事件番号:JP2009-0003 裁 定 申立人: (名称)アリババ グループ ホウルデイング リミテッド (住所)英国領ケイマン諸島 グランド ケイマン P.O. Box 847GT ワン キャピタル プレイス 4階 (名称)アリババ ドットコム リミテッド (住所)中華人民共和国香港特別行政区 ワンチャイ 18 フェンウィックストリート ジュビリーセンタ 20階 (名称) アリババ株式会社 (住所)東京都中央区日本橋浜町二丁目12番4号 エスエス製薬本社ビル4F 代理人:弁護士 吉羽真一郎 斎藤浩貴 岡田 淳 登録者: (名称)アリババ株式会社 (住所)東京都足立区本木一丁目15番10号 日本知的財産仲裁センター紛争処理パネルは、JPドメイン名紛争処理方針、JPドメイン名紛争 処理方針のための手続規則及び日本知的財産仲裁センターJPドメイン名紛争処理方針のための手 続規則の補足並びに条理に則り、申立書・答弁書・提出された証拠に基づいて審理を遂げた結果、 以下のとおり裁定する。 1 裁定主文 ドメイン名「aribaba.co.jp」の登録を取消す 2 紛争に係るドメイン名は「aribaba.co.jp」である。 3 手続の経緯 別紙のとおりである。 4 当事者の主張 a 申立人 申立人は、登録者のドメイン名が申立人らの国際的に著名な商号、ドメイン名および登録商標と 混同を引き起こすほどに類似しており、登録者は当該ドメイン名について正当な利益を有しておら ず、そして本件ドメイン名が不正の目的で登録され、かつ使用されていると主張した。 b 登録者 登録者は、申立人の日本法人「アリババ株式会社」の設立よりも7カ月前に同一商号の会社を設 立しており、日本語表記の「アリババ」は申立人の特定の造語ではなく、識別力が弱く、英語表記 で「r」と「l」との外形上の違いがある以上、混同を引き起こすほど類似しておらない、登録者 のドメイン名が同社の商号をローマ字化したものであるのでドメイン名に正当な権利を有する、登 録者が本件ドメイン名を申立人らに移転して対価を要求したことがないので本件ドメイン名が不正 の目的で使用されていないと反論した。 5 争点および事実認定 手続規則第15条(a)は、パネルが紛争を裁定する際に使用することになっている原則につい てパネルに次のように指示する。「パネルは、提出された陳述・文書および審問の結果に基づき、処 理方針、本規則および適用されうる関係法規の規定・原則、ならびに条理に従って、裁定を下さな ければならない。」 JPドメイン名紛争処理方針(以下「紛争処理方針」という)第4条aは、申立人が次の事項の 各々を証明しなければならないことを指図している。 (1) 登録者のドメイン名が、申立人の権利または正当な利益を有する商標その他表示と同一ま たは混同を引き起こすほど類似していること (2) 登録者が、ドメイン名の登録についての権利又は正当な利益を有していないこと (3) 登録者のドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていること。 以下に、各事項について検討する。 (1)同一または混同を引き起こすほどの類似性 申立人らは、登録者のドメイン名の要部である「アリババ」と申立人らの商号、ドメイン名およ び登録商標である「alibaba」または「アリババ」とを比較すると、①日本語で発音する場合の音が 全く同一であること、②片仮名で表記する場合にいずれも「アリババ」となること、③「aribaba」 と「alibaba」では外形上も「r」と「l」の一文字しか異ならないこと、④一般的な日本人にとっ ては「r」と「l」の区別が付きにくく、音に至っては「r」と「l」は区別されていないこと、 ⑤「Alibaba」という単語を知らない日本人が日本語の「アリババ」を単純にローマ字表記する場 合は、申立人らの「alibaba」ではなく、登録者の「aribaba」と表記するのが一般的であること、 という事実に鑑みれば、登録者のドメイン名と申立人らのドメイン名とが酷似していることが明ら かであると主張した。 これに対し、登録者は、日本語表記の「アリババ」の単語は、『千一夜物語』中の「アリババと4 0人の盗賊」に由来し、申立人の特定の造語ではなく、日本ではジャンル別に多くの商標が登録さ れており(乙1)、識別力が弱く、英語表記で「r」と「l」との外形上の違いがある以上、混同を 引き起こすほど類似していないと反論した。また登録者は、申立人の日本法人「アリババ株式会社」 の設立日(平成19年11月30日)よりも7カ月前の同年4月26日に同一商号の会社を設立し ており、少なくともその当時、申立人会社のうち日本法人は存在せず、日本国内では申立人の商標 等と同一または混同を引き起こすほど類似している状況にはなかったと反論した。 