事件番号:JP2023-0006 裁 定 申立人: (名称)トロノックス エルエルシー (住所)アメリカ合衆国 73134 オクラホマ州 オクラホマ シティ ●(省略)● 代理人:弁理士 加藤 勉 弁理士 今井 雅夫 (担当) 登録者: (氏名)Ye Li (住所)東京都Shibuya City ●(省略)● (渋谷区●(省略)●) 日本知的財産仲裁センター紛争処理パネルは、JPドメイン名紛争処理方針(以下、「処 理方針」という。)、JPドメイン名紛争処理方針のための手続規則(以下、「手続規則」とい う。)及び日本知的財産仲裁センターJPドメイン名紛争処理方針のための手続規則の補則 並びに条理に則り、申立書・提出された証拠に基づいて審理を遂げた結果、以下のとおり 裁定する。 1 裁定主文 ドメイン名「TRONOX.JP」の登録を申立人に移転せよ。 2 ドメイン名 紛争に係るドメイン名は「TRONOX.JP」である。 3 手続の経緯 別記のとおりである。 4 当事者の主張 a 申立人 申立人の主張は以下のように、整理できる。 紛争に係るドメイン名「TRONOX.JP」(以下、「本件ドメイン名」という。)は、2021年7 月16日にJPRSに登録された(甲第1号証)。 申立人トロノックス エルエルシー(英語表記名:TRONOX LLC)は、米国オクラホマ州 に所在の法人である(甲第5号証)。申立人と2012年6月20日付で二酸化チタンの国内 販売についてDistributor Agreementを締結しているサンケミカル株式会社によれば、 『TRONOX社は、旧社名をKerr-Mc.Geeと言い塩素法ルチルタイプ酸化チタンの最初の開発 メーカー』であり、『2012年6月には資源大手メーカーであるExxaro(南ア)より酸化チ タン生産用の原料鉱石メーカーの買収を完了しており、自前の原料で鉱石から酸化チタン を100%生産可能な世界唯一のメーカーになり』(甲第6号証)、『2016年現在、塩素法の生 産では世界第三位の規模を持つ米国に本社を置く酸化チタンメーカーです。』(甲第7号証) と紹介されており、本件ドメイン名の登録日以前に、申立人が酸化チタンの世界的なメー カーとして広く知られていたことは明らかである。 また、申立人は、標準文字の「TRONOX」について、国際分類第1類の商品を指定して平 成14(2002)年9月27日に登録された商標登録第4607924号(甲第2号証、以下「商標1」 という。)、同第2類の商品を指定して平成14(2002)年12月13日に商標登録された商標登 録第4629619号(甲第3号証、以下「商標2」という。)、「TRONOX+図形」について、国際 分類第1,2,6類の商品を指定して令和3(2021)年2月25日に登録された商標登録第6355671 号(甲第4号証、以下「商標3」という。)に係る商標権者である。 本件ドメイン名のうち、第2レベルドメインである「TRONOX」が要部であり、この部分 から、トロノックスの称呼と申立人であるトロノックス エルエルシーの略称の観念が生 ずる。従って、本件ドメイン名は、申立人が権利を有する登録商標と混同を引き起こすほ ど類似している。 本件ドメイン名は申立人所有の登録商標の登録日より後に登録され、米国法人である申 立人の略称「TRONOX」は造語であり、米国法人でない登録者がこれを案出したとは考え難 い。申立人の登録商標の名声にただ乗りして利益を得ようとする登録であって、本件ドメ イン名の登録についての権利または正当な利益を有しない。また、申立人は、本件ドメイ ン名の登録を登録者に許諾したことはない。 登録者は、その業務が不明であるうえ、本件ドメイン名を使用していない。申立人所有 の登録商標の周知著名性及び高い顧客吸引力を考慮すれば、本件ドメイン名を使用した場 合は、需要者を自己のホームページへ誘導し、または、需要者を誤認させ、利益を得る意 図で使用されていると言え、保持のみをしている場合でも、不正の目的での登録と看做さ れるべきである。 登録者は、ドメイン名「MIDEA.JP」を不当な利益を得る目的で行い、JPドメイン名紛争 処理手続により移転の裁定を受けた(甲第8号証、事件番号JP2022-0009)。 よって、ドメイン名は、申立人の登録商標「TRONOX」と混同を引き起こすほどに類似し、 登録者は本件ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有しておらず、本件ドメイン 名は不正の目的で登録または使用されている。 従って、申立人は、ドメイン名登録の申立人への移転を請求する。 b 登録者 登録者によって答弁書は提出されなかった。 5 争点および事実認定 a 適用すべき判断基準 手続規則第15条(a)は、パネルが紛争を裁定する際に使用することになっている原 則についてパネルに次のように指示する。