社団法人 日本ネットワークインフォメーションセンター 御中 2000年6月10日 立教大学法学部助教授 早川 吉尚 > このたび、「JPドメイン名紛争処理方針」および「JPドメイン名紛争処理方 > 針のための手続規則」の第一次答申がまとまりましたので、皆さまに広くお知 > らせするとともに、上記ドキュメントに対するご意見を募集します。 > ご意見をお持ちの方は、2000年6月11日(日)までに、電子メールで > drp-comment@nic.ad.jp 宛に送付下されば幸いです。 上記引用の件について、メールを送付いたします。 1 「処理方針」第一次答申10条について 本条においては、「本方針における全ての条項の解釈は、日本法に従う」 「パネルは、日本法に準拠してその裁定を行うものとする」旨が規定されてお ります。準拠法の明示は余計な混乱を避けるために極めて重要であり、私も、 このような規定が置かれることを基本的に支持するところであります。 しかし、例えば、仲裁による紛争解決におけるこれまでの学説上の議論でも 明らかなように、ADRによる紛争解決の局面では、(1)紛争解決の合意の 有効性を判断するために適用される準拠法、(2)紛争解決手続の規律のため に適用される準拠法、(3)紛争の実体を解決するために適用される準拠法と いうように、異なる性質を有する三つの準拠法が問題になります。 本紛争解決スキームでも、登録者が登録の際に合意する「ドメイン名登録等 に関する規則」により「処理方針」が参照され、その「処理方針」の中で「手 続規則」が言及されることにより、登録者が第三者に開かれた形で「紛争解決 の合意」をしており(第三者のためにする契約)、第三者がその登録者を相手 に申立をした瞬間に当該「紛争解決の合意」が完成するという法的な構成を踏 んでいると思われます。つまり、本スキームでも、その「紛争解決の合意」の 有効性を判断するための準拠法が何かという上記(1)の点は当然に問題にな ります。 また、その「処理方針」「手続規則」に定められた紛争手続の方法が「手続 保障」の要請にかなっているか否かといった問題、すなわち、上記(2)の点 についても、本スキームでは当然に問題になります。 さらに、「登録規則」「処理方針」により掲げられた登録者の「告知義務」 の解釈は、如何なる法に従ってなされるべきかといった形で、上記(3)の点 についても当然に問題になるわけです。 本条の趣旨は、これら(1)(2)(3)のいずれの準拠法も日本法である ということであるかと思われますが、余計な混乱を避けるために、これら全て の準拠法について日本法とすることが明らかになるように文言を修正する余地 があるように思われました(以上の問題は、結局、「登録規則」「処理方針」 「手続規則」の様々な規定の中に、上記の(1)紛争解決の合意、(2)手続 の方法、(3)実体問題という三種類の事柄が混在する形で定められていると いうことにも起因しているかと思われます。とすると、これら三種類の事項が 項目ごとに整理されるように全体の構成を変えるべきではないかという問題意 識も浮かんでまいりますが、しかし他方で、ICANN規則と(内容は同じで あっても)体裁があまりにかけ離れるものを作成したのでは別種の混乱を招き かねないようにも思われ、そのような提言をするには若干の躊躇を覚えており ます)。 具体的には、上記(2)の事項については、例えば、仲裁におけるこれまで の議論では、当事者の自由な準拠法の合意が許される事柄ではなく、紛争解決 地(仲裁地)がどこであるかによって決まる事柄であるといった主張が根強く あります。その意味で、(2)については、(それが観念的なものであっても) 「紛争解決地は日本である」といった一文を挿入するというのも一案のように 思われました。 他方、(3)については、紛争の実体に関わる法が、はたして日本法のみな のかという根本的な問題もあるように思われました。「タスクフォースレポー ト 第一次答申について」には、「申立の根拠を『商標』のみとし....日本・ 外国をも問わないものと解釈しております」とありますが、これが「日本企業 のみならず外国企業の日本の商標」という意味ではなく、「日本商標のみなら ず外国商標」という意味であるならば、厳密には、商標法という形で外国法に も「準拠してその裁定を行う」になると言えるように思われます(細かな話で すが)。 