事件番号:JP2024-0019
裁定
- 申立人:MSPC株式会社
- (住所)大阪府大阪市 ●(省略)●
- 代理人:
- 弁護士 山口 裕司
- 登録者:Okada Kazuya
- (住所)大阪府大阪市 ●(省略)●
日本知的財産仲裁センター紛争処理パネルは、JPドメイン名紛争処理方針(以下、「処理方針」という。)、JPドメイン名紛争処理方針のための手続規則(以下、「手続規則」という。)及び日本知的財産仲裁センターJPドメイン名紛争処理方針のための手続規則の補則並びに条理に則り、申立書・答弁書提出された証拠に基づいて審理を遂げた結果、以下のとおり裁定する。
1 裁定主文
ドメイン名「AERSF.JP」の登録を申立人に移転せよ。
2 ドメイン名
紛争に係るドメイン名(以下、「本件ドメイン名」という。)は「AERSF.JP」である。
3 手続の経緯
別記のとおりである。
4 背景となる事実
申立人は、ファッションバッグの企画、製造、卸、小売りについて事業を行う会社であり、代表的なブランドの一つに「master-piece」ブランド(以下、「申立人ブランド」という。)を有しているが(甲第1号証)、米国カリフォルニア州サンフランシスコ市(San Francisco)に本拠として2014年にクラウドファンディングプロジェクトによって創業された、「Aer」ブランドを有するAer Designs LLC.(以下、「Aer Designs」という。甲第2号証)との間で2016年2月16日付独占的輸入契約を締結し(甲第7号証の1)、同契約はその後も延長されていることから(甲第7号証の2及び3)、日本における独占的輸入販売店として、「Aer」ブランドのバッグを日本において独占的に輸入し、販売している。
Aer Designsは、Aerブランドに関し、日本における「AER」商標(登録第5848036号)の商標権者であり(甲第3号証)、「AERSF.COM」に係るドメイン名の所有者である(甲第2号証)。
本件ドメイン名は、2018年7月23日に申立人により登録されたが、申立人の関与なく2023年8月1日に登録者が変更され、さらに同月26日に指定事業者が移管され(甲第9号証の1ないし3)、同年10月25日には、登録者が現在の「Okada Kazuya」に変更され(甲第10号証、甲第11号証)、現在は申立人の管理が及ばない状態になっている(甲第13号証の1及び2)。
なお、申立人は新ドメイン名「aerjapan.jp/」を取得して、「Aer」ブランドの公式ウェブサイトを復旧させた(甲第13号証の3、甲第14号証)。 他方、本件ドメイン名は、現在GoDaddy.comのパーキングサイトになっている。
5 当事者の主張
a 申立人
申立人の主張は以下のように、整理できる。
(1)「登録者のドメイン名が、申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示と 同一または混同を引き起こすほど類似していること」について
申立人は、Aer Designsの保有する「Aer」ブランドの日本における独占的輸入販売業者 であり、「AER」商標のライセンシーである。本件ドメイン名の要部は、国別コードと都市 名の略称である「SF」を除いた「AER」であるところ、「AER」商標と本件ドメイン名の要部 とは全く同一である。
よって、本件ドメイン名は、申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示と 同一または混同を引き起こすほど類似していることは明らかである。
(2)「登録者が、当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していないこと」 について
本件ドメイン名は、2018年7月23日に申立人が登録したドメイン名であるが、2023年7月に不正アクセスが行われ、同年8月1日に登録者が申立人からNemoto Megumiに申立人の関与なく変更された。その後、同年8月26日には本件ドメイン名の指定事業者が、申立人の関与なく移管され、同年10月25日に本件ドメイン名の登録者が申立人の関与なくさらにNemoto Megumiから現在の登録者であるOkada Kazuyaに変更された。そして、Name Serverが申立人の関与なく勝手に「kagoya.net」から「domaincontrol.com」に変更された。
登録者は、申立人の「Aer」ブランドの公式ウェブサイトをアクセス不可能な状態にしている。
よって、本申立書上の登録者は、本件ドメイン名に関係する権利または正当な利益を何ら有していない。
(3)「登録者の当該ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていること」について
申立人は、本件ドメイン名の登録者のメールアドレスに対して、ドメイン名の返還を求めるメールを送信したところ、2024年8月21日に、登録者と思われる人物から50,000米ドルをビットコインで支払うよう要求された。なお、本件ドメイン名は、申立人がアクセスできない状態になっており、現在はGoDaddy.comによるパーキングサイトとなっている。申立人の新しいドメイン名に係る公式ウェブサイトへの訪問ユーザーは減少し、売上の減少につながっている。
これらの事実関係から、処理方針第4条b(ii)、(iii)及び(iv)に該当する事情があることは明らかであって、本件ドメイン名は不正の目的で登録または使用されている。
