ニュースレターNo.38/2008年3月発行
第20回ICANN報告会レポート
2007年11月27日(火)、秋葉原コンベンションホール(東京都千代田区)にて、JPNICと財団法人インターネット協会(IAjapan)の共催で第20回ICANN報告会を開催しました。以下に、報告会の内容をご紹介します。
ICANNロサンゼルス会議概要報告
筆者であるJPNICの高山より、ICANNロサンゼルス会議(2007年10月27日~11月2日)の概要を報告しました。本会合でのトピックであった、WHOISに関するPDP(Policy Development Process:ポリシー策定プロセス)、新gTLD導入に関するPDP、IDN※1の進捗、ドメイン名テイスティングへの対応、役員人事について等が主な内容となります。
ICANNアドレス支持組織(ASO)報告~IPv4アドレス枯渇に関する議論~
JPNICの穂坂より、ロサンゼルス会議で開催されたASOワークショップの様子や、ASO、RIRでの議論の動向をご報告しました。
ASOワークショップでは、IPv4アドレスの在庫枯渇が主なテーマとなり、在庫枯渇の状況や、関連するIPアドレスポリシーの策定プロセス等についての説明とディスカッションが行われたとのことです。技術的な専門用語が飛び交う議論であったため、一般ユーザーも理解できるような内容にするよう努めてほしい、とのコメントもあったようですが、IPv4アドレス在庫枯渇関連の問題意識はICANNの場でも浸透してきたようで、多くの場で議論されるようになったとの印象が伝えられました。
IPv4アドレス在庫枯渇にまつわる問題は、IPアドレスポリシーの策定、IPv4アドレスの回収再利用、IPv6の採用等だけでは解決できるものではなく、乗り越えるべき課題は未だ多くあるとのことでした。JPNICでもこの問題に取り組んでおり、「IPv4アドレスの在庫枯渇に関して※2」のページで関連する情報を定期的に発信していますので、ご参照ください。
IDN ccTLDの検討状況
IDN ccTLD導入に向けた検討状況について、株式会社日本レジストリサービスの堀田博文氏よりご報告いただきました。
現在利用されているccTLDには、ISO 3166-1で定めているASCIIの2文字を一律そのまま用いていますが、今後新たなccTLDを導入していこうとすると、ICANNの場において文字列をリスト化する作業が必要となります。ICANNの場でポリシーを策定するためにはPDPを経ることになりますが、PDPでISO 3166-1に対応したIDN ccTLDを策定しようとすると、政治的な問題等も絡んだポリシー調整が必要になると考えられ、最初のIDN ccTLD導入までに2~7年程度かかるとも言われています。
しかしながら、IDN ccTLDの早期導入を切実に願うコミュニティが少なからずあるため、その要望に応えるべく、ccNSOを中心として、正式なプロセスとなるPDPとは別に、安全に混乱の無い範囲で早期導入を可能とする暫定的なポリシーを策定し、1年余りで限定的なIDN ccTLDを導入することを目的として、並行して検討を行っています。
堀田氏からは、日本語.jpのサービスを提供されてきたこれまでの経験に基づき、利用環境が整えば日本語のTLDへの需要は見込めるのではないかとの見解が示されました。ccTLDとgTLDはともに、2008年第4四半期にはIDN TLDの創設提案の受け付けを開始するとも言われており、日本のコミュニティにおいてIDN ccTLDの導入について議論される日は遠くないのではないかと思います。
ドメイン名の "Front Running" について
JPNIC理事の丸山より、GNSOの議論の中で興味深かったトピックの一つとして、ドメイン名のFront Runningについてお知らせしました。
「ドメイン名のFront Running」とは耳慣れない言葉かと思います。例えば、あるドメイン名を登録しようとしてWHOISを検索したところ、未登録の状態であることが確認できたものの、その数日後に当該ドメイン名を登録しようとしたところ、既に登録済みであることが判明した、というような状況を経験した方はいらっしゃるでしょうか。この例のように、ドメイン名を登録しようとする人が登録可能性をWHOISでチェックすると、第三者がその検索結果をモニタリングして、先行してドメイン名を登録してしまう行為が行われているのではないかと疑われているのです。そうした行為は、証券取引の世界で言われる「フロントランニング※3」の状況と似ていることから、このように言われています。
ロサンゼルス会議の直前にSSAC※4より提出された報告書※5では、ドメイン名のFront Runningについては確たる証拠が無く、実際に行われていると断言はしていません。しかしながら、現状ではWHOISの検索結果が漏洩する可能性は残念ながらあり、苦情が寄せられたり疑念を持たれているという状況は、ドメイン名事業に対する信頼感を失わせているとされています。SSACではドメイン名のFront Runningについてさらに研究を進めるために、事例の提供を求めています。
