事件番号:JP2024-0014
裁定
- 申立人:
-
(名称)株式会社井野屋
(住所)大阪府大阪市 ●(省略)● - 代理人:
- 弁護士 山口 裕司
- 登録者:
-
(名称)株式会社井野屋
(住所)大阪府大阪市 ●(省略)●
日本知的財産仲裁センター紛争処理パネルは、 JPドメイン名紛争処理方針(以下、「処理方針」という。)、 JPドメイン名紛争処理方針のための手続規則(以下、 「手続規則」という。)および日本知的財産仲裁センターJPドメイン名紛争処理方針のための手続規則の補則ならびに条理に則り、 申立書・提出された証拠に基づいて審理を遂げた結果、以下のとおり裁定する。
1 裁定主文
ドメイン名「MASTER-PIECE.CO.JP」の登録を申立人に移転せよ。
2 ドメイン名
紛争に係るドメイン名(以下、 「本件ドメイン名」という。)は「MASTER-PIECE.CO.JP」である。
3 手続の経緯
別記のとおりである。
4 背景となる事実
申立人は、ファッションバッグの企画、製造、卸、 小売りについて事業を行う会社であり、 代表的なブランドの一つに「master-piece」ブランド(以下、 「申立人ブランド」という。)を有しており(甲第1号証)、 同ブランド商品は、1994年以降、オフィシャルストアのほか、 百貨店を含む店舗や電子商取引サイトにおいて取り扱われ、 一定の知名度を有している(甲第2号証)。
申立人は、申立人ブランドに関し、 2002年2月8日に登録された商標第4541951号、 2010年6月4日に登録された商標第5328226号、 2013年6月7日に登録された商標第5589356号、 2015年3月6日に登録された商標第5748080号、 2020年10月22日に登録された商標第6307337号および2020年12月3日に登録された商標第6324568号(以下、 これらを併せて「申立人商標」という。)を保有しており、 申立人商標の商標権者である(甲第3号証、甲第4号証の1~6)。
本件ドメイン名は、2001年8月30日に登録された(甲第10号証の1)。
5 当事者の主張
a 申立人の主張
申立人の主張は以下のように、整理できる。
(1)「登録者のドメイン名が、 申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示と同一または混同を引き起こすほど類似していること」について
申立人商標の要部は「master-piece」であるところ、当該要部と、 本件ドメイン名のうちの国別コードと属性を示すコードを除いた部分とは、全く同一である。
よって、本件ドメイン名は、申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示と同一または混同を引き起こすほど類似していることは明らかである。
(2)「登録者が、 当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していないこと」について
本件ドメイン名は、 2001年8月30日に申立人が登録したドメイン名であるが、 2023年9月7日に、 申立人や申立人の関連会社の社員ではない者による不正アクセスにより不正に移管された。 本件ドメイン名の登録者は、JPRSのWHOISデータ上、 申立人の社名と同一であるが、 実際の登録担当者と技術連絡担当者は申立人と無関係の第三者に不正に移管されており、 申立書の提出時においては、 申立人の社名を騙る正体不詳の者(登録者)によって本件ドメイン名がJPRSに登録されて、 管理されている状況にある。
よって、本申立書上の登録者は、 本件ドメイン名に関係する権利または正当な利益を何ら有していない。
(3)「登録者の当該ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていること」について
本件ドメイン名は、 本申立ての手続開始日である2024年8月23日までは、 「master-piece」ブランド商品の事業に関する公式ウェブサイトおよび当該事業に関連する連絡先のメールアドレスとして使われていたが、 手続開始日の翌日である同月24日に公式ウェブサイトのコンテンツが表示されなくなった。
また、本件ドメイン名の登録者と同一と思われる者から、 ドメイン名がなくなるまでゆっくりと戦う旨のメールが申立人の担当者宛に送信されてきたことから、 申立人の事業を混乱させ、 本件ドメイン名の使用の妨害する意図を明確に示すものと言え、 処理方針第4条b(iii)に該当する事情がある。
よって、本件は、処理方針第4条aの各要件をすべて充足するから、 本件ドメイン名登録の申立人への移転の裁定が下すことを求める。
b 登録者
登録者によって答弁書は提出されなかった。
6 争点および事実認定
a 適用すべき判断基準
手続規則第15条(a)は、 パネルが紛争を裁定する際に使用することになっている原則についてパネルに次のように指示する。 「パネルは、提出された陳述・書類及び審問の結果に基づき、処理方針、 本規則及び適用されうる関係法規の規定・原則、 ならびに条理に従って、裁定を下さなければならない。」