よって、本件は、処理方針第4条aの各要件をすべて充足するから、本件ドメイン名登録の申立人への移転の裁定を下すことを求める。
b 登録者
登録者及び登録者の勤務する株式会社ワールドパーティー(以下、「登録者勤務先」という)は、本件ドメイン名の登録に関与していない。
登録者は登録者勤務先の運営するブランド「KiU」のEC部長であり、登録者の住所とされているのは登録者勤務先の本店所在地の住所である。ただし、登録者の電話番号及びメールアドレスとして登録されているのは、登録者勤務先及び登録者の使用しているものではない。
登録者勤務先が本手続の開始通知書を受領し、登録者に事実確認をしたところ、登録者及び登録者勤務先のいずれにおいても、本件ドメイン名の登録を行ったことはなく、登録者及び登録者勤務先の認識しないところで、本件ドメイン名が登録者の名においてなされていることが発覚したものである。
したがって、登録者及び登録者勤務先は、本件ドメイン名の登録に一切関与していない。本件ドメイン名は、登録者及び登録者勤務先以外の第三者が、登録者の氏名及び登録者勤務先の住所を悪用し、不正に登録したことが強く疑われる。
以上より、申立人による申立書の陳述・主張内容に対して、対象とされている本件ドメイン名の登録を登録者が保有できることについての理由・根拠については答弁せず、本紛争処理手続の裁定については、パネルに一任する。
6 争点および事実認定
a 適用すべき判断基準
手続規則第15条(a)は、パネルが紛争を裁定する際に使用することになっている原則についてパネルに次のように指示する。「パネルは、提出された陳述・書類及び審問の結果に基づき、処理方針、本規則及び適用されうる関係法規の規定・原則、ならびに条理に従って、裁定を下さなければならない。」
処理方針第4条aは、申立人が次の事項の各々を証明しなければならないことを指図している。
- 登録者のドメイン名が、 申立人が権利または正当な利益を有する商標その他表示と同一または混同を引き起こすほど類似していること
- 登録者が、 当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有していないこと
- 登録者の当該ドメイン名が、 不正の目的で登録または使用されていること
b 紛争処理パネルの判断
(1)同一又は混同を引き起こすほどの類似性
申立人は、「Aer」ブランドに係る商品の独占的な輸入販売業者であり(甲第7号証の1)、その契約は現在まで延長されているから(甲第7号証の2及び3)、現在も「AER」商標についてのライセンシーである。本申立てに際し、Aer Designsから承諾書(Acknowledge Letter)(甲第8号証)を受領しているところ、承諾書の前文および第1項が、「Aer Designsは、申立人が、Aer Designsに代わって、日本における商標ライセンシーとしての権利を有する範囲で、本件ドメイン名の移転請求をすることに同意する」旨を述べているのは、独占的輸入契約(甲第7号証の1)第12条第6文の「Aer Designsの同意」や独占的輸入契約第27条第1段落第4文の「Aer Designsが書面で承諾した場合」に該当する。すなわち、申立人は、商標権者であるAer Designsから、同社に代わり本件ドメイン名の移転請求を行うことについての同意を得ていることが認められる。よって、申立人は、「AER」商標のライセンシーとして「AER」商標について権利または正当な利益を有する。
申立人がライセンシーとして正当な利益を有する商標は、「AER」である。
本件ドメイン名は、「AERSF」との表記と、日本の国別コードを示す「.jp」から構成される汎用JPドメイン名である。「jp」は国別コードに過ぎず、類否判断に影響を及ぼさない識別力のない部分である。さらに、本件ドメイン名のうち「SF」については、サンフランシスコの略称を示す文字列であって、本件ドメイン名は「AER」に、サンフランシスコの略称を示す「SF」を付加したに過ぎない構成となっている。
よって、本件ドメイン名と申立人が正当な利益を有する「AER」商標とを対比すると、両者は混同を引き起こすほどに類似していると認められる。
(2)権利または正当な利益
本件ドメイン名は、2018年7月23日に申立人により登録されたが、2023年8月1日に、その登録者が申立人からNemoto Megumiに申立人の関与なく変更され、同月26日に指定事業者が移管され(甲第9号証の1ないし3)、同年10月25日に、現在の登録者であるOkada Kazuyaに変更された(甲第10号証、甲第11号証)。さらに、2024年8月24日にはDNS(ドメインネームシステム)の設定変更により、申立人は「Aer」ブランドの公式ウェブサイトにアクセス不可能な状態になっている(甲第13号証の2)。
しかし、登録者は、上記一連の手続等について、本手続の開始通知書を受領するまで全く認識がなかったと主張した上、自らの正当な権利または利益についての答弁は行わない等と、本件ドメイン名について正当な権利または利益がないことを明確に争っていない(答弁書)。
また、現在、登録者の電話番号やメールアドレスとして登録されているものは、登録者自身のものではないこと(答弁書)、本件ドメイン名の登録者の変更等は、管理サイトへの不正アクセスによりなされていること(甲第9号証の2、甲第10号証)、同時期に申立人の別のドメイン名についても不正アクセスが行われ、第三者に移管されたこと(甲第10号証)等に鑑みると、本件ドメイン名は、申立人とは関係のない者により、不正に登録された蓋然性が高い。
