事件番号:JP2024-0018
裁定
- 申立人:ノートン クリームズ リミテッド
- (住所)アイルランド共和国 ウォーターフォード ●(省略)●
- 代理人:
- 弁理士 三上 真毅
- 登録者:チャオ コー (Zhao Ke)
- (住所)中華人民共和国 シャンハイ 201210 プドン ●(省略)●
日本知的財産仲裁センター紛争処理パネルは、JPドメイン名紛争処理方針(以下、「処理方針」という。)、JPドメイン名紛争処理方針のための手続規則(以下、「手続規則」という。)及び日本知的財産仲裁センターJPドメイン名紛争処理方針のための手続規則の補則並びに条理に則り、申立書及び提出された証拠に基づいて審理した結果、以下のとおり裁定する。
1 裁定主文
ドメイン名「SUDOCREM.JP」の登録を申立人に移転せよ。
2 ドメイン名
紛争に係るドメイン名(以下、「本件ドメイン名」という。)は「SUDOCREM.JP」である。
3 手続の経緯
別記のとおりである。
4 背景となる事実
申立人は、アイルランド共和国法に基づいて設立された、有限責任会社法人(LTD-Private Company Limited by Shares)である(甲2号証の1)。同社の親会社であるテバファーマスティカル・インダストリーズ・リミテッドは、そのグループ会社等とともに医薬品等を製造販売している(申立人の親会社がテバファーマスティカル・インダストリーズ・リミテッドであることにつき、甲2号証の2)。そして、申立人は、商標「sudocrem」について、2021年8月13日に国際商標登録がなされ、2022年7月22日に日本で登録された商標権(国際商標登録第886513号)の商標権者である(2024年12月22日現在)。この国際登録の指定商品は、国際登録分類3類の「皮膚用化粧品(医療用のものを除く。)、医療用でない化粧品、制汗剤を除く。」及び5類「医薬用及び獣医科用の薬剤、人用及び獣医科用の医療用クリーム、医療用スキンケア剤」である。
一方、本件ドメイン名は、登録者によって2024年4月18日にドメイン名登録された(甲8号証)。したがって、本件ドメイン名登録時点において、商標「sudocrem」は国際商標登録(国際商標登録第886513号)がなされ、日本においても商標登録されており、その国際商標登録の現在の登録者は申立人ということになる。Aer Designsは、Aerブランドに関し、日本における「AER」商標(登録第5848036号)の商標権者であり(甲第3号証)、「AERSF.COM」に係るドメイン名の所有者である(甲第2号証)。
5 当事者の主張
a 申立人
申立人は、本件ドメイン名登録の移転を求めており、その主張(根拠)として、1)本件ドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標と同一または混同を引き起こすほどに類似しており、2)登録者が、本件ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有さず、3)登録者が、競業者の事業を混乱させることを主たる目的として、本件ドメイン名を登録している、と主張する。すなわち、申立人は、「sudocrem」に関する複数の商標を国際登録しており、日本をはじめ世界の多くの国や地域をカバーしていることと、市販の薬用クリーム「sudocrem」は1931年以降皮膚の痛み、おむつかぶれ、湿疹、にきびの治療に効くとして40カ国以上で販売されてきた等の主張の下に、登録者が本件ドメイン名をドメイン名販売プラットフォームサイトSedoにおいて8,500米ドルの販売価格で売りに出していたが、「sudocrem」ブランドの商標価値を認識し、それに便乗する意図を反映したものである等の事情から登録者の本件ドメイン名登録は正当な利益を有しないとする。加えて、「悪意」で本件ドメイン名を使用した理由として、処理方針4条(b)(i)及び(ii)に当たるとして、ドメイン名販売プラットフォームサイトSedoへの出品の事実は、JIPAC裁定JP2023-0006において、申立人等に対して本件ドメイン名に直接かかった金額を超える対価を得るために販売申出をしていると判断できるとした先例があり、本件ドメイン名を登録者は使用していないから、有償でのドメイン名売却が主目的であって、処理方針4条(b)(i)に該当し、不正目的の登録であると主張する。そして、処理方針4条(b)(ii)についても、登録者が過去5件のドメイン名紛争紛争処理手続の結果、移転裁定を受けており、sudocrem.esドメイン名について現に登録して「侵害問題」を生じさせているため、「申立人やその他の商標所有者が、人気のある国別コードをトップレベルドメインとするドメイン名に、自らの商標を使用するとするのに対し、これを繰り返し妨害しようとする登録者の意図が伺(ママ)える。当該事情は、登録者の『悪意』の裏付ける追加証拠となり得る。」などと主張する。
