ニュースレターNo.32/2006年3月発行
JPNIC会員と語る/松下電器産業株式会社
インターネットと家電の融合
~安心・便利・快適な生活の実現に向けて~
今回は松下電器産業株式会社(以下、松下電器)を訪ねました。eネット事業本部のCTOで、ネットワークサービスエンジニアリングセンター所長の吉田純氏に、松下電器が取り組んでおられる家電とインターネットを融合した事業について今後の展望と課題を伺いました。
[対談者紹介]
JPNIC会員
松下電器産業株式会社 eネット事業本部
ネットワークサービスエンジニアリングセンター所長◎吉田純氏
JPNIC広報教育分野担当理事◎佐野晋
JPNIC事務局長◎成田伸一
松下電器のインターネットへの取り組み
成田 最初に松下電器がどのようにインターネットに取り組まれてきたかお聞かせください。
吉田 松下電器では、1986年頃から大阪大学とUUCPでJUNETに接続をしていましたが、インターネットとしては、1988年に東京と大阪の研究所をIP接続したイントラネットが第一歩となります。そして、1990年にWIDEインターネットと繋がることで、ようやくIP的に外部と接続できるようになりました。
その後、1993年頃から商用インターネットサービスが出てくると、松下電器でも社内イントラネットだけでなく、ビジネスとしてインターネットに取り組もうという話になり、1995年にhi-hoというISPサービスを立ち上げました。hi-hoを立ち上げた当時見据えた将来は、家電もインターネットに繋がっている時代でした。そうした時代が来た時に、自分たちもインターネット技術やサービスを備えている必要があり、ISP事業を始めるべきと考えたのです。
そして、いよいよ2000年頃からインターネットに家電を繋いで新しいサービスを始めようという気運が出てきました。松下電器では、2003年にテレビ、ハードディスクレコーダー、冷蔵庫、洗濯機などの家電をインターネットに繋げるサービスと家電機器を相次いで開始しました。現在は、ネット家電はビジネスという観点で見れば、まだまだではありますが、将来はこうした世界が広がっていくに違いないと考えて、積極的に進めているところです。
ネット家電が普及するためには
佐野 最近では「放送と通信の融合」というテーマが話題になっていますね。
吉田 はい、我々の業界でも「放送と通信の融合」は大変ホットなテーマでして、テレビがその主戦場となるため、放送業界にも通信業界に対しても魅力的な仕掛けを考えているところです。その一つとして、テレビをインターネットに繋ぎ、インターネットからコンテンツや様々なアプリケーションを提供する「Tナビ」というサービスを行っています。テレビを使ったインターネットサービスの特徴は、パソコンのようなキーボード入力が不要なため誰でも操作が簡単である、立ち上げが速い、画質が良いため料理や旅行の画像を載せるのにも適しているといったところにあると思います。こうしたテレビならではの特徴を活かしたコンテンツサービスができると考えています。
佐野 なるほど、既存の製品の特徴を活かしたシナジー効果を考えて、インターネットを使った新たなサービスの開発をされているということですね。一方で、こうしたネット家電を普及させるための課題はどのようなことだとお考えですか?
吉田 ネット家電には、まだまだ解消しないといけない問題は多くあります。とても基本的なことですが、テレビの場合、テレビとホームルータを繋ぐケーブルが邪魔になるという点です。こうしたちょっとしたことで、生活の中に取り込まれにくくなるのです。
佐野 最近は無線でインターネットに繋げることが多いので、テレビには無線モジュールを接続するためのUSBがあるといいですよね。
吉田 はい、そういったご意見も頂いています。今のところ有線で繋ぐのが前提になっているためRJ-45※1がついているのですが、将来的に、パワーライン・コミュニケーション(PLC)※2が導入されれば、PLCモデムをつけて、あらゆる家電をコンセントに繋ぐことでインターネットにも繋げるという構想もあります。そうなればUSBやRJ-45等は必要なくなり、より便利に使えるようになるわけです。
佐野 PLCが導入されれば、電源コードが情報ケーブルになるということですね。
吉田 松下電器には「ノンエクストラワイヤード」というホームネットワークのコンセプトがあります。これはホームネットワークを構築する際、できる限り新たな配線は行わないで、電灯線や同軸ケーブルなど家にある既存のケーブルを利用するという考え方です。現在、そのための技術開発に重点を置いて行っているところです。
佐野 なるほど。また、ネット家電の場合、ユーザー層の幅が広いため誰でも簡単に使えるお手軽さのようなことが求められますよね。
吉田 はい、家電をインターネットに繋ぐ際のユーザーインタフェースについても、パソコンを利用しない人にも抵抗なく取り入れられるように気を使って考えています。
成田 団塊の世代が年をとり高齢化社会に向かっていますから、高齢者にとっても使いやすい製品である必要がありますよね。
吉田 そうですね。ユーザーインタフェースもユニバーサルデザインが求められています。
佐野 ネット家電は見掛けのシンプルさが求められますが、その裏方は大変複雑なものとなってきますよね。
吉田 はい、簡単なものほど、裏側は複雑で高い技術が必要とされます。2003年に出したネット家電商品で、松下電器がこだわったのは、お客様が自分で何かを設定しなくても簡単に使えるということです。
また、セキュリティ的にも、一般の人がホームルータをゴリゴリ設定することは考えられませんし、一方でハードウェア的には、家電のメモリ容量やCPU能力は総じてパソコンより低いので、大きなプログラムを実装するのは難しいという問題があります。両者の問題を解決させるためには、プラグアンドプレイで高いセキュリティを実現する仕組みをコンパクトなモジュールで実現することが求められてきます。
セキュリティと標準化
佐野 プラグアンドプレイとセキュリティって背反するところがありますよね。たとえば、隣りの家の冷蔵庫の中が見えてしまう弊害などありそうですが、その点についてはどのように考えていますか?