日本の不正競争防止法第2条第1項第12号が、「他人の特定商品等表示と同一若しくは類似のド メイン名を使用する行為」を、禁止する不正競争の一類型として定義する場合の「同一若しくは類 似」の判定基準は、第1号と同様に、「需用者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似」 の国際的基準 を採るものと解される。従って、登録者の「アリババ株式会社」の設立日が申立人の 同一商号の会社の日本における設立日よりも7カ月早いことは重要ではなく、後述のように、申立 人らの商号、ドメイン名および登録商標が国際的に著名であるか否かが決定的に重要である。たと え商標およびドメイン名の「同一若しくは類似」の判定基準が国内基準を採るとしても、申立人ら の商標「アリババ」は平成15年(2003年)4月4日に日本特許庁に、指定商品及び役務の第 35類(コンピューターネットワークを利用した商品の販売・事業に関する情報の提供など)およ び第42類(インターネットにおける検索エンジンの提供など)に登録されており(登録番号第4 659211号、甲2)、JPドメイン名「ALIBABA.JP」を2001年5月8日(甲3-2)に、 「ALIBABA.CO.JP」を2006年10月10日(甲3―1)に、「ARIBABA.CO.JP」を200 7年12月21日(甲6)にそれぞれJPRSに登録している。申立人らは、登録者が平成19年5 月23日に指定商品及び役務の第35類および第38類について商標「Alibaba」(甲10)と「ア リババ」(甲11)を、平成20年3月14日に上記2類の他に第42類についても商標 「Aribaba.co.jp」(甲12)をそれぞれ日本特許庁に登録申請していることを知るに至ったので、 平成20年5月22日付けの登録者宛ての警告書(甲13)および同年6月16日付けの回答書(甲 15)で、これら3商標出願の取り下げを要請し、登録者はこの要請を受諾した。 登録者の「アリババ株式会社」の設立日が申立人の同一商号の会社の日本における設立日よりも 7カ月早くても、登録者のドメイン名が、申立人らの既に国際的に著名なドメイン名と混同を引き 起こすほど類似しているので、紛争処理パネルは、登録者のドメイン名が、申立人らが権利または 正当な利益を有する商標その他表示と同一または混同を引き起こすほど類似していると認定する。 (2)権利又は正当な利益 申立人らは、1999年4月15日より「alibaba」のドメイン名を使用するウエブサイトを保有・ 運営し、アリババサイトには現在、中国語版、日本語版および英語版があり、世界各国240を超 える国家と地域で、サプライヤー側・バイヤー側合わせて登録会員3600万人を有する中国最大 のB to Bサイトとして著名であり、2000年から2005年まで連続して世界有数の経済誌 「Forbes」の最優秀ウエブサイトに選出され、2007年7月には「Fortune Small Business」誌 で6つの「グローバルな経営者向けベストウエブサイトのうちの1つに選出されたことが示すよう に、「アリババ」および「Alibaba」の標章は申立人らを表す標章として著名であると主張した。 これに対し、登録者は、申立人らを表す標章は登録者の法人設立時(2007年4月)で既に著 名性・周知性を獲得していたとは言い難く、申立人らのアリババの名は2007年11月に香港上 場時に初めて日本のメデイアで知られるようになったにすぎず、登録者のドメイン名は自社の商号 をローマ字化したものであるから、それについて正当な権利を有すると反論した。 しかしNikkei Businessの2000年5月1日号(甲7-1)、同年6月19日号(甲7-2) および2001年5月10日号(甲7-3)は、申立人らが「第2のヤフー」を目指し、世界19 0カ国以上から既に60万社の企業がアリババサイトに登録していると報じ、2003年7月15 日付けの日本経済新聞朝刊(甲7-8)は、申立人らが2002年10月に中国企業を日本語で紹 介する日本語サイトを開設したところ、中国からの商品調達に関心をもつ日本企業の会員数が80 00に達したので、日本に進出して今後3~5年で20万の会員獲得を目指すと報じている。同様 の新聞報道は、2002年2月6日付けの日経産業新聞(甲7-4)、同年8月19日付けの日本経 済新聞夕刊(甲7-7)などにも見られる。