b 登録者
登録者は、答弁書を提出しなかった。
6 争点および事実認定
a 適用すべき判断基準
手続規則第15条(a)は、パネルが紛争を裁定する際に使用することになっている原則についてパネルに次のように指示する。「パネルは、提出された陳述・書類及び審問の結果に基づき、処理方針、本規則及び適用されうる関係法規の規定・原則、ならびに条理に従って、裁定を下さなければならない。」
処理方針第4条aは、申立人が次の事項の各々を証明しなければならないことを指図している。
- 登録者のドメイン名が、 申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示と同一または混同を引き起こすほど類似していること
- 登録者が、 当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していないこと
- 登録者の当該ドメイン名が、 不正の目的で登録または使用されていること
b 紛争処理パネルの判断
(1)同一又は混同を引き起こすほどの類似性
申立人は、上記4に認定したとおり、文字商標「sudocrem」について、日本国内において国際登録に基づく商標権を有している。これに対して、登録者は、本件ドメイン名「SUDOCREM.JP」の登録を有しているのであるが、このドメイン名の「.jp」の部分は、本件ドメイン名が、汎用ドメイン名「.jp」に登録されるドメイン名であることを示す部分であり、処理方針4条(a)(i)との関係(以下、第1要件という。)では、判断対象に含まないとすることができる(多くのJIPAC裁定が同様の見解を示している。例えば、本件登録者が当事者となっているJIPAC裁定2017-0004[JONESLANGLASSALLE.JP]も参照。)。本件ドメイン名から「.JP」の部分を除いた部分である「sudocrem」は、申立人が日本において国際登録に基づく商標権を保有している文字商標「sudocrem」(国際登録番号第886513号)と同一であるから、本件ドメイン名の登録者が商標権者と一定の関係を有すると誤認する可能性が生じるであろう。したがって、本件ドメイン名は、申立人が商標権を有する商標と同一または混同を引き起こすほどに類似していると判断することができる。
なお、第1要件の判断において対比したのは、国際登録第886513号の商標「sudocrem」のみである。申立人は、複数の商標登録を有するとして、その他の国際登録された商標も指摘しているが(国際登録第1573223号、米国商標登録第6661832号、EU商標登録第000239442号)、赤字に文字を白抜きした図形商標よりも文字商標の商標登録を基礎として判断する方がより直截であるし、申立人自身が商標権者でないものも含まれているようであることもあり、本パネルは、国際登録第886513号の登録商標のみを第1要件の判断の基礎とすることとした。国際的規模のグループ企業の場合、グループ内企業の再編等に伴って商標権者がグループ内企業相互に変更することは容易に想定できることであるが、ドメイン名紛争において移転を申し立てる場合、処理方針においては申立人自身に対して移転せよと求める場合以外は想定されておらず、厳密に申立人が権利または正当な利益を有する商標に基づき判断しなければならない。本件事案では、国際登録第886513号の商標以外の商標権者が登録者とライセンス関係にあることは想定し得ず(申立人は、申立書4頁(2)第2項で、「申立人等は」登録者に対して使用許諾しライセンスを付与したことがないと主張している)、その意味では、現に申立人が商標登録を有している国際登録886513号の商標「sudocrem」についてのみ判断すれば足りると考えられるからである。
(2)権利または正当な利益
