事件番号:JP2002-0007

                                裁  定

申立人
  名称:ファルマシア・アクチエボラーグ
  住所:スウェーデン国、エス―112  87  ストックホルム  リンドハゲンスガタン
        133
代理人:弁理士  青山   葆
        同      樋口  豊治

登録者
    名称:Vasco
    住所:Matsumura Bldg. 2F, Sarugaku-cho 1-4-8, Chiyoda-ku, Tokyo 101-0064

  当紛争処理パネリストは、申立書、提出された証拠、方針、規則及び補則に基づいて審
理を遂げた結果,以下のとおり裁定する。

1  裁定主文

    ドメイン名「pharmacia.jp」の登録を申立人に移転せよ

2  紛争に係るドメイン名は「pharmacia.jp」である。

3  手続の経緯
    別記のとおり

4  当事者の主張

a  申立人

(1)申立人とその関連会社について
  申立人は、スウェーデン国籍の製薬会社であり、世界の医薬品業界を代表するファル
 マシア・コーポレーション(Pharmacia Corporation)の子会社である。ファルマシア・
 コーポレーションは、米国法人である総合化学大手のモンサント・カンパニー
 (Monsanto Company)と、同じく米国法人である製薬大手のファルマシア・アンド・
 アップジョン(Pharmacia & Upjohn)との合併により、2000年4月3日に設立さ
 れた米国法人であり、ファルマシア・コーポレーション傘下の企業で構成されている多
 国籍企業(ファルマシア・グループ)の一つとして、ファルマシア・グループのブラン
 ド戦略拠点の役割を担うグローバル・トレードマーク・センターを擁し、グループ各社
 が世界各国に有する商標権及びドメイン名の管理や権利行使等を司る立場にある。
  ファルマシア・グループはイタリアのカルロエルバ社、米国のアップジョン社、同じ
 くG. D. サール社、同じくモンサント社、スウェーデンのファルマシア社(申立人の起
 源)、同じくカビヴィトラム社らが合併、提携など経て構成する多国籍企業であり、医
 薬品・化学品・医療用具・試薬などの製造・販売、化学分野の研究その他の関連事業を
 営み、その製品には購入者が限られている専門性の高い製品のほか、一般消費者が購入
 する一般用医薬品やヘルスケア製品なども含まれる。ファルマシア・グループは現在で
 は60カ国以上に現地法人を有し、社員6万名を擁し、その2000年度連結売上高は
 約181億米ドル(約2兆719億円)を超える。(甲第1号証及び甲第2号証)
  ファルマシア・グループ傘下の日本法人としては2001年1月に設立されたファル
 マシア株式会社があり、2001年9月時点での日本の製薬会社ランキングでは20位
 にある。同社は1973年にファルマシア株式会社として設立され、その後合併などを
 繰り返して現在のファルマシア株式会社となったものである。(甲第3号証)
  ファルマシア・コーポレーションはそのほかにも世界各国において PHARMACIA
 を企業名に冠する関連会社60社以上を傘下に有する。(甲第4号証)

(2)申立人の商標について
  申立人は遅くとも1911年に本国であるスウェーデンにおいて商標
 「PHARMACIA」の使用を開始し、以来かかる商標を世界各地で継続して使用してき
 た。またファルマシア・コーポレーションをはじめその傘下の企業も、申立人と同様に
 商標「PHARMACIA」を、それらの製品すなわち医薬品・化学品・医療用具・試薬な
 どについて世界各地で継続して使用してきた。かかる商標は、専門性の高く消費者が限
 定されている類の製品のみならず、一般用医薬品や禁煙補助剤、のど飴といった一般消
 費者向けの製品についても使用されており、その結果「PHARMACIA」なる商標は、
 申立人、ファルマシア・コーポレーション及びその傘下の企業の商標として広く世界中
 で知られるに到っている。(甲第1号証乃至甲第4号証)
  日本でも遅くとも1973年には「PHARMACIA」なる語が商標として使用されて
 おり、既に海外で申立人らが獲得した商標「PHARMACIA」の著名性と相俟って日本
 でも医薬品はもちろんのこと、関連業界内外で知られた商標となっている。ちなみに日
 本で一般消費者にも知られた申立人らの製品として、禁煙補助剤の「ニコレット」があ
 る。(甲第3号証)
  申立人は日本商標登録第1362969号「Pharmacia」旧第1類(申立人の旧名称
 「ファルマシア・アンド・アップジョン・アクチエボラーグ」名義)及び同第1400
 517号「ファルマシア」旧第1類を有する(甲第5号証及び甲第6号証)ほか、
 「PHARMACIA」の語を含む「KABIPHARMACIA」「PharmaciaCAPSystem」など
 計15件の商標登録を有する。
  また、申立人が世界各国において商標「PHARMACIA」について有する数多の商標
 登録のうち、国際登録商標第402486R号、スウェーデン商標登録第303216
 号、同第108427号、同第184436号、米国主原簿商標登録第1277927
 号、同第1025528号及び同第1025527号の登録証写などを提出する。(甲
 第7号証乃至甲第13号証)