処理方針第4条aは、 申立人が次の事項の各々を証明しなければならないことを指図している。
- 登録者のドメイン名が、 申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示と同一または混同を引き起こすほど類似していること
- 登録者が、 当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していないこと
- 登録者の当該ドメイン名が、 不正の目的で登録または使用されていること
b 紛争処理パネルの判断
(1)同一又は混同を引き起こすほどの類似性
申立人商標の一部には、 図形や他の文字との組み合わせによる商標も存在するが、 その要部は「master-piece」であり、「master-piece」との名称で、 申立人のブランドとして一定の知名度を有していることが認められる(甲第1号証、 甲第2号証)。
本件ドメイン名は、「master-piece」との表記と、 企業であることを示す属性型JPドメイン名を示す「.co.jp」から構成されるドメイン名である。 「.co.jp」のうち「jp」は国別コード、「co」は属性を示すコードに過ぎず、 いずれも類否判断に影響を及ぼさない識別力のない部分であるから、 本件ドメイン名の要部は「master-piece」である。
申立人商標の要部と本件ドメイン名の要部を対比すると、 両者は同一であるから、 本件ドメイン名は申立人が権利または正当な利益を有する商標その他の表示と同一または混同を引き起こすほど類似していると認められる。
(2)権利または正当な利益
申立人の提出する証拠によれば、本件ドメイン名は申立人が登録し、 申立人の事業に使用されていたが、2023年9月7日に、 権限を有しない正体不詳の者の不正アクセスにより、 第三者に不正に移管されたことが認められる(甲第5号証、甲第7号証、 甲第8号証の1、甲第9号証、甲第10号証の1、甲第22号証)。 すなわち、登録情報において、 組織名は申立人を示す「株式会社井野屋」であるものの、登録担当者、 技術連絡担当者、ネームサーバー、および指定事業者が、 申立人が従前登録していた内容とは異なるものに変更され、 登録された登録者の住所は現住所ではなく、 登録担当者として登録されている者は申立人の従業員ではなく、 連絡先のメールアドレスも使用できないものである等の事実からすれば、 登録者が申立人とは無関係の第三者であることが認められる。
本件ドメイン名は、 移管後も申立人の「master-piece」ブランド商品の事業に関する公式ウェブサイトおよび当該事業に関連する連絡先のメールアドレスとして、 引き続き使用できていたとのことであるが(甲第2号証参照)、 申立人が追加で提出した証拠によれば、 本件申立ての手続開始日の翌日である2024年8月24日以降、 何も表示されない(甲第15号証)か、 「本件ドメイン名がNetimで登録されている」ことを記載するページとして使用されているに過ぎず(甲第16号証)、 登録者が本件ドメイン名を使用して事業等を行っている事実は認められない。
本件ドメイン名の登録者は、答弁書を提出することなく、 登録者は権利または正当な利益の存在について何ら実質的な反論を行っていない。
したがって、登録者には、 本件ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有しているという事情は認められない。
(3)不正の目的での登録または使用
前述のとおり、本件ドメイン名は、2023年9月7日の移管後も、 申立人の「master-piece」ブランド商品の事業に関する公式ウェブサイトおよび当該事業に関連する連絡先のメールアドレスとして、 引き続き使用できていたが、 本件申立ての手続開始日の翌日である2024年8月24日以降、 申立人の公式ウェブサイトとして使用できない状態になっていることが認められる(甲第15号証、甲第16号証)。
このことにより、申立人は、 新しいドメイン名に公式ウェブサイトを開設し(甲第17号証)、 その旨をプレスリリースで公表したものの(甲第18号証の1および2)、 Google検索ページにおける検索順位も低いため、 公式ウェブサイトへのアクセス数も著しく減少するなど(甲第20号証)、 その事業に混乱が生じていることが認められる。