登録者が権利または正当な利益を本件ドメイン名の登録について有しているかを判断するに際しては、登録者の主張をもとに判断するのが望ましいところ、本件登録者は答弁書を提出していない。他方、申立人が主張するように、登録者(個人)は、「sudocrem」について商標登録を有する形跡はなく(甲10号証)、文字列「sudo」は、少なくとも「crem」(薬剤、クリーム)と結びついて用いられるディクショナリワードを見いだすことができないものであるから、「sudocrem」の名称によって登録者のビジネスが識別されていたという事情だけでなく、登録者が正当なビジネスを行うに際して「sudocrem」を独自に選択した(すなわち、申立人商標のことは知らなかった)とは、極めて考えにくい。
実際、申立人が国際商標登録を有する商標「sudocrem」は、その国際登録が登録者住所地国(中華人民共和国)及びドメイン名登録国(日本国)のいずれにおいても、登録者の本件ドメイン名登録日よりも以前に商標登録されている(中国商標登録第62523061号「sudocrem」は、2023年12月6日に商標登録されており、また、国際登録に基づく日本の商標登録は、2022年7月22日である)。
しかも、登録者は、本件ドメイン名登録をする以前に、JPドメイン名紛争処理手続において、何度も移転裁定を受けたことがあるものとみられる(例えば、JPドメイン名紛争処理裁定2017-0004[JONESLANGLASALLE.JP]、JP2015-0001[BOEHRINGERINGELHEIM.JP]、JP2015-0005[MADEWELL.JP]、JP2018-0002[NIXON.JP]、JP2018-0003[ETRO.JP]。これらは本件登録者と住所等を異にする登録者による場合を含むが、同一人による登録と推測される)。これらの事情からすれば、登録者が申立人の商標「sudocrem」を知って、「sudocrem」の文字列を含むドメイン名を登録したと考えるのが、合理的な推測であろう。そればかりか、登録者は、JPドメイン名紛争処理だけでなく、WIPOやNAFのドメイン名紛争処理機関でも同様に転売を主目的とするドメイン名登録であるという理由で、ドメイン名の移転裁定を多数受けている(申立書7頁)。
かように、複数回にわたり、不正目的でのドメイン名登録を繰り返してきた者が、新たにドメイン名を登録する場合には、少なくとも自ら正当な利益を有する事情を具体的に主張する必要性が特に高い。つまり、移転裁定を複数回受けているということから、その登録者のドメイン名登録に正当な利益がないという事情を推認することが可能であり、それを覆すためには登録者自身が証拠を伴って自ら正当な利益を有する旨を主張することが強く求められるべきと考えられる。この点、本件登録者は答弁書を提出していないから、今回に限り正当な利益を有する登録であるとは考えることは適切でない。
(3)不正の目的での登録または使用
申立人は、登録者が本件ドメイン名を、ドメイン名販売プラットフォームサイトSedoに出品し、8,500米ドルの価格を提示していたと主張する(甲9号証)。この事実は、本件ドメイン名が少なくとも甲第9号証に示された2024年6月19日の時点においてSedoウェブサイトへの自動転送に使用されていたことを意味する。登録者が、対価を求める目的で他のドメイン名登録をSedoウェブサイトに出品していたことがあり、JIPACではそのような事案で移転裁定を本件登録者のドメイン名登録についてしたことがある(JP2017-0004裁定等)事情も考慮すると、本件ドメイン名を登録してドメイン名販売プラットフォームサイトに自動転送して出品する行為を行っている場合、販売を主たる目的とすると推認することができる。同証拠に示されたSedoウェブサイトの記録は、2024年6月19日のタイムスタンプが認められるため、当該時点においては、紛争処理方針4条(b)(i)にいう「当該ドメイン名に直接かかった金額を超える対価を得るために、当該ドメイン名を販売、貸与または移転することを主たる目的として、当該ドメイン名を登録または取得しているとき」にあたるといえる。