2 「処理方針」第一次答申2条について 2条において、登録者はセンターに対し、「不正な目的(不正な利益を得る 目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的をいう。以下同じ。)をもっ て、当該ドメイン名を登録していないこと」といった契約上の義務を課される ことになります(前述の(3)実体問題のレベルです)。 本紛争解決スキームでは、この義務違反の有無こそが主に判断されるわけで すが、しかし、手続において実際に争う当事者が、上記契約の直接の名宛人の センターではなく、紛争解決の合意という第三者のためにする契約において、 受益の意思表示を行った第三者であるという点に特徴があります(前述の(1) 紛争解決の合意のレベルです)。 本紛争解決スキームのみで紛争が終結する限りでは、(登録者と第三者間で の)当該紛争解決手続において、(登録者とセンターという)他人間の契約に おける義務違反の有無が問題になるとしても、そのような紛争解決の合意を結 んだのだから構わないと言い切れると思います。 しかし、裁判にまで持ち込まれた場合にはどうでしょうか? 米国のように、商標による保護が柔軟に図られる、さらには、サイバースク ワッティング法が制定されるといった状況下では、登録者とセンターとの間の 契約と同内容の権利義務が商標権者に物権的に発生するため、商標権者である 第三者が(そもそも契約関係にない)登録者に対して裁判を起こすことは、容 易であるように思われます。 しかし、「タスクフォースレポート 第一次答申について」にあるように、 米国とは異なり、「現在の日本法では、サイバースクワッティングの行為自体 が、商標権侵害を構成するとか、不正競争防止法で規定されている不正競争行 為に該当するものであると即断するには、いささかの無理がある」とすると、 裁判では、物権的な権利を理由とした排除ではなく、契約上の義務違反を理由 にしていかなければなりません(契約上の義務違反が理由にならず、商標権侵 害のみが問題になるとすれば、裁判に持ち込めばほとんど常に登録者側の勝ち になるという恐れもあります。その場合、この紛争解決スキームが、(その判 断を常に覆される運命にある)意味の無い存在と化すことになりかねません)。 しかし、前述のように、ここにおける契約とは、当該第三者にとっては、 (センターと登録者という)他人間の契約です。常に、他人間における契約上 の義務違反の確認といった裁判を起こさなくてはならないことに、問題はない のでしょうか?(逆に、登録者側が訴える場合には、例えば、自己の義務違反 の不存在を確認してもらうことになりますが、その場合も、訴訟の相手方は商 標権者たる第三者ということで良いのでしょうか?センターを訴訟に巻き込ま せないという原則との関係でも、議論の余地があるように思われます。) こうした問題に対処するために、「処理方針」等によって、紛争解決の合意 のレベルのみならず(前掲(1))、実体問題のレベルにおいても(前掲(3))、 第三者をも巻き込んだ契約上の権利義務関係が形成されるように工夫する必要 があるようにも思えました(例えば、申立その他があれば、第三者たる商標権 者も、実体面においても契約の名宛人になるのであって、(自己も当事者であ る)不正な目的による登録によってお互いの利益を侵害しないといった契約の 違反を理由に訴訟でも争えるといった構成等)。もっとも、訴えの利益といっ たレベルで解決がつく問題かもしれませんが。 3 その他 その他、「処理方針」3条については、(a)(b)(c)があい矛盾する 内容をはらむ可能性があるので、優劣関係を明記した方がよいように思われま した((a)>(b)>(c)でしょうか)。 また、ICANNの方ではあまり考えられないが、日本では起こりうる問題 として、メールの文字化けという問題があるように思われました。送付側のシ ステムの不具合による場合、受領側のシステムの不具合による場合、双方の相 性により発生する場合など、様々な原因が考えられますが、「手続規則」2条 (a)、4条(c)における手続開始日との関係等で、若干、問題になる余地 はあるように思われました。 以上、拙いものではありますが、何かしらの参考になればと思い、送付させて いただきました。もっとも、なかなか全てに目を通す時間がとれず、締切も真 近になり、あわてて提出した次第です。考えが足りない部分、誤解している部 分もあるかと思いますので、その際には、ご容赦くださいませ。 早川 吉尚