ニュースレターNo.25/2003年11月発行
巻頭言:心配ごと
JPNIC理事/鈴木幸一
オンタリオの発電所の事故が、限られた地域でとどめられず、連鎖的に拡大し、ニューヨークなどの大都市の機能を麻痺させた。友人に「インターネットの止まる日もそう遠くないなあ」そう、冗談半分に言ったら、「インターネットが止まっても、電力ほどには深刻ではないからなあ」と、笑われた。
確かに、電力の停止とインターネットが止まることを比べれば、及ぼす怖さは比較にならない。それでもここまで普及したインターネットが、ある日突然止まってしまうことが、産業や社会生活に与える影響は大きい。「企業もホントのところは、まだまだインターネットの品質、信頼性、セキュリティ等には疑心暗鬼なところがあるよね」追い討ちをかけるように言う。どこかの大手ISPが60時間以上もメールが止まっても、行政処分が出るわけでも、大きな社会問題にもならなかった。インターネットに対する冷ややかな見方に、残念ながら未だ反論しきれない面があって、面倒だから話題を逸らしてしまう。
価格は100分の1以下、契約帯域は1000倍、インターネットサービスを始めて10年、IIJの資料をめくるとすぐにそんな数字が目に入る。通信の歴史で、インターネットほど、なんらの規制もなく自由な競争を放置されている通信サービスもない。業者同士の信頼を前提としたこの仕組みは、考えてみれば怖いほどの信頼と善意に満ちたもので、その怖さを知りながらインターネットの爆発的な普及に対応してきたのだから、なんとも凄い話である。しかも、政府をあげての「低価格・広帯域」のスローガンに対応し、メガ単価が世界で一番安いと胸を張っているのだからもっと恐ろしい。次の10年もトラフィックの伸びがこのまま続いて、1000倍になったらどうなるのだろう。通信機器メーカーの友人は、「技術の発展といっても、ムーアの法則以上にはいかないよ。どこかで止まる以外ない」と、諦めの境地である。
過去の統計を見ると、ネットワーク帯域は平均して年に2倍程度の増加である。アクセス帯域の主流をみると、1990年代がKbps、現在がMbpsとすれば10年後はGbpsが提供されてもおかしくないし、そう喧伝している人も多い。私の場合、10年後となると、多分、晴耕雨読かぼんやり散歩をしている生活だろうから、そうそう心配することもないのだが、仕事柄ついついクリティカルシナリオが頭に浮かんで、なんかしないと大変だと騒ぎたくなる。
ネットワークレイヤーの下から言うと、メタリックの寿命、ファイバー容量の不足、交換機の寿命、インターフェースの速度対応ができない、ルーターやスイッチの性能、アプリケーションの機能が止まる、怖いルーティングや危ないISPによるネットワークの崩壊などなど、アッパーレイヤー程、近未来の破綻が予想されるのだが、50歳代半ばを超えてしまった私の年齢からくる繰り言に過ぎないのかもしれない。インフラ投資のインセンティブが働かないサービス価格体系の下で、ホントに巨額なインフラ投資を行う通信事業者の存在を信じるとすればそれも凄い話だし、現在のルーターや機器の状況を知りながら、トラフィックの爆発が円滑に回るという思い込みをするのも凄い。そういうことは誰かが何とかしてくれて、今はひたすらブロードバンド、インターネットの利用促進を大きな声で言い続けていた方が、世の中には受けるのだろうけど。それでも時折りは、結構、深刻な兆しがあるのだと、この冊子を読む方々には思い起こしてほしい。