事件番号:JP2013-0001 裁 定 申立人: (氏名)クリスチャン・ルブタン (住所)フランス国 パリ エフ-75002 リュ ヴォルネイ 1番地 代理人:弁理士 黒川 朋也 登録者: (名称)LOUBOUTIN.JP (住所)東京都千代田区丸の内1-9-1 EA 202 日本知的財産仲裁センター紛争処理パネルは、JPドメイン名紛争処理方針、JPド メイン名紛争処理方針のための手続規則及び日本知的財産仲裁センターJPドメイン 名紛争処理方針のための手続規則の補則並びに条理に則り、申立書・答弁書・提出さ れた証拠に基づいて審理を遂げた結果、以下のとおり裁定する。 1 裁定主文 ドメイン名「LOUBOUTIN.JP」の登録を申立人に移転せよ。 2 ドメイン名 紛争に係るドメイン名は「LOUBOUTIN.JP」である。 3 手続の経緯 別記のとおりである。 4 当事者の主張 a 申立人 (1)登録者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表 示と同一または混同を引き起こすほど類似していること 商標登録について 申立人は高級靴・服飾雑貨のブランドとして著名な「Christian Louboutin」ブランド (以下「本件ブランド」という)を1992年に創設したデザイナーである。本件ブラ ンドの靴は、その靴底が赤く塗られていることで知られており、数多の有名人や映画 スターに愛用されている(資料2,3)。 申立人は、全世界における「Christian Louboutin」商標の商標権者であり、日本にお いても、指定商品「履物」等について「Christian Louboutin」又は「Louboutin」の文 字を有する登録商標を有している(資料4~13)(以下「Christian Louboutin」商標 を「本件商標」という。)。なお、これらの登録商標の一部については、専用使用権 が設定されている。専用使用権者であるChristian Louboutin S.A.(以下「CL社」とい う。)は、申立人から本件商標の使用権を許諾されて本件ブランドを展開するフラン スの企業であり、申立人は同社のゼネラルマネジャー兼ディレクターである。 以上より、申立人は、「Christian Louboutin」商標及び「Louboutin」商標について 権利及び正当な利益を有している。 本件商標の要部 本件商標は申立人の名前である「Christian Louboutin」の文字からなる。本件商標の 前半部分である「Christian」は「キリストの、キリスト教の」を意味する平易な英語 であり、又、男子名(「クリスチャン」)でもある(資料14)。 一方、本件商標の後半部分である「Louboutin」は申立人の姓であるが、英語や仏語 の一般的な辞書に載っている言葉ではない(資料15,16)。「Louboutin」の綴り は英語やローマ字の表記にはあまり見られない独特のものであり、フランス語になじ みのない日本においては、印象的で独自性の強い構成であるといえる。 また、インターネットで「louboutin」を検索すると、日本語のウェブサイトで見つ かるのはほぼ全てが本件ブランドに関するものであり(資料17)、日本において、 「Louboutin」という言葉は本件ブランド以外ではほとんど使われていないことがわか る。 したがって、「Louboutin」の文字は本件商標の要部であると言える。 本件ドメイン名の要部 本件ドメイン名は「LOUBOUTIN.JP」であり、国別コードである「.JP」部分を除 いた「LOUBOUTIN」部分がその要部であるといえる。よって、本件ドメイン名の要 部は、本件商標の要部である「Louboutin」部分と同一である。 結論 以上より、本件ドメイン名は、需要者及び取引者に、登録者が申立人と何らかの資 本関係や取引関係があるなど経済的又は組織的な関連があるものと誤認し、それゆえ に、申立人が権利または正当な利益を有する登録商標等と同一又は混同を引き起こす ほど類似している。 (2)登録者が、当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していないこ と WHOISデータベースによれば、本件ドメイン名の登録者名は、本件ドメイン名の文 字列と同一の「LOUBOUTIN.JP」となっている(資料1)。しかし、「LOUBOUTIN.JP」 は、その構成上、人の氏名や法人名でないことは明らかである。