「パネルは、提出された陳述・書類及び審問の結 果に基づき、処理方針、本規則及び適用されうる関係法規の規定・原則、ならびに条理に 従って、裁定を下さなければならない。」 処理方針第4条aは、申立人が次の事項のすべてを立証しなければならないと規定する。 (1)登録者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示 と同一または混同を引き起こすほど類似していること (2)登録者が、当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していないこと (3)登録者の当該ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていること b 紛争処理パネルの判断 (1)同一または混同を引き起こすほどの類似性 本件ドメイン名は、「TRONOX」と「.JP」からなり、「.JP」の部分は日本国の国コードト ップレベルドメインであって、JPドメイン名の登録に必須の部分であるから、本要件(処 理方針第4条a(i))を判断するにあたって考慮されない(WIPO Overview of WIPO Panel Views on Selected UDRP Questions, Third Edition 第1.11.1項参照)。よって、本件ド メイン名のうち「TRONOX」の部分と、「申立人が権利または正当な利益を有する商標その他 表示」とを対比して本要件が判断される。 申立人が所有する商標1及び2は、標準文字で表された「TRONOX」であり、商標3の語 頭には文字「TRONOX」が含まれている。これら部分「TRONOX」は、本件ドメイン名にその まま含まれている。 また、「申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示」には法人の商号も該当 するところ(JP-DRP研究会「JP-DRP解説」(2008年3月)17頁)、米国法人たる申立人の 商号はTRONOX LLC(トロノックス エルエルシー)であり、その略称は「TRONOX」であ る。よって、本件ドメイン名の「TRONOX」の部分と、申立人所有の商標1ないし3及び申 立人の略称は、「同一または混同を引き起こすほどの類似している」と言える。 したがって、本申立ては、「同一または混同を引き起こすほどの類似性」の要件(処理方 針第4条a(i))を満たしている。 (2)権利または正当な利益 登録者は、「商品またはサービスの提供を正当な目的をもって行うために、」本件ドメイ ン名を使用していたとは認められず、また、「使用の準備をしていた」等の事情について答 弁書を提出していない(処理方針第4条c(i))。また、登録者は個人Ye Liであり、本件 ドメイン名の名称で一般に認識されておらず(処理方針第4条c(ii))、申立人は登録者に 対し本件ドメイン名の登録を許諾した事実はない。さらに、登録者は、「消費者の誤認を惹 き起こすことにより商業上の利得を得る意図」または、「申立人の商標その他表示の価値を 毀損する意図」を有することなく本件ドメイン名を非商業的目的に使用し、または公正に 使用しているとも認定できない(処理方針第4条c(iii))。 したがって、本申立ては、「登録者が本件ドメイン名に関する権利または正当な利益を有 していないこと」なる要件(処理方針第4条a(ii))を満たしている。 (3)不正の目的での登録または使用 申立人と2012年6月20日付で二酸化チタンの国内販売についてDistributor Agreement を締結しているサンケミカル株式会社により、同社ウェブサイト上で「TRONOX社は、旧社 名をKerr-Mc.Geeと言い塩素法ルチルタイプ酸化チタンの最初の開発メーカー」であり、 「2012年6月には資源大手メーカーであるExxaro(南ア)より酸化チタン生産用の原料鉱 石メーカーの買収を完了しており、自前の原料で鉱石から酸化チタンを100%生産可能な世 界唯一のメーカーになり」(甲第6号証)、「2016年現在、塩素法の生産では世界第三位の 規模を持つ米国に本社を置く酸化チタンメーカー」(甲第7号証)と紹介されていることか ら、本件ドメイン名の登録日以前に、申立人が酸化チタンの世界的なメーカーとして広く 知られていたことが推認される。 申立人が提出しない証拠について紛争パネルが独自に調査することについて、事件の検 討と裁定に資する限り、事件の事実を限定的に調査することは許されると解されており、 登録者やドメイン名の使用に関する事実を認定するために、申立対象ドメイン名に係るウ ェブサイトを閲覧することは、許される調査に含まれると解されている(WIPO Overview of WIPO Panel Views on Selected UDRP Questions, Third Edition 第4.8項参照)。