(3)申立人の営業表示について
  申立人は1911年の設立以来、「PHARMACIA」なる表示をその商号の略称として、
 本国スウェーデンをはじめとし世界各地において、継続して使用してきた。また上述の
 ファルマシア・コーポレーション及び60社以上のその傘下の企業も、申立人同様に
 「PHARMACIA」なる表示を商号の略称として世界各地で使用している。日本におい
 ても上述の通り、遅くとも1973年にファルマシア株式会社が設立されて以来
 「PHARMACIA」なる語が商標として使用されており、既に海外で申立人らが獲得し
 た商標「PHARMACIA」なる表示が営業表示として使用され、既に海外で申立人らの
 営業表示として認識されるに至った「PHARMACIA」の著名性と相俟って日本でも今
 日に至るまでに特に医薬品業界では著名な営業表示となっている。(甲第1号証乃至甲
 第4号証)

(4)申立の理由

 ⅰ)ドメイン名と申立人表示の同一もしくは類似について

  本件ドメイン名は、トップレベル・ドメインを除けば、申立人らの著名な商標である
 「PHARMACIA」と大文字小文字の差異を除き同一である。同様に、本件ドメイン名
 は、トップレベル・ドメインを除けば、申立人、ファルマシア・コーポレーション並び
 にその傘下の企業の著名な営業表示である「PHARMACIA」とも実質的に同一である。
  このため、本件ドメイン名が使用された場合、一般世人に、申立人らと登録者との間
 に密接な営業上の関係が存在するとの誤認を生じせしめるおそれが極めて高いといえ
 る。

  ⅱ)被申立人が対象ドメイン名についての権利又は正当な利益を有してないと考える理
由

  本件ドメイン名の第二レベルドメイン「pharmacia」は、登録者 Vasco の商号を示
 すものでも商号の一部を示すものでもない。ましてや、登録者が商標「Pharmacia」を
 いずれかの区分に商標登録している事実は2002年6月11日現在見出し得ない。
  また、かかる語「pharmacia」は、商標やドメイン名として容易に採択されるような
 ありふれた語ではなく、申立人の起源であるファルマシア社(スウェーデン、1911
 年設立)による造語である。そしてかかる造語が申立人らの商標であり営業表示である
 ことは世界的に知られている。
  更に登録者は申立人とは一切の資本関係、取引関係、業務提携関係などがなく、申立
 人が登録者に対して、申立人の商標であり、かつ営業表示でもある前記表示の使用を許
 諾した事実もない。
  またドメイン名紛争処理方針第4条a(裁定者注:これは「c」を誤記したものと判
 断する)は、登録者がドメイン名につき権利又は正当な利益を有していると認め得る事
 例を挙げているが、申立人らが日本その他世界各国における活動の傍ら情報収集した限
 りでは、登録者がこれらの事例のいずれかに該当しているとの事実は発見することはで
 きず、従って登録者が本件ドメイン名についての権利又は正当な利益を有していないと
 推認する。