当該事実は、登録者 の氏名又は名称と本件ドメイン名が、実際には一致していないことを強く推認させる。 インターネット上でも、登録者が、本件ドメイン名またはこれに対応する名称を、 現在又は過去において、公正に使用していたことを示す情報を発見することはできな かった(資料23)。 データベース「特許電子図書館」及び「TM SONAR」で、「louboutin」の文字列を 含む商標を検索したところ、発見された商標登録及び商標登録出願は、申立人の所有 するもののみであった(資料24,25)。よって、登録者が本件ドメイン名と一致 する登録商標を有していないことは明らかである。 申立人又はCL社が、登録者に対して本件商標等(「Christian Louboutin」商標又は 「Louboutin」商標)について、何らかの許諾を与えた事実はない。 結論 以上より、登録者は、本件ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有して いないと考えられる。 (3)登録者の当該ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていること ①本件ブランドは高級婦人靴ブランドとして著名であり、②「Louboutin」は本件ブ ランドの愛称として広く認識されている。また、③「Louboutin」は独自性が強く、独 特の綴りを有する言葉であるから、本件ドメイン名の文字列が偶然選択されたもので ある可能性は低く、登録者が本件ブランドを認識した上で選択した可能性が高い。さ らに、④本件ドメイン名を使用したウェブサイト(以下「本件ウェブサイト」という。) には実質的な内容がなく、広告のみを目的としたものであることを考慮すると、登録 者には、著名な本件商標と類似する本件ドメイン名を意図的に登録・使用することで、 何らかの経済的な利益を得ようとする、不正の目的があったと考えられる。 本件ブランドの知名度 本件ブランドは1992年に、申立人によって創設されて以来、洗練されたデザイン と高い品質によって、女性からの圧倒的な支持を集めてきた(資料26)。本件ブラ ンドの靴は世界中の有名人や映画スターに愛用されていることで知られ、日本では、 浜崎あゆみ、梨花、幸田來未などの著名な歌手・モデルが愛用していることで話題を 集めた(資料27,28)。 本件ブランドは世界中で店舗を展開しており、現在に至るまで拡大を続けている。 例えば、2009年時点では世界に12店舗であったが(資料3)、2010年では15か国 に32店舗(資料29)、2011年には18か国に39店舗を有し(資料30)、2012 年には25か国・地域(香港含む)に62の店舗及び2件のオンラインショッピングサ イトを有している(資料31)。なお、日本では、初の直営店として、2010年に銀座に 二店舗を出店している(資料32,33)。また、2011年には大阪及び名古屋に直営 店を出店した(資料34,35)。その他、本件ブランドの製品は多数の百貨店・専 門店で販売されている(資料36)。 資料27乃至35だけでも、本件ドメイン名の登録時である2011年5月頃におい て、本件ブランドが相当の知名度を有していたことは明らかである。さらに、本件ブ ランドは、単に周知であるにとどまらず、婦人用高級靴の分野で確固たる地位を築い ている。例えば、2010年~2011年に発行された「週刊東洋経済」や「朝日新聞」は、 本件ブランドを「高級靴の御三家」と評価している(資料37,38)。また、東京 地下鉄株式会社と株式会社ぐるなびが共同運営する情報サイト「レッツエンジョイ東 京」では、本件ブランドを「ルイ・ヴィトン」、「クリスチャン ディオール」と並 ぶ「トップブランド」であると評価している(資料39)。 「christian louboutin」の語をGoogleで検索したところ、日本語のウェブサイトに 限定しても、約415万件ものサイトが見つかる(資料40)。比較対象として、紳士 靴のブランドとして有名であり、特許庁でもその周知・著名性が認定されている 「REGAL」(資料41)を、同様に検索したところ、その検索数は約276万件であっ た(資料42)。当該事実は、本件ブランドの高い知名度を示すものである。 本件ブランドについては、オンラインショッピングサイトを含めた別紙リスト(資 料43)のウェブサイトが公式に運営されている。これらのウェブサイトは英語もし くはフランス語で作成されているが、それにも関わらず、これらのウェブサイトを訪 れるインターネットユーザーの相当数が、日本からアクセスしている。