さらに、申立人ブランドに係る商品の事業は、 申立人のグループ会社であり申立人から分社化されたMSPC株式会社が主に行っていたところ、 同社の保有していた「aersf.jp」に係るドメイン名(甲第5号証、 以下、「別ドメイン」という。)について、 不正アクセスによりその登録を取得したと思われる者から、 本件手続開始の翌日である2024年8月24日に、 「ドメイン名紛争には長い時間がかかりますが、 ドメイン名がなくなるまでゆっくりと戦います。」という電子メールが、 申立人担当者宛に送られたことが認められる(甲第21号証)。 上記メールの送信者が本件ドメイン名の登録者であることは、 証拠上確認することができないが、 当該送信者が登録者であると思われる別ドメインは、 本件ドメイン名と同日にお名前.comの会員情報の変更が行われ、 本件ドメイン名の名義の移管の約2週間前に不正アクセスにより第三者に移管されていること(甲第6号証、甲第8号証の1)、 当該メールが送信された日が本件申立ての手続開始日の翌日であること、 その日から本件ドメイン名が申立人の公式ウェブサイトとして使用できなくなっていること等の事実関係に鑑みれば、 当該送信者は本件ドメイン名の登録者であるか、 少なくとも登録者と近い関係者である蓋然性が高いと認められるから、 上記メールの内容は、本件ドメイン名の登録者に、 申立人の事業を混乱させ、本件ドメイン名の使用を妨害する意図があることを強く推認させる。
登録者は、申立人の追加主張に対する反論の機会を与えられながら、 これに対しても何ら反論を行っていないため、 登録者に不正の目的がないことを裏付ける事情は認められない。
したがって、本件ドメイン名は登録者によって不正の目的で登録され、 使用されていると認められる。
7 結論
以上に照らして、紛争処理パネルは、 登録者によって登録された本件ドメイン名「MASTER-PIECE.CO.JP」が申立人の商標と混同を引き起こすほど類似し、 登録者が、ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有しておらず、 登録者の本件ドメイン名が不正の目的で登録または使用されているものと判断する。
よって、処理方針第4条iに従って、 ドメイン名「MASTER-PIECE.CO.JP」の登録を申立人に移転するものとし、 主文のとおり裁定する。
2024年10月17日
日本知的財産仲裁センター紛争処理パネル
単独パネリスト 相良 由里子
別記 手続の経緯
(1)申立書の受領
日本知的財産仲裁センター(以下「センター」という。)は、 2024年8月9日に申立書(添付する関係書類を含む。)を申立人から電子的送信により受領した。
(2)申立手数料の受領
センターは、2024年8月8日に申立人より申立手数料を受領した。
(3)ドメイン名及び登録者の確認
センターは、2024年8月9日にJPRSに登録情報を照会し、 2024年8月13日にJPRSから申立書に記載された登録者が対象ドメイン名の登録者であることを確認する回答並びにJPRSに登録されている登録者の電子メールアドレス及び住所等を受領した。
(4)適式性
センターは、 2024年8月15日に補正(申立書の記載事項の修正等)が必要と判断してその旨を申立人に通知し、 2024年8月16日に補正書類を受領し、 2024年8月16日に申立書が処理方針と手続規則に照らし適合していることを確認した。
(5)手続開始
センターは、2024年8月23日に申立人、 JPNIC及びJPRSに対し電子的送信により、手続開始を通知した。 センターは、2024年8月23日に登録者に対し郵送及び電子メールにより、 開始通知を送付した。開始通知により、登録者に対し、 手続開始日(2024年8月23日)、 答弁書提出期限(2024年9月24日)並びに書面の受領及び提出のための手段について通知した。 但し登録者宛電子メール送信分については送信不能であり、 登録者の住所に送付した通知は「あて所に尋ねあたりありません」として返送された。
(6)答弁書の提出
センターは、提出期限日までに答弁書を受領しなかったので、 2024年9月25日に「答弁書の提出はなかったものと見做す」旨の答弁書不提出通知書を、 電子的送信により申立人及び登録者に送付した。
(7)パネルの指名及び裁定予定日の通知
申立人は、1名のパネルによって審理・裁定されることを選択し、 センターは、2024年10月1日に弁護士 相良 由里子を単独パネリストとして指名し、 一件書類を電子的送信によりパネルに送付した。 センターは、2024年10月1日に申立人、登録者、 JPNIC及びJPRSに対し電子的送信により、 指名したパネリスト及び裁定予定日(2024年10月22日)を通知した。 パネルは、 2024年10月3日に公正性・独立性・中立性に関する言明書をセンターに提出した。
(8)追加陳述の要請
センターは、2024年10月1日に申立人から上申書を受領し、 パネルは2024年10月7日に手続規則12条の規定により、 申立人対し陳述・書類の追加提出(提出期限 2024年10月10日)を求め、 同日、登録者に対してはその旨を通知した。
センターは、 2024年10月7日に申立人から追加の陳述書及び証拠書類を受領し、 パネルは2024年10月8日に登録者に対し、 相手方の追加書類を受けてさらに提出するべき書類がある場合は、 2024年10月11日までに提出するように求めたが、期限までに提出はなかった。
(9)パネルによる審理・裁定
パネルは、2024年10月17日に審理を終了し、裁定を行った。