必要な「電子計算機端末による通信、移動体電話による通信、電話
による通信」等である。
ウ 表示の同一もしくは類似
 よって、紛争に係るドメイン名(icom.ne.jp)(以下、本ドメイン名)(にお
ける要部であるというべき「icom」)と、申立人商品等表示並びに本件商標権と
を比較すると、いずれも「ICOM」の英文字(大文字または小文字もしくはそれ
らの組合せ)4文字からなるものであり、また、その称呼も何れも「アイコム」
であり、両者は同一または混同を引き起こすほどに類似していることは明らか
である。

 (2) 登録者が、申立の対象であるドメイン名についての権利または正当な利
益を有していないと考える理由
 まず、登録者は、平成10年10月6日にコンピュータソフトウエアの企画
開発及び販売、インターネットによる情報処理業務等を目的として設立された
会社である。
 ところで、商標権は、特許庁が付与する国内唯一の権利であるところ、申立
人は、NEドメインの組織の種別及び登録資格である「不特定又は多数の利用者
に対して営利又は非営利で提供するネットワークサービス」に必要な「電子計
算機端末による通信、移動体電話による通信、電話による通信」等を指定役務
とする上記商標権を現に保有している(平成7年1月31日、同年5月31日
登録)。
 反面、登録者は、本ドメイン名に関係する何らの商標権も現在有しているも
のではないし、かつ、今後当該指定役務において、登録者が本ドメイン名と同
一もしくは類似する標章について商標権を取得できる余地もない。
 その上、登録者は、すでに営業を廃止したうえ、平成12年4月30日株主
総会決議にて解散して(同年5月10日登記)、清算手続中であり、清算の目的
の範囲内を超えては権利能力を有しない。
 これらのことからして、登録者は、本ドメイン名に対するいかなる権利また
は正当な利益を有していないことも明白というべきである。

 (3) 登録者の当該ドメイン名が、不正の目的で登録又は使用されていること
 申立人は、登録者に対し、平成12年3月3日(警告書)、同月29日(催告書)
にて、不正競争防止法第3条に基づき、商号の抹消ないし変更及びその他の関
連する商品等表示の即時使用中止を求める書面を送付した。
 これに対し、登録者は、同年5月26日に代理人である猪子弁護士を通じて、
「株式会社アイコムは、平成12年4月30日の株主総会決議により解散し、同
年5月10日にその登録を完了した」旨回答をなしてきた。
 申立人は、その後、登録者(代理人弁護士)に対して、「本件ドメイン名」に
ついてもその廃止手続を行うよう申し入れを行ったものであるが、解散から半
年以上経つ今日に至っても、未だ廃止手続が行われていない。
 登録者は、現に当該ドメインを営業において使用せず、また、今後も使用す
る何らの客観的必要性もないものと思料されるところ、登録者が本件ドメイン
名を保有する事実は、遅くとも、登録者が解散登記を行った平成12年5月1
0日以降、「申立人が権利を有する商標その他表示をドメイン名として、使用で
きないよう妨害するために、登録者が当該ドメイン名を登録(もしくは登録を
維持)している」ものに他ならず、登録者がそのような妨害行為をすでに長期
間(6ヶ月以上)に渡って行っていることも考え合わせても、「登録者の当該ド
メイン名が、不正の目的で登録又は使用されている」ものに該当することは明
白と思料する。
 従って、申立人は、ドメイン名登録の申立人への移転を請求する。