例えば、2011 年10月1日から2012年11月8日までの間に、上記ウェブサイトを訪れた者は、 282,729人に上る(資料44)。 また、ソーシャルネットワーキングサービス「FACEBOOK」においても、本件ブラ ンドのオフィシャルページが開設されている(資料45)。2012年11月12日の時 点で、当該ページを評価するファンは1,448,469人に上り、「FACEBOOK」が提供す る統計によれば、当該ページを訪れるファンは、全世界で最も東京が多い(資料46)。 申立人の推計によれば、1,448,469人のうち、10,000~15,000人が日本(7,500人は 東京)からアクセスしていると思われる。 「Louboutin」の語は、本件ブランドの愛称として広く認識されている。これは、例 えば、以下の事実から明らかである。 ○SNS「FACEBOOK」上で作られた本件ブランドのファンページのタイトルは、「Love Louboutin」である。なお、当該ファンページには約2万人が参加している(資料47)。 ○歌手のジェニファー・ロペスは本件ブランドをモチーフとした「Louboutins」とい う曲を発表している(資料48,49)。 ○申立人やCL社も、「louboutin」を本件ブランドの愛称として認識し、使用してい る。例えば、CL社は「louboutin」というスマートフォン用のアプリを作成・販売して いる(資料50)。 本件ドメイン名は、本件商標の要部であって著名な本件ブランドを容易に想起させ る「LOUBOUTIN」の文字を要部としている。「LOUBOUTIN」は一般的な辞書に載っ ている言葉ではなく、独自性の強い構成であるから、登録者が偶然に当該文字列を採 択したということは考えにくい。つまり、登録者は、本件ブランドの存在を認識した 上で、これに類似する本件ドメイン名を登録した可能性が高い。 登録者が本件ドメイン名について正当な権利または利益を有している可能性は低い ことから、登録者は、何らかの形で本件ブランドの名声に便乗して不正な利益を得よ うとしていたことが推認できる。 本件ウェブサイトの内容は、以下の通りである(資料53)。 i) 左上に配置された「LOUBOUTIN.JP」の文字。 ii) i)の下に配置された小さな「スポンサー一覧」の文字(ハイパーリンク) iii) ii)の下に配置された10件の他のウェブサイトの説明及びそのURL(ハイパーリ ンク)。 iv) 右上に配置された検索ボックス v) iv)の下に配置された「関連サーチ 子供水着 安い水着 水着格安 格安水着 水 着安い セール水着 水着ビキニ通販 キッズ水着通販」の文字(ハイパーリンク) vi) 下部に配置されたv)と同じ文字列 vii) vi)の下にある「プライバシーポリシー」の文字(ハイパーリンク) ii)はGoogleが提供している広告サービス「AdSense」に関するページへつながってい る(資料54)。また、iii)の「他のウェブサイト」は固定されたものではなく、ウェ ブサイトを更新するたびに異なったものが表示される。また、iv)の検索ボックスで何 らかの言葉を検索したり、v)又はvi)の「関連サーチ」のいずれかの言葉(「子供水着」 等)をクリックすると、やはりiii)の内容が変化する(資料55)。 なお、vii)のリンク先には英語で「プライバシーポリシー」が表示されており(資料 56)、さらにその中にあるリンクから「NAI (Network Advertising Initiative)」という ウェブサイトへ移動することができる。NAIは、90以上のオンライン広告会社の連合 体("The NAI is a coalition of more than 90 leading online advertising companies")であ り、ユーザーの興味・関心に応じて出力される広告、いわゆる行動ターゲティング広 告を停止(Opt Out of Online Behavioral Advertising)するシステムを提供している(資 料57)。なお、NAI及び行動ターゲティング広告の停止については、ウェブサイト 「いそがきじゅん(磯垣順)のブログ」に詳しい解説がある(資料58)。 上記から明らかなように、本件ウェブサイトの内容は、全て、他のウェブサイトへ のリンクであり、本件ウェブサイト独自のコンテンツと言えるものは皆無である。 