以上のような登録者の答弁内容や本件ドメイン名が登録された経緯に鑑みれば、登録者は本件ドメイン名に関係する権利または正当な利益を何ら有していない。
(3)不正の目的での登録または使用
前述のとおり、2023年8月1日以降、不正アクセスにより本件ドメイン名の登録者名義や指定事業者は複数回変更され、2024年8月24日以降、申立人は「Aer」ブランドの公式ウェブサイトへのアクセスが不可能となり、新ドメイン名によるサイトを開設することを余儀なくされている(甲第13号証の3)。その結果、申立人への公式ウェブサイトへの訪問ユーザーが減少して、申立人の売上の減少につながり、営業上大きな損害を被っている(甲第18号証)。
他方、本件ドメイン名は、GoDaddy.comによるパーキングサイトとして使用されており、広告ページに移動するリンクが張られるとともに、本件ドメイン名に類似するドメイン名の取得を勧誘するGoDaddy.comのページへのリンクも張られている(甲第15号証の3及び4)。
申立人の従業員である清水が、2024年8月2日に、本件ドメイン名の登録者のメールアドレス(info@mumuu.ru)に対し、本件ドメイン名の返還を求める電子メールを送信したところ、同月21日に、「別のメールでご連絡しました。受信箱または迷惑メールボックスをご確認ください。」という返信があり(甲第16号証の1)、同日、前記清水のアドレス宛に、件名を「Re:ドメイン名aersf.jp」とし、送信元をNyota Abhyankar
以上の事実関係からすれば、本件ドメイン名が、「対価を得る目的で」(紛争処理方針第4条b(i))、「申立人の事業を混乱させることを主たる目的として」(紛争処理方針第4条b(iii))、あるいは、「インターネット上のユーザーを、そのウェブサイトまたはその他のオンラインロケーションに誘引する」目的で(処理方針第4条b(iv))、使用されていると認められる。
なお、登録者は、「本紛争処理手続の裁定については、パネルに一任する。」と答弁するのみで、不正の目的で登録または使用していないことについても、何ら実質的な反論を行っていない。
以上により、登録者の本件ドメイン名が、不正の目的で登録または使用されていることは明らかである。
7 結論
以上に照らして、紛争処理パネルは、登録者の名義の下に登録されたドメイン名「AERSF.JP」が申立人の商標と混同を引き起こすほど類似し、登録者が、ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有しておらず、登録者の当該ドメイン名が不正の目的で登録または使用されているものと判断する。
よって、処理方針第4条iに従って、ドメイン名「AERSF.JP」の登録を申立人に移転するものとし、主文のとおり裁定する。
2024年12月12日
日本知的財産仲裁センター紛争処理パネル
単独パネリスト 相良 由里子
別記 手続の経緯
(1)申立書の受領
日本知的財産仲裁センター(以下「センター」という。)は、 2024年9月30日に申立書(添付する関係書類を含む。)を申立人から電子的送信により受領した。
(2)申立手数料の受領
センターは、2024年10月8日に申立人より申立手数料を受領した。
(3)ドメイン名及び登録者の確認
センターは、2024年10月9日にJPRSに登録情報を照会し、2024年10月9日にJPRSから申立書に記載された登録者が対象ドメイン名の登録者であることを確認する回答並びにJPRSに登録されている登録者の電子メールアドレス及び住所等を受領した。
(4)適式性
センターは、2024年10月11日に補正(委任状及び代表者の資格を証明する公的証明書類の提出)が必要と判断してその旨を申立人に通知し、2024年10月11日に補正書類を受領し、2024年10月11日に申立書が処理方針と手続規則に照らし適合していることを確認した。
(5)手続開始
センターは、2024年10月18日に申立人、JPNIC及びJPRSに対し電子的送信により、手続開始を通知した。センターは、2024年10月18日に登録者に対し郵送及び電子メールにより、開始通知を送付した。開始通知により、登録者に対し、手続開始日(2024年10月18日)、答弁書提出期限(2024年11月18日)並びに書面の受領及び提出のための手段について通知した
(6)答弁書の提出
センターは、2024年11月18日に答弁書を登録者から電子的送信により受領した。センターは、2024年11月18日に答弁書が処理方針と手続規則に照らし適合していることを確認し、2024年11月18日に申立人に対し電子的送信により送付した。
(7)パネルの指名及び裁定予定日の通知
申立人、登録者とも1名のパネルによって審理・裁定されることを選択し、センターは、2024年11月22日に弁護士 相良 由里子を単独パネリストとして指名し、一件書類を電子的送信によりパネルに送付した。センターは、2024年11月22日に申立人、登録者、JPNIC及びJPRSに対し電子的送信により、指名したパネリスト及び裁定予定日(2024年12月12日)を通知した。パネルは、2024年11月26日に公正性・独立性・中立性に関する言明書をセンターに提出した。
(8)パネルによる審理・裁定
パネルは、2024年12月12日に審理を終了し、裁定を行った。