ニュースレターNo.23/2003年3月発行
巻頭言:アイデンティティ
JPNIC理事 前村 昌紀
アイデンティティという言葉があります。英語では「identity」で、IDという略語もあるとおり、自己を他者と区別する、自分自身であることを示すものを指します。今でこそ普通に使うこの言葉に私が出逢ったのは高校のときです。詳しくは忘れましたが、年に二度あるOB講演会で、とあるOBの方が話題に挙げられ、曰く、自分が他人と違うこと、自分が自分であることを示す性質や能力を持っているか、といった内容だったと思います。まさに、高校生くらいのときに誰しも思い悩む哲学的なテーマだと思いますが、「そうか、僕が悩んでいたのはアイデンティティというものだったのか」と多くの生徒に合点がいったのでしょう、しばらくこのアイデンティティという言葉が校内でブームとなり、あげくに次の文化祭のテーマになったことを覚えています。
この業界で仕事をしていてアイデンティティの問題に突き当たることがたまにあります。一つは、いわゆる「帽子のかぶり分け」の問題です。インターネットの業界では一人の方が複数の団体の立場をお持ちの場合が多く見られますが、利害の不一致を含めて、それぞれの立場を尊重したうえで物事を扱うことは、しばしば難しい場合があります。もう一つは何かのグループや団体に関するもので、それらが本質的にはどういう集合の人々で、誰の考えによって動くか、といったことです。JPNICにおいては、それは事務局員と理事や外部委員との関係の問題と言ってよいと思います。
私がこの業界で仕事をし始めたときは、JPNICは法人格もなく、東京大学の中に事務局を設置して運営されていました。それからオフィスを借りて独立し、社団法人となり、と徐々に組織として確立して参りましたが、運営委員会と検討部会がJPNICとしての方針策定を担っていた2000年度までは、JPNICは理事や外部委員の皆さんによって取り回されていたと思います。ですからこの時代には、たとえばIPアドレス検討部会の主査、副査というと、「JPNICの某です」のように名乗っていらしたように思いますし、JPNICの名刺もお持ちでした。
言い換えると、検討部会の方々が、「私はJPNICなんだ」というアイデンティティをお持ちだったということで、誤解を恐れずに言えば、JPNICの本質が、理事やそういった外部委員の方々に属していた、ということだと思います。またこれは、日本のインターネットを形成し運用するコミュニティの中で、一つの役割分担としてIPアドレスとドメイン名の管理を担った方々が、JPNICを名乗っていた、ということができるかもしれません。
しかしこれは、2001年以降急速に変わりつつあります。まず運営委員会がイニシアティブを取っていた方針策定は、事業担当の理事がイニシアティブを取り、検討委員会と評議委員会のもと執り行うようになりました。これによって理事を含めた法人の中で責任を取れる体制とするとともに、人員補強など事務局内体制を大幅に整え、事務局がイニシアティブを取れるところにまで、もう一歩というところまで来ていると思います。
私自身、検討部会・検討委員会の立場で長く活動し、昨年理事を拝命したところなのですが、私が担当するIP事業部では事務局員の皆さんの意識は数年前のそれとは大きく異なり、IP事業に関して自ら問題点を見つけ、考察し、改善するという姿勢がずいぶん固まってきたと考えています。これは、現在の事業部体制を作った、荻野前理事(インターネット総合研究所)を始めとする皆様のご努力によるところが大きいと思っていますが、私の仕事はこれをさらに整えて、仕上げていくことだろうと考えています。
つまりこれは、おそらく事務局員の皆さんが「私がJPNICなんだ」というアイデンティティを持って、日本の、ひいては全世界のインターネットを形成し運営するコミュニティの一員であるという意識の下で、JPNICが担うべき役割とあるべき姿を、追い求めていくことに違いありません。
そのためにも、会員の皆様、IPアドレス管理指定事業者の皆様には、今後ますますのご指摘やご指導ご鞭撻、そしてご理解とご声援をお願いする次第です。