申 立人から証拠は提出されていないが、紛争処理パネルが2023年8月2日時点で確認した ところでは、本件ドメイン名に係るウェブサイトを閲覧しようとすると、ドメイン名売買 を仲介するポータルサイトである「sedo.com」上の本件ドメイン名を販売する内容からな るページに自動転送され、”Buy Now for 9500 USD”というボタンが表示されるようになっ ている。販売額として提示された9500米ドルを、閲覧日と同日の日本円の対米ドル換算レ ート(1米ドル(USD)あたり143.21円)で換算すると、1,360,495円に相当する。この 販売額は、申立人または申立人の競業者に対して、本件ドメイン名に直接かかった金額を 超える対価を得るために、当該ドメイン名の販売の申し出をしていると判断できる。「不正 の目的」の認定には、有償でのドメイン名の売却の申し出だけではなく、有償でのドメイ ン名の売却が「主たる目的」であることが必要であるところ(JP-DRP研究会「JP-DRP解説」 (2008年3月)19頁)、登録者は本件ドメイン名を使用しておらず、このドメイン名売買 の仲介ポータルサイト「sedo.com」へ誘導するためだけに使用していると言えるから、有 償でのドメイン名の売却が「主たる目的」であると判断できる。 また、登録者は、ドメイン名の登録時に、中国の大手家電メーカーの商号の略称であり、 そのブランド名として周知著名であった「MIDEA」を含むドメイン名である「MIDEA.JP」を、 何らの権利または正当な利益なく、高額な金額で売却する目的で登録を行ったため、JPド メイン名紛争処理手続により移転の裁定を受けたこともある(甲第8号証、事件番号 JP2022-0009)。 したがって、本件ドメイン名の登録は、かかる有償でのドメイン名の売却を主たる目的 としていると認定できるから、「不正の目的で登録されていること」の要件を満たしている (処理方針第4条a(iii)、同b(i))。 6 結論 以上に照らして、紛争処理パネルは、登録者によって登録されたドメイン名「TRONOX.JP」 が申立人の商標と混同を引き起こすほど類似し、登録者が、ドメイン名に関係する権利ま たは正当な利益を有しておらず、登録者のドメイン名が不正の目的で登録または使用され ているものと判断する。 よって、処理方針第4条iに従って、ドメイン名「TRONOX.JP」の登録を申立人に移転す るものとし、主文のとおり裁定する。 2023年8月7日 日本知的財産仲裁センター紛争処理パネル 単独パネリスト 筒井 章子 別記 手続の経緯 (1)申立書の受領 日本知的財産仲裁センター(以下「センター」という。)は、2023年6月5日 に申立書(添付する関係書類を含む。)を申立人から電子的送信により受領した。 (2)申立手数料の受領 センターは、2023年6月1日に申立人より申立手数料を受領した。 (3)ドメイン名及び登録者の確認 センターは、2023年6月6日にJPRSに登録情報を照会し、2023年6月 6日にJPRSから申立書に記載された登録者が対象ドメイン名の登録者であること を確認する回答並びにJPRSに登録されている登録者の電子メールアドレス及び住 所等を受領した。 (4)適式性 センターは、2023年6月8日に補正(委任状の欠落部分の提出及び申立書の記 載事項の修正)が必要と判断してその旨を申立人に通知し、2023年6月8日に補 正書類を受領し、2023年6月8日に申立書が処理方針と手続規則に照らし適合し ていることを確認した。 (5)手続開始 センターは、2023年6月14日に申立人、JPNIC及びJPRSに対し電子 的送信により、手続開始を通知した。センターは、2023年6月14日に登録者に 対し郵送及び電子メールにより、開始通知を送付した。開始通知により、登録者に対 し、手続開始日(2023年6月14日)、答弁書提出期限(2023年7月12日) 並びに書面の受領及び提出のための手段について通知した。但し、登録者の住所に送 付した通知は「あて名不完全で配達できません」として返送された。 (6)答弁書の提出 センターは、提出期限日までに答弁書を受領しなかったので、2023年7月13 日に「答弁書の提出はなかったものと見做す」旨の答弁書不提出通知書を、電子的送 信により申立人及び登録者に送付した。 (7)パネルの指名及び裁定予定日の通知 申立人は、1名のパネルによって審理・裁定されることを選択し、センターは、2 023年7月20日に弁理士 筒井 章子を単独パネリストとして指名し、一件書類 を電子的送信によりパネルに送付した。センターは、2023年7月20日に申立人、 登録者、JPNIC及びJPRSに対し電子的送信により、指名したパネリスト及び 裁定予定日(2023年8月9日)を通知した。パネルは、2023年7月20日に 公正性・独立性・中立性に関する言明書をセンターに提出した。 (8)パネルによる審理・裁定 パネルは、2023年8月7日に審理を終了し、裁定を行った。