 b 登録者
  登録者は答弁書を提出しなかった。

5 争点および事実認定
 a 答弁書不提出の効果
 本件において登録者は、手続規則2条(a)(i)に基づいて適式に申立書の送付
を受けたにもかかわらず、答弁書提出期限までに答弁書を提出しなかった(別
紙手続の経緯(9)参照)。また登録者が清算手続中であることを考慮し、パネル
から紛争処理機関を通じて、代表清算人竹内正樹に対して意見照会書を送付し、
これを受領した(同前(14)参照)にもかかわらず、代表清算人ないし登録者は
意見書提出期限として指定した3月22日までに意見書その他一切の通知連絡
をしていない。従って本件において争点は形成されていない。
 もっともこのような場合に手続規則によれば、パネルは、申立書に基づいて
裁定を下すものとするとされている(5条(f))一方、両当事者が平等に扱われ、
各当事者のそれぞれの立場を表明する機会が公平に与えられるよう努力するこ
と(10条(b))、いずれかの当事者がパネルの要請を履行しないとしても、適切
と思われる判断を下さなければならないこと(14条(b))と規定されている。
これらの規定を総合的に判断するならば、パネルは、登録者が答弁書を提出し
ないという事実のみを理由として申立人の申立てを認容することが許されない
ことはもとより、申立書記載の事実主張および要件充足判断について登録者が
全部自認したものと扱うこと(擬制自白方式)も許されず、申立人の主張する
事実と処理方針および手続規則の定める要件が充足しているかどうかの判断を、
申立人の提出した証拠と両当事者の陳述内容とに基づいて認定しなければなら
ないものと解される。

 b  紛争処理方針の定める要件について
 こうした見地から、本件申立における事実主張および証拠等に照らして、本
件申立事件が方針第4条(a)の定める三要件を充足しているかどうかを検討す
る。

 (1) 登録者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標その
他表示と同一または混同を引き起こすほど類似していること
 申立人が商号並びに社名商標として「ICOM」「iCOM」「アイコム」と
の表示に権利を有していることは申立人提出の証拠(甲2号証、甲4号証から
7号証まで)に照らして明らかである。また、それが登録者のドメイン名
icom.ne.jpの要部たるicomと誤認混同を引き起こす程度に類似していること
も認めることができる。

 (2) 登録者がicom.ne.jpとのドメイン名に権利または正当な利益を有してい
ないこと
 申立人が「電子計算機端末による通信、移動体電話による通信、電話による
通信」等を指定役務とする上記商標権を現に保有しており(平成7年1月31
日、同年5月31日登録)、これに対して登録者が「不特定又は多数の利用者に
対して営利又は非営利で提供するネットワークサービス」として割り当てられ
たneの属性をもつ本件ドメイン名に対応する商標権その他の権利を有するこ
とを認めるに足る証拠および事実はない。むしろ、登録者の社名が株式会社ア
イコムであるものの、同社は平成12年4月30日の株主総会決議により解散し、
清算手続中である(甲3号証、甲10号証)以上、もはやドメイン名に対して正
当な利益があるとはいえないと解することができる。
 なお清算中の会社が本件ドメイン名を他に譲渡することにより、残余財産の
分配原資に当てることも考えられる。しかし当パネルより紛争処理機関を通じ
て代表清算人に対してした意見照会書においてその旨の照会を行った(別紙手
続の経緯(14)参照)にもかかわらず、回答はなされなかったので、そうした予
定はないものと解することができる。

 (3) 登録者のドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていること
 申立人は、申立人が登録者(代理人弁護士)に対して、「本件ドメイン名」に
ついてもその廃止手続を行うよう申し入れを行ったものであるが、解散から半
年以上経つに至っても、未だ廃止手続が行われていない事実をもって、申立人
が本件ドメイン名の使用を妨害するために登録しているものと結論付けている
(前記4a(3))。しかしながら申し入れに対して廃止手続を行わないことのみを
もって直ちに妨害する目的ありと積極的に認定することは、困難である。
 もっとも、(ア) 先に要件(2)について認定したように、登録者は本件ドメイ
ン名に権利または正当な利益を有しない。また、(イ) アイコムの文字を用いた
商号および関連商品等表示の使用が不正競争防止法上の不正競争行為に該当す
るとの警告を申立人から受けた(甲8号証および9号証)ことに応じて会社の
解散をするに至っており(甲10号証)、本件ドメイン名icomまたはICOM、ア
イコムという文字列を営業上の標識として登録していることが申立人の営業上
の利益を損なっている事実を認識しているものと認めることができる。さらに、
(ウ) 登録者は清算手続中であり、いずれかの時期にはドメイン名登録を廃止ま
たは譲渡しなければならない。そして他に譲渡する予定がないことは先に要件
(2)において認定したところである。以上(ア)?(ウ)の事実が認められる状況の
下では、登録者は、申立人の前記申し入れがあったにもかかわらず6ヶ月以上
もドメイン名登録の廃止手続をとらないでいることが申立人の同一ドメイン名
登録を妨害することとなる事実を認識し、少なくとも消極的には妨害の結果を
認容しつつ敢えて放置していたものと認めることができる。
 なお、申立人が主張する、「申立人は、その後、登録者(代理人弁護士)に対
して、『本件ドメイン名』についてもその廃止手続を行うよう申し入れを行っ
た」旨の事実は、これを認める証拠がなく、また申し入れの相手方が登録者の
代表権者か代理人弁護士(猪子恭秀弁護士のことと思われる)なのか、仮に猪
子弁護士に対しての申し入れという趣旨であれば、同弁護士が本件ドメイン名
紛争につき代理権を有しているか否かの証明もない。しかしドメイン名の廃止
を求める申立人の意思は、遅くとも本件申立書の登録者による受領の時点では
伝達されたものというべきである。従って、これに対する答弁書不提出の事実
およびその後の意見照会書に対する回答不提出の事実と合わせ、仮に申立人主
張の前記申し入れの事実に瑕疵があったとしても、「消極的には妨害の結果を
認容しつつ敢えて放置していたもの」との前記認定は左右されない。

