事件番号:JP2013-0010 裁 定 申立人: (名称)ピンタレスト インク (住所)アメリカ合衆国 カリフォルニア州 サンフランシスコ プラナンストリ ート 808 代理人: 弁護士 達野 大輔 登録者: (氏名)角田 和司 (住所)埼玉県川越市野田町1丁目4番19号 日本知的財産仲裁センター紛争処理パネルは、JPドメイン名紛争処理方針、JPドメイ ン名紛争処理方針のための手続規則及び日本知的財産仲裁センターJPドメイン名紛争処 理方針のための手続規則の補則並びに条理に則り、申立書・答弁書・提出された証拠に 基づいて審理を遂げた結果、以下のとおり裁定する。 1 裁定主文 ドメイン名「pinterest.jp」の登録を申立人に移転せよ。 2 ドメイン名 紛争に係るドメイン名は「pinterest.jp」である。 3 手続の経緯 別記のとおりである。 4 当事者の主張 a 申立人 申立人は、申立人の登録商標 PINTERESTとその要部において同一のドメイン名 pinterest.jpを登録している登録者に対して、本件ドメイン名を申立人に移転するよう求め ている。 申立人によれば、(1) 本件ドメイン名は、日本、アメリカ、EUにおいて商標権の保 護を受けている申立人の商標と、その主要部分において同一であること、(2) 申立人は登 録者にPINTERESTの名称・商標を使用することを許可したことはなく、また造語である PINTERESTに対して申立人を意識して登録者が使用したことは明らかであり、その他登 録者が本件ドメイン名を使用することを適法とする根拠はなく、登録者が本件ドメイン 名の名称で一般に認識されていたこともないのであるから、登録者は本件ドメイン名に ついて正当な利益を有していない、(3) そして本件ドメイン名は、登録者がPINTEREST 商標の所有者である申立人に譲渡を提案し、申立人から利得を得ようとの意図に基づい て登録されたものであり、登録の必要経費以上の対価をもって販売する目的で登録され たものとみなされるべきであるので、不正の目的で登録されまたは使用されているとい うことができる。 以上の理由により、申立人は、ドメイン名登録の申立人への移転を請求する。 b 登録者 登録者は、2013年10月16日提出受付の答弁書において、以下のように主張して いる。(1) ドメイン取得および売買は一般的な経済活動であり、正当な行為である、(2) 申立人の株式上場によりJPドメイン名の価値が上昇するので、申立人が本件ドメイン名 取得を求めるには正当な対価支払が必要である、(3) 本件ドメイン名を登録者から取得す るのにJPドメイン紛争処理方針を利用することは不当である、(4) 本件ドメイン名の取 得にはまず登録者に交渉を申し込み、本件申立てに要した費用を対価として支払うべき であった、(5) 登録者が本件ドメイン名を登録したセンスを評価し、数千万円で高く買う ことで申立人にも利益となる、(6) 申立代理人の所属する法律事務所もドメイン名の防御 登録を怠っている、(7) 申立人はより早く本件ドメイン名を登録することが可能であるの にしなかった、(8) JPドメイン紛争処理方針JP2013-0005におけるパネリストの見解は不 当であり、ドメイン名取得時の対価以上の付加価値が出た時点において、何百倍・何千 倍で売却交渉を開始するのは自然な行為である。 以上の理由により、登録人は申立人がベーカー&マッケンジー法律事務所に支払った 費用の数倍程度なら売却交渉の意思があるので、本件紛争を止めるべきである。 5 争点および事実認定 規則第15条(a)は、パネルが紛争を裁定する際に使用することになっている原則 についてパネルに次のように指示する。「パネルは、提出された陳述・文書および審問 の結果に基づき、処理方針、本規則および適用されうる関係法規の規定・原則、ならび に条理に従って、裁定を下さなければならない。」 方針第4条aは、申立人が次の事項の各々を証明しなければならないことを指図して いる。 (1)登録者のドメイン名が、申立人が権利又は正当な利益を有する商標その他表示 と同一又は混同を引き起こすほど類似していること (2)登録者が、ドメイン名に関係する権利又は正当な利益を有していないこと (3)登録者のドメイン名が、不正の目的で登録又は使用されていること (1)同一又は混同を引き起こすほどの類似性 本件ドメイン名pinterest.jpは、国別コードを示す.jpを除いた要部pinterestについて、 申立人が商標権を有するPINTERESTと同一である。 申立人がPINTERESTという標章(以下、本件標章という)に商標権を有することは、 登録者が争わないほか、申立人提出の文書(別添資料1ないし4)により認めることがで きる。 従って本件申立ては、方針第4条aの定める要件(1)登録者のドメイン名が、申立 人が権利又は正当な利益を有する商標その他表示と同一又は混同を引き起こすほど類似 していることを充足している。 (2)権利又は正当な利益 申立人は、本件標章の使用を登録者に許したことはないと主張し、登録者もこれを争 わない。また申立人の主張によれば本件標章は造語であるので、登録者が申立人とは別 個に本件標章と同一の表示に対して権利または正当な利益を有することは通常考えられ ない。 かえって、登録者の主張によれば、登録者が本件ドメイン名を登録したのは、申立人 が世界的なネットサービス企業であり、ピンタレストの素晴らしいサービスに共感した ためであるとされている。このことは登録者が本件標章と同一の表示に対する独自の権 利または正当な利益を有せず、もっぱら申立人が本件標章に付加する価値を自らの利益 とすることを目的として本件ドメイン名を登録し、保持しているのであり、それ以外に 独自の権利または正当な利益を有しないことを示している。 なお、登録者は申立人が本件ドメイン名を登録しないで放置したことから、本件ドメ イン名の登録および保持が正当であると主張する(答弁書5枚目(7)参照)。しかし ながら、このことは登録者が本件ドメイン名を登録できたことを意味するに過ぎず、そ の登録についての権利または正当な利益を有することを意味するものではない。 従って 方針第4条aの定める要件(2)登録者が、ドメイン名に関係する権利又は正 当な利益を有していないことを充足している。 (3)不正の目的での登録または使用 申立人は、登録者が本件ドメイン名を登録した意図を「本件ドメイン名の譲渡を提案 し、申立人から利得を得よう」というものと推測している。また申立人の主張およびそ の提出書面(別添資料13)によれば、登録者が本件ドメイン名の下で開設するウェブサ イト(http://www.pinterest.jp/)には、本件ドメイン名を第三者に売却する意図が示され、 かつその価格に関して「1億円以上のオファーが可能な法人のみご連絡下さい」との文 章を表示している。 他方、登録者は、答弁書において本件ドメイン名を登録したのが将来の値上がりを見 込んで売却する目的であることを述べており、申立人に対して「正当な対価」の支払い を再三求めている。その額は必ずしもはっきりしないが、「数千万円で高く買うこと」 (答弁書4枚目(5)参照)、「取得した対価以上の付加価値が出た時点において、何 百倍・何千倍で売却の交渉を開始するのは、もっとも自然な行為である」こと(答弁書 6枚目(8)参照)、および「ベーカー&マッケンジー法律事務所に支払った費用の数 倍程度」(同上参照)との記載からみて、数百万円から数千万円程度の対価で売却を求 めているものと解することができる。 ところで、紛争処理方針第4条b項(i)は、不正な目的での登録または使用を認定しなけ ればならない事情として、「登録者が、申立人または申立人の競業者に対して、当該ド メイン名に直接かかった金額(書面で確認できる金額)を超える対価を得るために、当 該ドメイン名を販売、貸与または移転することを主たる目的として、当該ドメイン名を 登録または取得しているとき」を規定している。この「当該ドメイン名に直接かかった 金額を超える対価」とは、登録等に要する費用を指すものと解しうるが、その費用の額 を越えた対価を要求すれば直ちに不正の目的での登録または使用と認定するのは相当で はない。