周知のように、あるウェブサイトに広告目的で他のウェブサイトのへのリンクを貼 り、ウェブサイトを訪れたユーザーがリンクをクリックした回数に応じて、広告収入 が発生するという手法が近年盛んである。本件ウェブサイトにおいては、相互に関連 が無いウェブサイトへのリンクが何の脈絡もなくなされていること、広告サービス 「AdSense」に関するページ等へのリンクもあることから、iii)のリンクは上記のよう な広告収入を目的としたものであることが推認される。 上記のように、登録者は、広告以外に独自のコンテンツを有さないウェブサイトに ついて本件ドメイン名を使用している。通常、広告収入を得るためには、ウェブサイ トの内容を充実させる等の工夫によりインターネットユーザーの興味を引き、ウェブ サイトを訪れるユーザーを増やす必要があるが、本件ウェブサイトにはそのような工 夫が全く見られない。 一方で、本件ウェブサイトのv)及びvi)にある「子供水着」「安い水着」「水着ビキ ニ通販」「キッズ水着通販」などの語は、若い女性や小さな子供のいる比較的若い母 親をターゲットにしたものと考えられるが、これらのターゲットは本件ブランドの需 要者層と一致するものである。 ここから、登録者には、著名な本件ブランドを容易に想起させる文字を含んだ本件 ドメイン名を使用することにより、本件ウェブサイトが本件ブランドと何らかの関係 があるものと誤認・混同させ、ユーザーを当該ウェブサイトに誘引することで、不正 に商業上の利得(広告収入)を得ようとする意図があることは明らかである。これは、 JPドメイン名紛争処理規則第4条bの(iv)に規定する不正目的による登録または使用 の類型に該当する。 ただし、本件ウェブサイトには実質的な内容がないことから、当該ウェブサイトを 実際に訪れるユーザーは少なく、広告収入は多くはないと考えられる。ここから、登 録者の第一の目的は、本件ドメイン名を転売することにあると考えるのが妥当である。 すなわち、登録者は、本件ドメイン名を申立人やその関係者に転売することにより、 不正な対価を得ることを目的として、本件ドメイン名を登録し、転売までの間、本件 ドメイン名から少しでも利得を得るために、本件ウェブサイトを作成したと考えるの が合理的である。これは、JPドメイン名紛争処理規則第4条bの(i)に規定する不正 目的による登録または使用の類型に該当する。 結論 以上の通り、本件ドメイン名の登録者が、本件ブランドの著名性及び本件ドメイン 名が本件商標と酷似することを認識したうえで、これを模倣し、申立人の業務上の信 用及び本件ブランドの顧客吸引力にフリーライドする、又は、ドメイン名を転売する ことによって商業上の利得を得るという不正な目的で本件ドメイン名を登録し、使用 していることは明らかである。 従って、申立人は、紛争の対象であるドメイン名の登録が申立人に移転されること を求める。 b 登録者 登録者によって答弁書は提出されなかった。 5 争点および事実認定 規則第15条(a)は、パネルが紛争を裁定する際に使用することになっている原 則についてパネルに次のように指示する。「パネルは、提出された陳述・文書および 審問の結果に基づき、処理方針、本規則および適用されうる関係法規の規定・原則、 ならびに条理に従って、裁定を下さなければならない。」 方針第4条aは、申立人が次の事項の各々を証明しなければならないことを指図し ている。 (1)登録者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標その他 表示と同一または混同を引き起こすほど類似していること (2)登録者が、ドメイン名に関係する権利又は正当な利益を有していないこと (3)登録者のドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていること なお、本件においては、上記のとおり、登録者は答弁書を提出しなかった。このよ うな場合、手続規則は、「もし登録者が答弁書を提出しないときには、例外的な事情 がない限り、パネルは申立書に基づいて裁定を下すものとする。」(5条(f))と定め るとともに、「すべての事件において、両当事者が平等に扱われ、各当事者のそれぞ れの立場を表明する機会が公平に与えられるよう、パネルは努力しなければならな い。」(10条(b))、「いずれかの当事者が本規則の規定もしくは要件またはパネルの 要請を履行しないとしても、パネルは適切と思われる判断を下さなければならない。」 (14条(b))とも規定している。