 ⅲ)本件ドメイン名が不正の目的で登録又は使用されていると考える理由

  「PHARMACIA」なる語が、申立人による造語であることに加え、申立人、ファル
 マシア・コーポレーション並びにその参加(裁定者注:これは「傘下」を誤記したもの
 と判断する)の企業の商標として、また、これらの営業表示として著名であることに鑑
 みれば、登録者が本件ドメイン名を善意で採択し登録したとは考えられず、申立人らの
 著名な商標であり営業表示であることを認識し、不正の目的で登録したものと推認され
 る。なお、登録者はポルトガルに住所を有するところ、ポルトガルを含むヨーロッパの
 ほぼ全ての国にファルマシア・グループの現地法人が設立され、ヨーロッパ各地で活動
 していることから、登録者が申立人の表示「PHARMACIA」を知らなかったとは考え
 難い。
  また登録者は、登録以来今日まで取得したドメイン名を使用しておらず、また使用の
 ための準備を行っているとの証拠もない。登録が申立人らの著名な商標であり営業表示
 である「PHARMACIA」と同一の第二レベルドメインを有する本件ドメイン名を登録
 し、これを使用することなく登録を保有し続けること自体、申立人への使用妨害となり、
 本件ドメイン名の「不正の目的での登録・使用」に該当すると考える。
  なお、申立人は whois データにて公開されている登録者の連絡先 e-mail アドレス
 pharmaciajp@yahoo.com に2001年8月30日付でメールを送り、本件ドメイン名
 の登録の意図を問うたが、何ら返答を得ることはできなかった。登録する正当な理由が
 あれば、その旨反論が可能であるはずであると考える。

(5)求める救済措置
  よって申立人は、選任されたパネルが、本件ドメイン名の登録について、申立人への
 移転の裁定を下すことを求める。

b  登録者

 登録者によって答弁書は提出されなかった。


5  争点及び事実認定

 パネルは、提出された陳述及び文書の結果に基づき、方針、規則、及び適用されうる関
係法規の規定、原則ならびに条理にしたがって、以下のとおり、裁定を下す。
 方針第4条aは、申立人が次の事項の各々を証明しなければならないことを規定してい
るが、申立人がこの規定により述べていることは、前項の(4)のⅰ)ないしⅲ)に記載
のとおりである。

(1)登録者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示と
 同一または混同を引き起こすほど類似していることについて。

  申立人及びその関連する会社が「PHARMACIA」をその商標及び営業表示として使
 用しており、またこれが医薬品をはじめとする各種商品について多数商標登録がなされ、
 業界においては著名となっていることは、申立人の提出する各資料により認めることが
 できる。
  本件ドメイン名は2001年7月13日に登録されたものであるが、この時点におい
 て商標もしくは営業表示「PHARMACIA」もしくは「ファルマシア」が、すくなくと
 も日本において著名となっていたことが認められる。
  本件ドメイン名は、トップレベル・ドメインを除けば、申立人及びその関連会社の著
 名な商標もしくは営業表示と実質的に同一である。
  従って、本件ドメイン名は、申立人及びその関連する会社が権利又は正当な利益を有
 する商標その他の表示と混同を起こすほど類似するということができる。

(2)登録者が、ドメイン名の登録についての権利又は正当な利益を有していないことに
 ついて。

  本件ドメイン名を所有する登録者は、その氏名もしくは商号は本件ドメイン名と全く
 関連を有さず、また答弁書を提出していないので本件ドメイン名と同一もしくは類似す
 る商標その他の表示を所有しているかどうか不明である。他方「PHARMACIA」「ファ
 ルマシア」が申立人及びその関連する会社の著名な商標もしくは営業表示であることを
 考慮すると、登録者が本件ドメイン名について、権利又は正当な利益を有していると認
 めることは困難である。

(3)登録者のドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていることについて。

  登録者は答弁書を提出していないので、登録者が本件ドメイン名を登録した目的を窺
 い知ることはできない。しかしながら、上記(1)及び(2)に記載した客観的な状況
 から判断するなら、本件ドメイン名は登録者が申立人及びその関連する会社と何らかの
 関係があるかの如くに世人に誤認混同を惹き起こさせる虞があり、また更に本件ドメイ
 ン名の登録は、申立人もしくはその関連する会社が同じドメイン名を採択し使用しよう
 とすることに対する妨害行為となる。従って本件ドメイン名は不正な目的をもって登録
 を得たものと判断せざるをえない。
  なお申立人は「登録者はポルトガルに住所を有するところ」と述べているが、登録者
 の登録された住所は正しくは頭記の通り東京都千代田区内である。しかしながら、当初
 申立書副本並びに証拠等一式を登録された住所に郵便により送付したが該当者不在と
 の理由により配達が不能であり、また同様に送付した e-mail も送付不能であった。こ
 のため登録者の連絡先として登録されているポルトガルの住所(Caminho Santo
 Antonio # 186 Funchal, Madeira, Portugal)に申立書副本等を郵便により再度送付し
 たところ、その送付については受領が確認されたが、登録者から期間内に答弁書もしく
 は答弁書提出期間延長申請書の提出はなされなかった。
  以上の経緯があったことを付言する。