例えば登録者がドメイン名を用いてウェブサイトを開設するなどのインターネ ット上の活動を行い、その活動によって自らの顧客を獲得するなど、登録者自身の活動 により当該ドメイン名に付加価値をつけたような場合には、その価値をも勘案した譲渡 の対価がドメイン名登録費用を超えているからといって直ちに不正の目的での登録また は使用と評価することはできない。しかし、登録者自らの活動により生じた付加価値で はなく、他人の経済活動により特定の標章の価値が高まり、その結果としてその標章と 同一または類似するドメイン名に付加価値が生じた場合には、その付加価値は登録者が 自らのものとして他人に要求できる筋合いのものではない。 本件において登録者は、本件ドメイン名の価値が取得した対価の何百倍・何千倍にも 上ると評価しているが、仮にその通りだとしても、その付加価値は登録者自身が示唆す るように、申立人の事業から生み出されたものである。申立人が生み出した付加価値を 登録者が我がものとしてドメイン名譲渡の対価として申立人に要求することは、紛争処 理方針が規定する不正の目的に該当するものと解することができる。 従って、その他の主張を考慮することなく、方針第4条aの定める要件(3)登録者 のドメイン名が、不正の目的で登録又は使用されていることを充足している。 6 結論 以上に照らして、紛争処理パネルは、登録者によって登録されたドメイン名 「pinterest.jp」が申立人の商標と要部において同一であり、登録者が、ドメイン名につい て権利または正当な利益を有しておらず、かつ、登録者のドメイン名が不正の目的で登 録または使用されているものと裁定する。 よって、方針第4条iに従って、ドメイン名「pinterest.jp」の登録を申立人に移転する ものとし、主文のとおり裁定する。 2013年11月11日 日本知的財産仲裁センター紛争処理パネル 町村泰貴 単独パネリスト 別記 手続の経緯 (1)申立書受領日 2013年8月30日(電子メール)及び9月3日(書面) (2)手数料受領日 2013年9月6日 申立手数料の受領確認 (3)ドメイン名及び登録者の確認 2013年9月6日 JPRSへ照会 2013年9月6日 JPRSから登録情報の回答 回答内容:申立書に記載された登録者はドメイン名の登録者であること、JPRS に登録されている登録者の電子メールアドレス及び住所等 (4)適式性 日本知的財産仲裁センター(以下「センター」という。)は、2013年9月 11日に、証拠一覧表及び証拠説明書、委任状の及び代表者の資格を証明する公 的証明書類の提出が必要と判断してその旨を申立人に通知した。 証拠一覧表及び証拠説明書及び上申書を9月19日に受領し、同日付けで、 補正期間を9月30日まで延長することを通知した。委任状及び上申書を10 月2日に受領し、同日付けで、補正期間を10月15日まで延長することを通 知した。代表者の資格を証明する公的証明書類を10月8日付けで受領した。 センターは、同年10月8日に、申立書が処理方針と規則に照らし申立書が 適合していることを確認した。 (5)登録者への通知日及び内容 1) 申立書送付日(手続開始日) 2013年10月9日(電子メール及び郵 送) 2) 申立書及び証拠等一式 3) 答弁書提出期限 2013年11月8日 (6)手続開始日 2013年10月9日 センターは、2013年10月9日に申立人及び登録者には電子メール及び郵 送で、JPRS及びJPNICには電子メールで、手続開始日を通知した。 (7)答弁書の提出の有無及び提出日 センターは、2013年10月16日に答弁書を受領した。 (8)パネリストの選任 2013年10月23日 申立人、登録者とも1名のパネルによって審理・裁定されることを選択。 中立宣言書の受領日:2013年10月31日 パネリスト:町村 泰貴 (9)紛争処理パネルの指名及び裁定予定日の通知 2013年10月23日 JPNIC及びJPRSへ電子メールで通知 申立人及び登録者へ電子メール及び郵送で通知 裁定予定日:2013年11月13日 (10)パネリストへのパネリスト指名書及び一件書類受け渡し 2013年10月23日(電子メール及び郵送) (11)パネルによる審理・裁定 2013年11月11日 審理終了、裁定。