しかし、本件パネリストが裁定時において調査した際には、Sedoウェブサイトへの販売申し出の事実は確認することができない(2024年12月22日時点)。もっとも、この調査時点において、本件ドメイン名は、パーキングサイトとして登録者ウェブサイトが運用されていることが確認された。このウェブサイトは、本件ドメイン名の表題の下段に広告の検索窓を有するもので、「関連する可能性の高い検索」として、「請求書電子化ソフト」「測定3dスキャナ」「測定3dスキャナー」の3項目が設定され、それぞれリンク先に該当項目に関連するスポンサー企業各3社のウェブサイトへのリンク情報が記載されている。このウェブサイトは、タイトルも記載されておらず、リンク情報以外に登録者自身が記載した文字は一切存在しない不自然なサイトであり、皮膚治療クレーム「sudocrem」に興味をもって当該ウェブサイトにアクセスしてきた閲覧者を、さらに他者のウェブサイトに誘引する目的(または、他社のスポンサーサイトに導くことで広告収入を得ようとする意図)が推測される(処理方針4条(b)(iv)参照)。
いつの時点で、Sedoウェブサイトへの出品を停止し、パーキングサイトに切り替えたかは定かでないが、パーキングサイトへの切り替えは、ドメイン名登録の販売を主目的とする登録である意図を隠そうとする可能性が高い、いわば糊塗的な行為であり、また、少なくとも裁定時点において処理方針4条(b)(iv)に該当する行為を登録者が行っていることは明らかであるから、登録者の本件ドメイン名登録が、不正の目的によるものであると推認することができる。
7 結論
以上に照らして、紛争処理パネルは、登録者によって登録されたドメイン名「SUDOCREM.JP」が申立人の商標と混同を引き起こすほど類似し、登録者が、ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有しておらず、登録者のドメイン名が不正の目的で登録または使用されているものと判断する。
よって、処理方針第4条iに従って、ドメイン名「SUDOCREM.JP」の登録を申立人に移転するものとし、主文のとおり裁定する。
2024年12月23日
日本知的財産仲裁センター紛争処理パネル
単独パネリスト 佐藤 恵太
別記 手続の経緯
(1)申立書の受領
日本知的財産仲裁センター(以下「センター」という。)は、2024年10月22日に申立書(添付する関係書類を含む。)を申立人から電子的送信により受領した
(2)申立手数料の受領
センターは、2024年10月3日に申立人より申立手数料を受領した。
(3)ドメイン名及び登録者の確認
センターは、2024年10月22日にJPRSに登録情報を照会し、2024年10月22日にJPRSから申立書に記載された登録者が対象ドメイン名の登録者であることを確認する回答並びにJPRSに登録されている登録者の電子メールアドレス及び住所等を受領した。
(4)適式性
センターは、2024年10月25日に補正(申立書の記載事項の修正等)が必要と判断してその旨を申立人に通知し、2024年10月28日に補正書類を受領し、2024年10月29日に申立書が処理方針と手続規則に照らし適合していることを確認した。
(5)手続開始
センターは、2024年10月31日に申立人、JPNIC及びJPRSに対し電子的送信により、手続開始を通知した。センターは、2024年10月31日に登録者に対し郵送及び電子メールにより、開始通知を送付した。開始通知により、登録者に対し、手続開始日(2024年10月31日)、答弁書提出期限(2024年11月29日)並びに書面の受領及び提出のための手段について通知した。但し登録者宛電子メール送信分については一部が送信不能であり、登録者の住所に送付した通知は「あて所に尋ねあたりありません」として返送された。
(6)答弁書の提出
センターは、提出期限日までに答弁書を受領しなかったので、2024年12月2日に「答弁書の提出はなかったものと見做す」旨の答弁書不提出通知書を、電子的送信により申立人及び登録者に送付した。
(7)パネルの指名及び裁定予定日の通知
申立人は、1名のパネルによって審理・裁定されることを選択し、センターは、2024年12月3日に中央大学教授 佐藤 恵太を単独パネリストとして指名し、一件書類を電子的送信によりパネルに送付した。センターは、2024年12月3日に申立人、登録者、JPNIC及びJPRSに対し電子的送信により、指名したパネリスト及び裁定予定日(2024年12月23日)を通知した。パネルは、2024年12月16日に公正性・独立性・中立性に関する言明書をセンターに提出した。
(8)パネルによる審理・裁定
パネルは、2024年12月23日に審理を終了し、裁定を行った。