吉田 松下電器では、機器1台1台を認識させるため、IPアドレスとは別の機器IDを用い、新たなレイヤーのセキュリティ層を設けて、そういったトラブルが起きないようにしています。
現状では、この機器IDは松下電器独自のものとなっていますが、ネット家電を広く普及させるためには、業界全体として取り組んでいかないといけません。どこかでセキュリティ上の問題が起きてしまうと、「ネット家電は危ういもの」という話になってしまい、せっかくの新しいマーケットが育っていくのを妨げることになってしまいます。
佐野 そのあたりの標準化の話は上手くいっていますか?
吉田 各社既存の体系があるので、なかなか難しいですね。
佐野 それにメーカー毎のネット家電に対する温度差があると、まとめていくのも大変ですよね。
成田 メーカーが集まってネット家電の課題について話し合う場といったものはあるのですか?
吉田 メーカー数社で研究会的なものをやったことはあります。未だ標準化に至っていませんが、今後も推進していく必要があると思っています。
IPv6普及の普及をどう見るか
佐野 IPv6についてはどのように取り組まれていますか?
吉田 家電製品は数が多いし、セキュリティの問題を考えるとIPv6が良いと考えてきました。松下電器では、2002年頃からIPv6接続サービスの実験を始めていて、いつでも商用サービスが始められるよう準備しているところですが、今は状況を見計らっているところです。
佐野 JPNICもこうしたインタービューで、IPv6はいつ立ち上がりますかといった質問をよくされるのですが、答に困るところなんです。
吉田 先日Internet Week 2005の中で開催されたIPMeeting 2005でも、IPv4の枯渇予測を2012年とする説について話がありましたが、急速にIPv6になる日が迫っていると感じています。
成田 突然、その時がくるんでしょうね。
吉田 もはや「IPv6になると何が嬉しいのか」という議論をしている時代ではないのです。理屈とは関係なく、近い将来IPv6になるのでしょう。
ネット家電でより便利で快適な世界の実現~求められる信頼性~
佐野 松下電器がネット家電で目指すところについてお聞かせください。
吉田 松下電器では、ホームネットワークというコンセプトで、家電同士が繋がることで、より便利で快適な世界を実現する可能性を追求しています。松下グループの場合、パナホームというブランドの住宅から、家の中で使うほとんどの家電まで幅広く扱っているので、トータルでのホームネットワークのあり方を提案していけると思っています。今トは大きな変革点にきているという認を持っています。パソコンが主体だっこれまでとは変わり、家電やセンサーがインターネットに繋がる主役になっくるでしょう。
佐野 家電には、制御系のような要素ありますし、従来のネットワークに比べり信頼性が求められますよね。
吉田 はい、家電の場合、不具合があと原因がネットワーク障害であっても電メーカーの責任になりがちです。そそも家電には、ボタンを押したら動くいう概念があります。そこにインターネットの「ベストエフォート」、すなわち「ネットワークが止まる可能性もなくはない」ということになると、これまでの家電の概念からずれてきます。ネット家電は、ベストエフォートから限りなく保証型になっていく必要があると考えます。
また、家電を一般のネットワークに繋ぐことについてセキュリティ的に危惧する意見もあります。そうした意見に対し、家電やセンサー用の「家電インターネット」という仮想ネットワークを作り、一般ネットワークとは別に運用するオーバーレイネットワーク※3という形も取り入れていった方がいいのかもしれません。
佐野 これからのインターネットに求められるのはディペンダブルネットワーク、つまり信頼を寄せられるネットワークということなのでしょうね。また、個人情報保護法が施行されて、プライバシーやセキュリティに関わる事情も変わってもきましたよね。
吉田 松下電器でも、加入時にお客様から個人情報の取り扱いについてきちんと了解をいただくようにしています。難しいのは、機器の所有者が変わった時に、機器に残った様々な情報をどうするかという問題ですが、そうした情報もきちんと消せる仕組みを入れて対処しています。家電は、こうした情報の蓄積や拡散を気にせずに使う商品なので、そうした情報の消去にいたるまでユーザーの手を煩わさず対処できるセキュリティ機能を用意しておかないといけません。
佐野 まだアプリケーションもサービスもわからない中で、そうした仕組みを作るのは難しいですね。
成田 家の中で繋ぐ時に、用途はもちろんプライバシーやセキュリティといった観点から考えても、機器によって繋がる範囲を限定したほうがいい場合がありそうですね。
吉田 はい、全部が同様に繋がっている必要性はないでしょう。オーバーレイネットワークのように、AV 機器用のネットワーク、冷蔵庫など白物家電用のネットワーク、プライバシーやセキュリティに関わる機器については別のネットワーク、といった仮想的なネットワークの設計が必要になってくるかもしれません。
また信頼性の向上と同時にコストも重要です。ISPは価格破壊が進んでいますが、ネット家電はネットワークサービスの付加価値となるのではないかと思っています。デジタル商品は以前に比べて価格競争に陥りやすく、付加価値をつけないと売れなかったり、原価割れしてしまう危機感というのがあります。そういう意味でも、ネットワークサービスと家電をセットにして付加価値をつけて売っていくという段階に来ているのではないでしょうか。
佐野 そうですね、付加価値がなければ価格競争を招かざるを得ないところまで来ていますね。
吉田 また、ネット機能をつけることで、新しい機能を提供するだけでなく、製品に障害が出ればネットワーク経由ですぐにメンテナンスができ、保守メンテナンスがしやすくなります。これは、コストやカスタマーサティスファクションといった面で大きなメリットです。
家電業界における人材育成
成田 松下電器では、新しいサービスや製品の考案や新しい技術開発はどのようにされているのでしょうか?