したがって、パネルは、単に答弁書が提出されなかっ たことをもって、申立人の主張事実を登録者が自白したものとみなすことは許されず、 証拠に基づいて合理的に判断すべきものと解される。 よって、上記(1)~(3)について検討する。 (1)同一又混同を引き起こすほどの類似性 a 申立人の商標 申立人は、文字商標「CHRISTIAN LOUBOUTIN」及び同文字列によるロゴ商標(以 下「申立人商標」という。)について、次の商標登録を所有している旨主張している。 登録第4338296号 第3類、 第25類 登録第5487172号 第14類、第16類 登録第5487173号 第16類 国際登録第787286号(国内登録済み) 第18類 国際登録第914687号(国内登録済み) 第25類 国際登録第1026083号(国内登録済み)第18類 国際登録第1041223号(国内登録済み)第3類、 第14類 上記の事実は、資料4, 5, 6, 7, 9, 10, 12, 13, 64, 65, 66, 67, 68によって認められる。 したがって、申立人商標は、「申立人が権利を有する商標」であるということができ る。 b 登録者のドメイン名と申立人商標との類似性 登録者のドメイン名(以下、「本件ドメイン名」という。)は、「LOUBOUTIN.JP」 であり、このうち「.JP」はドメイン名の属性を示す国別コードに過ぎないものであり、 本件ドメイン名中識別機能を有する部分(要部)は「LOUBOUTIN」の部分にあるこ とが明らかである。 他方、申立人商標(資料5, 64, 6, 65, 7, 66, 9, 67, 10, 12, 13)は「CHRISTIAN LOUBOUTIN」の文字からなるものであるが、このうち「CHRISTIAN」がありふれた 西洋人の名前であるのに対し、「LOUBOUTIN」はわが国では申立人の姓ないし靴の ブランド名以外のものとして知られているとの事実は認められず、「CHRISTIAN」に 比して識別力が高いと考えられること、資料7, 66, 10, 12, 13の登録商標は筆記体で はあるが「Louboutin」の文字が大きく表示されていること、わが国において申立人商 標は、申立人の靴のブランドとして相当広く知られていると認められること(資料17, 26, 27, 28,32乃至40),「Louboutin」及びその音訳「ルブタン」が申立人ブランド の略称として実際に使用されていること(資料38, 47, 49乃至52)等の事実から、申 立人商標の要部は「CHRISTIAN LOUBOUTIN」の全体のみならず「LOUBOUTIN」に も存すると認められる。したがって、本件ドメイン名は、申立人商標と要部を共通に するものである。 よって、本件ドメイン名は、申立人商標すなわち申立人が権利を有する商標と混同 を引き起こすほど類似しているものと認められる。 (2)登録者の権利又は正当な利益 a 本件ドメイン名の登録者名は、本件ドメイン名と同一の「LOUBOUTIN.JP」とさ れている(資料1)。これは、その構成から、自然人の氏名又は法人名とは考えられ ず、登録者の実際の氏名又は名称とは異なると解するのが合理的である。さらに、登 録者は、「Whois情報公開代行サービスbyバリュードメイン」を公開連絡窓口として おり、登録者の真の氏名又は名称を特定できる情報はない。したがって、本件ドメイ ン名は登録者の自己の氏名又は名称に係るものとは認められない。 b 他方、前記のとおり、わが国において申立人商標は、申立人の靴のブランドとして 相当広く知られていると認められること(資料17, 26, 27, 28,32乃至40)、 「LOUBOUTIN」はわが国では申立人の姓ないし靴のブランド名以外のものとして知 られているとの事実は認められないことから、これらの事実に照らして、登録者が、 申立人商標の要部である「LOUBOUTIN」について独自の権利又は正当な利益を有し ているとは到底認めがたい。なお、申立人は、その申立書(4頁20~22行)において、 申立人又はその専用使用権者が、登録者に対して本件商標等(「Christian Louboutin」 商標又は「Louboutin」商標)について、何らかの許諾を与えた事実はないと言明して いる。 c また、資料24及び25に基づく申立人の主張によれば、「LOUBOUTIN」の文字列 を含む商標は、すべて申立人が所有しており、登録者が「LOUBOUTIN」に係る商標 を所有しているとの事実も認められない。 