ニュースレターNo.24/2003年7月発行
巻頭言:IPv6アドレスポリシー制定の舞台裏
~国際的リーダーシップとは?~
JPNIC理事 荒野 高志
2003年7月、IPv6アドレスポリシーが制定されました。IPv6アドレスポリシーとはIPv6アドレスを割り振り・割り当てする際の基本的な国際ルールのことです。それまで使われていた「暫定ポリシー」は今からもう4年以上も前に制定されたものでした。内容も曖昧で未規定の部分が多く、日本の各サービスプロバイダが商用サービスを提供するような状況に対応できるようなレベルではありませんでした。また、IPv4アドレス節約の考え方を引きずっており、自由にアドレスが取得できるようなものとは言いがたいという問題もありました。
JPNICを中心とする日本チームでは、2001年8月末のAPNIC台北会議でポリシーの新提案を持ちかけたのを皮切りに、足掛け10ヶ月、世界中での7回の会議を経て、国際調整を続けました。その結果、ポリシーの個々の内容についてのコンセンサスが得られ、新ポリシーの施行となったわけです。これにより、商用サービスプロバイダが安心してアドレスを使うことができるようになり、IPv6ディプロイメントの一つの大きな課題が解決しました。ドキュメント最終版には原案を書き上げた7名の日本人の名が謝辞として記載されています。とかく国際ルール策定では日本は蚊帳の外という事例が多いなか、インターネット運用の基幹ともいえるアドレスポリシー策定は画期的な成果であると自負しています。
グローバルスタンダード化を達成というと、各国競い合うというイメージが喚起されるかもしれませんが、今回はむしろ徹底した国際協調を行いました。日本の原案に世界中の人々の意見を取り入れ、融合し、ある意味で「よい妥協」を行い、最終版ドキュメントは作成されました。また、ポリシー策定推進に当たっては、各地域から選出されたエディトリアルグループが結成されました。このグループは、単にドラフトの編集を行うだけのものではありませんでした。途中、ヨーロッパではアドレスは半無限であり潤沢に割り振ろうというリベラルなポリシーが、一方、米国ではIPv4の失敗は繰り返すなという保守的な意見がそれぞれ大勢を占め、このギャップを短期で埋めるのは困難であるように思えました。さらにIPv6サービスプロバイダ商用化の段階に入っている日本の立場としては速やかなポリシー策定を望んでおり、まさに三すくみというような状況でした。こんな中、エディトリアルグループはグローバルメーリングリストや会議における提案やさまざまな意見の調整・とりまとめなど、強力な推進役となりました。確かに最初は日本の提案でしたが、最終的には世界全体が協調したプロジェクトになっていたともいえます。
リーダーシップとは何もみんなを議論でねじふせて、従わせることではないと私は思います。欧米人同士がやりあう激論に所詮は私のような平均的日本人は入り込めません。こういうところやコンセンサスをとっていく戦略的な進め方は素直に欧米人の「仲間」にまかせました。その代わり、最初の問題提起、前に進むための妥協案の作成、ドラフト草案などは日本チームの仕事でした。最終合意に近いAPNICバンコク会議では、IPv6エディトリアルチームと日本チームの功績をたたえてということで、ワインが贈られました。同時期に別提案として走りはじめたIPv4アドレスルール改定プロジェクトは、いまだにドラフトどころか論点も抽出できていないことを考えると、我々の「リーダーシップ」が確かに歴史に足跡を残したということなのだろうし、それを評価したものなのでしょう。確かに、すべて自らの力で勝ち取ったものとはだいぶ違う泥臭いやり方ですが、普通の日本人が日本人としてできるリーダーシップ発揮の一つのやり方だったと考えます。
さて、こういうリーダーシップをとるためには、独自の技術や深い知見など、自身になんらかの強みが必要になります。今回の場合はIPv6のデプロイメントの経験にあったと思います。日本はご存知のようにIPv6ディプロイメントが進んでおり、設計や運用上の経験も多く、さまざまな検討事項に関して考えているレベルも数段深いです。勢い、英語というハンディはあっても、また自分から主張しなくても、世界の会議でも意見を求められる立場になります。
アドレスポリシーの議論に終わりはなく、今後も家電や車への固定アドレス割り当て、クローズドネットへのユニークアドレスの割り当てなど、数多くの要望をアドレスポリシーへ反映させていかなければなりません。IPv6技術は家電や車などへの応用を通じてコンピュータネットワーク以外の分野にも浸透していきます。こうした新しい分野では多くの事項が未知であり、技術を実環境に試行適用してみないとわからないことも多かろうと考えます。この技術適用の過程において、さらにより多くの経験や深い知見をえて、この分野におけるグローバルなリーダーシップを継続してきたいと考えています。