従って、申立人らのアリババの名が日本のメデイアで 知られるようになったのは同社が2007年11月に香港に上場された時であるという登録者の反 論は採用し難い。 紛争処理方針第4条cは、パネルが同条a(ii)号の事実の存否を認定するに際して、以下のよう な事情の存否を検討することを指図する。 (ア)登録者が、当該ドメイン名に係わる紛争に関し、第三者または紛争処理機関から通知を受 ける前に、商品またはサービスの提供を正当な目的をもって行うために、当該ドメイン名 またはこれに対応する名称を使用していたか、または明らかにその使用の準備をしていた か 申立人らは、つぎのような理由から、登録者が、本件ドメイン名を商品またはサービスの提供目 的で使用していないし、使用の準備をしていないから、第4条c(i)号に定める事情は存在しない と主張した。すなわち、登録者が本件ドメイン名を用いて開設しているウエブサイト(以下「登録 者サイト」という)は、当初、申立人日本アリババが管理・運営する日本人向けの「アリババサイ ト」(http://www. alibaba.co.jp)(以下「日本アリババサイト」という)に酷似したデザインを用い、 あたかも日本・中国間の取引に関する情報サイトであるかのような体裁を採っていたが、申立人ら が登録者に対し本件ドメイン名の使用中止等を要求した後、全く別のデザインに変更し、「中東の特 産品や雑貨の輸入と販売」「海外旅行に関する情報、資料の収集、企画および販売」などという事業 内容を記載したウエブサイトのデザインに変更した(甲18)。この変更後の登録者サイトは一画面 しかなく、何らのリンクも貼られていないうえ、登録者の連絡先も記載されていない。変更後半年 以上が経過したが、サービスが開始される様子が見られない。 これに対し登録者は、つぎのように「特産品や雑貨の輸入と販売」等の準備をしていた(乙2) のであり、登録者には第4条c(i)号の事情が存在すると反論した。すなわち、申立人らが登録者 に対し本件ドメイン名の使用中止等を要求した後、登録者はサイトを変更し、とりあえず簡単な会 社紹介ページを掲載している。申立人からの回答書について返答がないため、新しいサイトを作成 したくても、それが出来ない。現在、会社業務として加工品を輸入して日本企業に販売しており、 日本国内の海鮮特産品を輸出して海外企業に販売する準備をしている。今後も本件ドメイン名をホ ムページとして利用する。 (イ) 登録者が当該ドメイン名の名称で一般に認識されているか 申立人らは、登録者が当該ドメイン名の名称で一般に認識されているという事情は一切存在しな いと主張した。これに対し、登録者は、本件ドメイン名が一般に認識させる目的ではなく、主に会 社のホームページとして利用し、少なくとも取引先は登録者:アリババ株式会社に「aribaba.co.jp」 のドメイン名があることを認識していると反論した。 (ウ)登録者が、申立人らの商標その他表示を利用して消費者の誤認を惹き起すことにより商業 上の利得を得る意図、または、申立人らの商標その他表示の価値を毀損する意図を有する ことなく、当該ドメイン名を非商業的目的に使用し、または公正に使用しているか 申立人らは、登録者が日本アリババサイトとの誤認を惹き起すことにより商業上の利得を得る意 図を以て本件ドメイン名を登録したことは、つぎに述べる経緯から明らかであり、また登録者が何 ら実体のない登録者サイトを形式的に開設するために本件ドメイン名を使用しているにすぎないと 主張した。すなわち、日本アリババサイトと登録者サイトとは、使用されているロゴマークや画面 構成が酷似しており、さらにウエブサイト上に表示されるキャッチフレーズも、「日中貿易の架け橋」 (日本アリババサイト)のフレーズを模倣した「日中情報の架け橋」(登録者サイト)が使用された (甲8,9)。登録者は、平成20年8月22日付けの回答書(甲17)で、商標出願の取り下げに は同意しつつも、ドメイン名および商号の使用中止については拒否し続けた。 これに対し登録者は、申立人らのドメイン名が主に電子商取引サイトであるのに反して、登録者 のそれは貿易に関する事業のための会社紹介サイトであるので、本件ドメイン名は申立人らのそれ と混同を惹起することにより商業上の利得を得る意図、または、申立人らの商標その他表示の価値 を毀損する意図を持たないと反論した。 登録者は、そのドメイン名が自社の商号の英字名称をローマ字化したものであるからその登録・ 使用について権利または正当な利益を有すると主張するけれど、登録者のサイトおよびドメイン名 が申立人らの既に国際的に著名なそれと混同を惹起するほど類似しているので、紛争処理パネルは、 登録者が当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していないと認定する。 (3) 不正の目的での登録および使用 申立人らは、当初の登録者サイトが日本アリババサイトに酷似していたこと、登録者サイトが、 中国関連取引で特に著名な申立人らの名称である「アリババ」の名称を用いて、日中間取引に関連 するサービスを提供しているような外観を有していたこと、および登記されている登録者の事業内 容が、登録者の設立当時既に世界的に著名であった申立人らの事業内容に類似するものであること、 などからすると、登録者は、登録者サイトと日本アリババサイトとを誤認混同させて何らかの商業 上の利得を得る意図をもって当該ドメイン名を登録したことは明らかであると主張した。さらに申 立人らは、ドメイン名の移転に関する交渉に応じなかったため、登録者が申立人らに対し直接的に 対価を要求していないが、交渉経緯や、登録者が本件ドメイン名を用いて実質的には事業を行って いないこと等に鑑みると、登録者が本件ドメイン名を申立人らに移転して対価を得ようとする意図 を有していた可能性を否定できないと述べた。 これに対し登録者は、会社設立後、謄本記載通りの業務を行おうと計画し、インタネットカテゴ リーの登録サイトを開設したが、申立人から模倣しているとの警告を受けたので、同サイトを閉鎖 し、事業内容も貿易事業内容に変更した、当初から申立人らのサイトと誤認混同させて何らかの商 業上の利得を得る意図をもっておらず、当該ドメイン名も商号英字名も「アリババ」をローマ字化 したものであり、不正目的でドメイン名を登録・使用していない、申立人らに当該ドメイン名の移 転交渉を行っておらず、対価を要求したこともないと反論した。 紛争処理パネルは、たとえ登録者が主観的には当該ドメイン名を不正の目的で登録および使用し ていないとしても、客観的には国際的に著名な申立人らのドメイン名と誤認混同させて何らかの商 業上の利得を得ようとする不正の目的で当該ドメイン名を登録および使用したと認定する。 6 結論 以上に照らして、紛争処理パネルは、登録者によって登録されたドメイン名「aribaba.co.jp」が、 申立人らの国際的に著名な商標、ドメイン名その他表示と混同を惹起するほど類似し、登録者が当 該ドメイン名について権利または正当な利益を有していない、登録者のドメイン名が不正の目的で 登録され、かつ使用されているものと裁定する。 よって、紛争処理方針第4条iに従って、ドメイン名「aribaba.co.jp」を取消すものとし、主文の 通り裁定する。 2009年6月18日 日本知的財産仲裁センター紛争処理パネル 小原喜雄 単独パネリスト 別記 手続の経緯 (1)申立書受領日 書面 2009年4月14日 電子メール 2009年4月15日 (2)手数料受領日 2009年4月16日 申立手数料の受領確認 (3)ドメイン名及び登録者の確認 2009年4月15日 JPRSへ照会 2009年4月15日 JPRSから登録情報の確認 確認内容:申立書に記載された登録者はドメイン名の登録者であること (4)適式性 日本知的財産仲裁センターは、2009年4月20日に申立書が処理方針と規則に照らし適 合していることを確認した。 (5)手続開始日 2009年4月21日 手続開始日の通知 2009年4月21日 申立人らへ通知(電子メール、ファクシミリ及び郵送) (6)登録者への通知日及び内容 1) 2009年4月21日(電子メール及び郵送) 2) 申立書及び証拠等一式 3) 答弁書提出期限 2009年5月25日 (7)答弁書の提出の有無及び提出日 登録者より2009年5月25日に答弁書が提出され、受領した(書面持参)。 日本知的財産仲裁センターは、2009年5月26日に電子メールとファクシミリにて、答 弁書の「結語」と証拠一覧表および証拠説明書の追完を求め、いずれも翌27日に受領(書面 持参)して、同日、副本を申立人に送付した。 (8)パネリストの選任 2009年6月1日 申立人らは1名のパネルによって審理・裁定されることを選択。 中立宣言書の受領日:2009年6月5日 パネリスト:小原 喜雄 (9)紛争処理パネルの指名及び裁定予定日の通知 2009年6月1日 JPNIC及びJPRSへ通知(電子メール) 申立人及び登録者へ通知 (電子メール、ファクシミリ及び郵送) 裁定予定日:2009年6月19日 (10)パネリスト指名書及び一件書類受け渡し 2009年6月1日(電子メール及び郵送) (11)パネルによる審理・裁定 2009年6月18日 審理終了、裁定。