d 申立人は、本件ドメイン名によって表示されるウェブサイトを資料53として提出 している。これによれば、同ウェブサイトの内容は、すべて他のウェブサイトへのリ ンクとなっており、独自のコンテンツを有していない。この事実も、登録者自身は 「LOUBOUTIN」について権利又は正当な利益を有していないことを推認させるもの である。 e さらに、方針4条cの規定に沿って考察する。 「(i) 登録者が、当該ドメイン名に係わる紛争に関し、第三者または紛争処理 機関から通知を受ける前に、商品またはサービスの提供を正当な目的をもって行うため に、当該ドメイン名またはこれに対応する名称を使用していたとき、または明らかに その使用の準備をしていたとき」に該当するか。 上記のとおり、登録者は、本件の通知を受ける前に本件ドメイン名を使用していた ようである(資料53)が、そのドメイン名によって表示されるウェブページはすべて 他人のウェブサイトへのリンクを表示したにすぎないものであって、何ら独自の内容 を有するものではなく、その使用態様からみて、本件ドメイン名は登録者自身の表示 としてではなく、単にインターネットユーザーを当該ウェブページに誘い他人のウェ ブサイトへのリンクに導く目的で使用しているものと推認される。したがって、登録 者の使用は、登録者独自の権利に基づくものではなく、本件ドメイン名中の 「LOUBOUTIN」に係る申立人の名声を利用して自己のウェブサイトへの誘引を図る ものと認めるのが合理的であるから、この(i)にいう「商品またはサービスの提供を正 当な目的をもって行うために、当該ドメイン名またはこれに対応する名称を使用して いたとき」には該当しないものというべきである。 「(ii) 登録者が、商標その他表示の登録等をしているか否かにかかわらず、当該 ドメイン名の名称で一般に認識されていたとき」に該当するか。 申立人は、インターネット上の検索エンジンにおいて「louboutin」を検索すると、 日本語のウェブサイトで見つかるのはほぼすべてが申立人のブランドに関するもので あった(資料17)と主張している。そこで資料17を検討すると、そこに記載された 12件のウェブサイトは、いずれも申立人ブランドに関連するものと認められ、登録者 への関連を推認させるものは一切ない。このインターネットの検索結果は、「louboutin」 が申立人のブランドとして広く知られていることを推認させる一方、「louboutin」の 名前によって登録者が一般に知られていないとの事実を推認させるものである。他に これに反する証拠はない。 したがって、「登録者が、当該ドメイン名の名称で一般に認識されていた」との事 実を認めることはできない。 「(iii) 登録者が、申立人の商標その他表示を利用して消費者の誤認を惹き起こす ことにより商業上の利得を得る意図、または、申立人の商標その他表示の価値を毀損 する意図を有することなく、当該ドメイン名を非商業的目的に使用し、または公正に 使用しているとき」に該当するか。 後述するとおり、登録者のウェブページ(資料53)は、そのドメイン名により申立 人のウェブサイトであるかのように誤認を生じさせて、インターネットユーザーを同 ウェブページに誘引しようとするものと推認されるから、登録者が、本件「ドメイン 名を非商業的目的に使用し、または公正に使用している」とは到底認められない。 f 以上のとおり、登録者は、本件ドメイン名に関係する権利又は正当な利益を有して いないものと認められる。 (3)不正の目的での登録及び使用 a 前記のとおり、申立人商標「CHRISTIAN LOUBOUTIN」及びその略称である 「LOUBOUTIN」(ルブタン)は、本件ドメイン名登録日の前から、既に周知であっ たと認められる(資料17, 26, 27, 28,32乃至40)。 他方、本件ドメイン名は、申立人商標の要部である「LOUBOUTIN」の文字を要部 とするものである。また、前記のとおり、登録者が本件ドメイン名に関係する権利又 は正当な利益を有しているとの事実は認められない。 さらに、資料53によれば、登録者の本件ドメイン名によるウェブページの内容はす べて他人のウェブページへのリンクである。登録者が、このようなウェブサイトを設 けた理由は、申立人が主張するとおり、インターネットユーザーをこれら他人のリン クに導いて広告収入を得るためと解するのが経済的合理性に合致する。 