6 結論
 以上に照らして、当パネルは、登録者によって登録されたドメイン名
「icom.ne.jp」が申立人の商標と混同を引き起こすほど類似し、登録者が、ド
メイン名について権利又は正当な利益を有しておらず、登録者のドメイン名が
不正の目的で登録されているものと認定する。
 よって、方針第4条iに従い、ドメイン名「icom.ne.jp」の登録を申立人に
移転するものとし,主文のとおり裁定する。
    2001年3月30日

   工業所有権仲裁センター紛争処理パネル
                            町村泰貴
              単独パネリスト


別紙 手続の経緯

(1)  申立受領日
    2001年1月25日(電子メール)
    2001年1月29日(郵送)
(2)  料金受領日
    2001年1月26日 金189,000円入金
(3)  ドメイン名及び登録者の確認日
    2001年1月25日 センターの照会日(電子メール)
    2001年1月25日 JPNICの確認日(電子メール)
    確認内容
    1)申立書に記載の登録者はドメイン名の登録者であること
    2)登録担当者は柴田勉であること
(4)  不足書類送付依頼書送付
    2001年1月29日(電子メール)
    証拠書類一覧表(正本及び写し)、証拠(写し)
(5)  不足書類受領
    2001年1月31日(郵送)
(6)  適式性
    センターは、2001年2月1日、申立書がJPNICの処理方針、規
    則、補則の形式要件を充足することを確認した。
(7)  手続開始日 2001年2月1日
    手続開始日の通知 2001年2月1日
    JPNICへ (電子メール)
    申立代理人へ (電子メール及び郵送)
(8)  登録者・登録担当者への通知日及び内容
    1)  2001年2月1日(郵送)
       2001年2月2日 登録者代理人受領
       2001年2月5日 登録者受領
    2)  申立書一式及び申立通知書
    3)  答弁書提出期限 2001年3月2日
(9)  答弁書の提出の有無及び提出日
    答弁書の提出なし
(10)答弁書不提出通知書の申立人への送付日
    2001年3月5日(郵送、FAX、電子メール)
(11)パネリストの選任
    申立人は1名パネリストによる審理・裁定を要求
    答弁書の提出もないことから、センターは、2001年3月9日、次の
    とおり、パネリスト1名を指名し、パネリストは同日、これを受諾した。
    パネリスト     町村泰貴
    中立宣言書受領日  3月12日(郵送)
(12)紛争処理パネルの指名及び予定裁定日の通知日
    裁定予定日 2001年3月30日
    裁定予定日の通知(JPNIC及び両当事者へ)
          2001年3月9日
    JPNIC(電子メール)
    申立人(電子メール及び郵送)
    登録者(郵送)
    登録者代理人(FAX及び郵送)
(13)パネリスト指名書及び一件書類受け渡し
    2001年3月9日(電子メール及び郵送)
(14)パネルによる審理・裁定
    2001年3月13日 意見照会書を送付(郵送)
    2001年3月16日 登録者代表清算人 竹内正樹、意見照会書受領
    2001年3月23日 登録者代表清算人 竹内正樹より回答提出なし