吉田 インターネットが今後どのような使い方をされていくかをイメージしながら技術開発をしていかなければならないと思っています。松下電器では、大局的にネットワークサービスを考える我々eネット事業本部と機器開発を行っている部門が連携して、サービスと機器の開発を行っています。
成田 なるほど、全体を見渡した上で、様々な部門との連携調整機能が働いているのですね。自動車の開発の例になりますが、部門という組織の縦軸の力に対して原価、品質といった横軸の調整力がうまく技術的に噛み合わないとなかなか良い商品は生まれにくいと言われていますよね。
吉田 そういう意味では、技術者には「交渉する」、「説得する」という能力も要求されてきますね。
成田 そうですね。そういう人材はどこでも欲しがりますよね。
吉田 家電業界はネットワーク技術者が少ないのが困ったところです。ネット家電に取り組むには、機器、ネットワーク、サービスのビジネスモデルや運用のこと全てををわかっていないといけない。そういうスーパーマンみたいな人はとても少ないのです。家電業界もネットワーク技術者を自社の中で育成していく必要があると思います。
佐野 インターネット製品と家電は、同じハードウェアですが、文化も人もコストの考え方も全く違いますからね。それらを融合しないといけないのは本当に大変だと思います。
吉田 また、ホームネットワークを考える上で、お客様にとって嬉しいサービスとは何かについてもっと調べてみる必要があると思っています。アンケートでは上位だったサービスを実現してみると、さほど使っていただけなかったということもあります。どれくらいの人に喜ばれ必要とされるかの見極めが必要になってきます。この手のものは、万人が欲しがるものは恐らくなくて、ある程度のセグメンテーションが必要なんでしょう。
佐野 便利な人には便利で、欲しい人はそれなりの金額でも買うんでしょうね。
吉田 本当に欲しい人に上手く当たれば、高額でも買っていただけるわけで、それが何かなんですよね。
JPNICに期待すること
成田 さて、先ほども話題に出ましたIPv6ですが、このプロモーションにおけるJPNICの役割についてどのようにお考えですか?
吉田 JPNICがということではなく、業界全体で取り組んでいかないといけないことだと思います。また、最近では慌てなくても近い将来IPv6の時代が来ると思うようになりました。
佐野 そのための開発すべきパーツも揃ってきていますものね。
成田 JPNICもIPv6の割り振り基準と規則の準備等していますが、こうしたこともパーツの一つとしてやっているということですね。
佐野 最後に、JPNICに期待することをお聞かせください。
吉田 IPアドレスやドメイン名といったインターネットリソースを上手く使うことで、新しいサービスや産業が立ち上がりやすくなることもあるのではないかと思います。インターネットは、新たなフェーズに入ってきたと実感しているので、サービスと新しいネットワークの仕組みだとか使い方だとかといったところで、この時代にふさわしい方法を一緒に考えていただけたらと思います。
佐野・成田 ありがとうございました。
会員企業紹介 |
会社名:松下電器産業株式会社 所在地:大阪府門真市大字門真1006番地 設立:1935年12月 資本金:2,587億4,000万円(2005年3月31日現在) URL:http://panasonic.co.jp/ |
- ※1 RJ-45:
- イーサネットケーブルやISDN回線などで使われる、8芯のモジュラ式コネクタ
- ※2 PLC(Power Line Communications):
- 電力線搬送通信。電力線を通信回線として利用する技術
- ※3 オーバーレイネットワーク:
- 既存のネットワークを上位のレイヤーで覆うことで、各サービスやアプリケーションの目的に応じた繋がり方を実現するネットワーク