つまり、登録者は、申立人ブランドの著名性すなわち顧客吸引力を利用して、換言 すれば、申立人ブランドの著名性・顧客吸引力にただ乗りすることにより、自らの広 告収入のためにインターネットユーザーに誤認を生じさせて自身のウェブサイトに誘 引する目的で本件ドメイン名を使用しているものと認めるのが合理的である。そして、 本件ドメイン名の登録は、そのような誤認惹起行為の一環として取得されたものと解 される。 b これを、JPドメイン名紛争処理方針に照らせば、上記登録者の行為は、同方針4 条b (iv)所定の「登録者が、商業上の利得を得る目的で、そのウェブサイトもしくはそ の他のオンラインロケーション、またはそれらに登場する商品およびサービスの出所、 スポンサーシップ、取引提携関係、推奨関係などについて誤認混同を生ぜしめること を意図して、インターネット上のユーザーを、そのウェブサイトまたはその他のオン ラインロケーションに誘引するために、当該ドメイン名を使用しているとき」に該当 し、したがって、パネルは、当該ドメイン名の登録または使用は、不正の目的である と認めなければならない。 c 以上のとおり、本件ドメイン名は、不正の目的で登録・使用されているものと認め られる。 6 結論 以上に照らして、紛争処理パネルは、登録者によって登録されたドメイン名 「LOUBOUTIN.JP」が申立人の商標と混同を引き起こすほど類似し、登録者が、ドメ イン名について権利又は正当な利益を有しておらず、かつ登録者のドメイン名が不正 の目的で登録・使用されているものと裁定する。 よって、方針第4条iに従って、ドメイン名「LOUBOUTIN.JP」の登録を申立人に 移転するものとし、主文のとおり裁定する。 2013年3月27日 日本知的財産仲裁センター紛争処理パネル パネリスト 大島 厚 別記 手続の経緯 (1)申立書受領日 2013年1月10日(電子メール)及び1月11日(書面) (2)手数料受領日 2013年1月11日 申立手数料の受領確認 (3)ドメイン名及び登録者の確認 2013年1月11日 JPRSへ照会 2013年1月11日 JPRSから登録情報の回答 回答内容:申立書に記載された登録者はドメイン名の登録者であること、JPRS に登録されている登録者の電子メールアドレス(以下「登録アドレ ス」)及び住所(以下「登録住所」)等 (4)適式性 日本知的財産仲裁センター(以下「センター」という。)は、2013年1月 16日に、申立書及び委任状の再提出が必要と判断してその旨を申立人に通知し、 補正書面を1月18日に受領した。センターは,同日に,申立書が処理方針と規 則に照らし申立書が適合していることを確認した。 (5)登録者への通知日及び内容 1) 申立書送付日(手続開始日) 2013年1月18日(電子メール及び郵送) 2) 申立書及び証拠等一式 3) 答弁書提出期限 2013年2月18日 (6)手続開始日 2013年1月18日 センターは、2013年1月18日に申立人及び登録者には電子メール及び郵 送で、JPRS及びJPNICには電子メールで、手続開始日を通知した。 (7)答弁書の提出の有無及び提出日 センターは、提出期限日までに答弁書を受領しなかったので、2013年2月 20日に「答弁書の提出はなかったものと見做す」旨の答弁書不出通知書を、電 子メールと郵送にて申立人及び登録者に送付した。 (8)パネリストの選任 2013年2月25日 申立人は1名のパネルによって審理・裁定されることを選択。 中立宣言書の受領日:2013年2月27日 パネリスト:弁理士 大島 厚 (9)紛争処理パネルの指名及び裁定予定日の通知 2013年2月25日 JPNIC及びJPRSへ電子メールで通知 申立人及び登録者へ電子メール及び郵送で通知 (但し登録者宛郵送分については「あて所に尋ねあたりません」として返送された) 裁定予定日:2013年3月15日 (10)パネリストへのパネリスト指名書及び一件書類受け渡し 2013年2月25日(電子メール及び郵送) (11)追加証拠書類 2013年3月8日、パネリストは、手続規則12条の規定により、申立人に 対し、追加書証の提出を求めた(電子メール及び郵送)。 2013年3月12日、センターは、申立人から追加書証を受領した。 (12)裁定期限の延長 2013年3月8日、パネリストは、手続規則10条(c)但書の規定により 本件裁定期限を同年3月29日まで延長する旨を、申立人、登録者、JPNIC及び JPRSに通知した。 (13)パネルによる審理・裁定 2013年3月27日 審理終了、裁定。