6  結論

 以上に照らして、紛争処理パネルは、登録者によって登録されたドメイン名
「pharmacia.jp」が申立人の商標その他の表示と混同を引き起こすほど類似し、登録者
が、ドメイン名について権利又は正当な利益を有しておらず、かつ、登録者のドメイン
名が不正の目的で登録されているものと判断する。
 よって、方針第4条iに従って、ドメイン名「pharmacia.jp」の登録を申立人に移転
するものとし,主文のとおり裁定する。

   2002年8月19日
      日本知的財産仲裁センター紛争処理パネル
                              清  水  徹  男
                              単独パネリスト


別記(手続の経過)

(1)申立書受領日
      2002年6月12日(電子メール)
      2002年6月13日(郵送)
(2)料金受領日
      2002年6月13日    申立手数料  金180,000円
      2002年6月14日    消費税      金9,000円
(3)ドメイン名及び登録者の確認日
      2002年6月12日  センターの照会日(電子メール)
      2002年6月13日  JPRSの確認日(電子メール)
     [確認内容]
      ①  申立書に記載の登録者はドメイン名の登録者であること
      ②  登録担当者はMichael Caldeiraであること
(4)申立不備通知書
      2002年6月17日、申立書に不備があったので、申立不備通知書を作成し、2
      002年6月19日に申立代理人に送付(電子メール、ファクシミリ、郵送)。
(5)補正申立書受領日
      2002年6月20日(電子メール)
      2002年6月21日(郵送)
(6)適式性
      センターは、2002年6月26日、補正申立書が、JPNICのJPドメイン名処理
      方針、JPドメイン名紛争処理方針のための手続規則、JPドメイン名紛争処理方針
      のための補則の形式要件を充足することを確認した。
(7)手続開始
      手続開始日 2002年6月26日
      手続開始日の通知 2002年6月26日
                       JPNIC、JPRSへ(電子メール)
                       申立人代理人へ(電子メール、ファクシミリ、郵送)
(8)登録者・登録担当者への送付、内容及び送達
    ①  2002年6月26日、センターは、申立書及び申立通知書を登録者及び登録担
        当者へ送付した(電子メール、郵送。なお、証拠並びに証拠の一覧及び説明につ
        いては郵送のみ)
    ②  センターは、答弁書提出期限が2002年7月24日であることを、申立通知書
        に明記した。
    ③  上記文書の電子メールによる送付は不能。
        2002年6月28日、登録者及び登録担当者へ郵送(配達証明付き)した書類
        一式が、宛先人不明でセンターに返送された。送付先住所は、Matsumura Bldg.
        2F Sarugaku-cho 1-4-8 Chiyoda-ku, Tokyo(JPRSへ登録者所在地として申請
        された住所)。
    ④  2002年7月12日、センターは、上記書類一式を、登録者の公開連絡窓口の
        住所であるCaminho Santo Antonio # 186 Funchal, Madeira 9321 PTへ、再度
        郵送により送付した(国際書留、配達通知)。
    ⑤  2002年7月19日、登録者が上記書類一式を受領。配達通知により確認。
(9)答弁書の提出の有無
      なし
(10)答弁書不提出通知書の申立人代理人、登録者への送付
     送付日  2002年7月25日
       申立人代理人には電子メール、ファクシミリ、郵送で送付。電子メール、ファク
       シミリについては同日送達され、郵送については2002年7月29日に送達さ
       れたことを配達証明により確認した。
       登録者には、登録者の公開連絡窓口の住所であるCaminho Santo Antonio # 186
       Funchal, Madeira 9321 PTへ郵送(国際書留、配達通知)し、2002年7月
       31日に送達されたことを配達通知により確認した。
(11)パネリストの選任
      申立人は1名のパネリストによる審理・裁定を要求。
      登録者において答弁書が提出されなかったことから、センターは、2002年7月
      31日、次のとおり、パネリスト1名を指名し、パネリストは、同日、これを受諾
      した。
        パネリスト 清水徹男
        中立宣言書受領日 2002年8月2日
(12)紛争処理パネルの指名及び予定裁定日の通知日
      ①  裁定予定日 2002年8月20日
      ②  裁定予定日の通知 2002年7月31日
                           両当事者への送達は(10)と同じ。
                           JPNIC、JPRSへは電子メールで通知
(13)パネリスト指名書及び一件書類受け渡し
      2002年7月31日(電子メール、郵送)