ICANN At-Large諮問委員会(ALAC)報告
財団法人ハイパーネットワーク社会研究所の会津泉氏より、At-Large諮問委員会(ALAC)の活動報告がありました。
ALACでは、委員メンバー15名中13名が入れ替わったことにより、議論を進める前に進め方の確認から行う必要があったり、活動方針についてICANNスタッフと認識のずれがある等の不安定要素を抱えつつも、ポリシー分野への取り組みを進めていることが報告されました。
特に、IPv4在庫枯渇に関しては、「IPv4枯渇とIPv6移行に関するコメント」を提出し、ALACとしてはこれまでRIRが行ってきた取り組みを尊重し、これからの活動に対し、より積極的に参加していく意向であることが伝えられました。
2007年11月12日から15日まで、ブラジルのリオデジャネイロで開催された第2回インターネットガバナンスフォーラム(IGF: The Internet GovernanceForum)※6では、JPNICが共催団体の一つとして参画したIPv4在庫枯渇とIPv6移行に関するワークショップに会津氏も共催団体の代表として参加されたため、その際の様子も報告いただきました。ワークショップでは、IPv4在庫枯渇に関する問題の概要のみならず、日本政府の取り組みも紹介し、多くの聴衆が関心を寄せていたとのことです。
ICANN政府諮問委員会(GAC)報告
総務省の柳島智氏より、政府諮問委員会(GAC)での議論の様子について報告がありました。
GACでも、IDN ccTLD導入について引き続き検討が進められており、今回の会議でも考慮すべき検討課題について意見交換が行われたとのことです。文字列や運用者等は各国政府の決定に従うべきとの基本的考えに基づき、さらに検討を重ね2008年6月のパリ会議にてGACの考えを取りまとめる予定であること、また早期導入を実現するための暫定的措置については支持をしており、新gTLD創設の際に国名と紛らわしい文字列が申請された場合には、必要に応じて申し入れをしていくことで合意されたことが伝えられました。
WHOISと各国のプライバシー保護法規との齟齬への対処については、各国の事情が異なる中で統一的な手続きを策定することは現実的ではないため、個別の問題は関係国政府に照会されるべきとの考えを表明したとのことです。WHOISデータの利用と悪用の実態調査をICANNに対し再度申し入れたということで、今後のWHOISの議論にも反映されることと思われます。
GACに参加する政府関係者は、電気通信関連の担当である場合もあれば外交担当の場合もあるなどバックグラウンドが異なるため、IPv4在庫枯渇とIPv6の導入の話題については捉え方に温度差があったようですが、2008年度の優先検討課題の一つとして認識されるまでになったそうです。総務省としては、2008年3月にアクションプランを提出する予定であることが伝えられました。
ICANN理事からの報告
株式会社ネオテニーの伊藤穰一氏は、ロサンゼルス会議をもってICANN理事の任期を終え退任されました。理事の立場で関わるICANNを報告いただく最後の機会となり、これまでの3年間を振り返り経験談をお話しいただきました。
ICANN理事を務めるためには、会議出席や厖大な資料の読み込みなどに多くの時間を要し、年の1/4から1/3の時間をICANNの活動に投じているとのことで、本業とのバランスを保つことが大変難しい様子が窺えました。特に、指名委員会選出理事となると、ICANNが直接的に関係する業界に対して中立的な立場の人を選出しようとするため、選出されたメンバーからすると自身の出身組織とICANNとの関わりが薄く、ボランティアのような性質になりがちとのことです。理事メンバーのモチベーションを維持するためには、ワークロードとリターンのバランスを考えていくことが課題の一つとして考えられるとの見解を示されていました。会場からは、伊藤氏のこれまでの功績に対して拍手をもって感謝の意が表され、今後、伊藤氏の報告が聞けなくなることを残念がる声も聞かれました。
ICANNは、予算規模が年々膨らんでいることからも分かる通り、組織として肥大化しており、機動力の低下が懸念点として指摘されています。そのような状況において、時にラディカルな意見も投じていた伊藤氏を失うのは惜しいことだと思います。
ICANN報告会の資料と動画は、JPNIC Webサイトにて公開しています。
http://www.nic.ad.jp/ja/materials/icann-report/index.html
(JPNIC インターネット推進部 高山由香利)
- ※1 Internationalized Domain Name(IDN:国際化ドメイン名)
- ドメイン名を表す文字としてASCII以外の文字も使えるようにするための技術です。また、そのような文字を用いて登録されたドメイン名そのものを指すこともあります。RFC3490、3491、3492で規定されています。
- ※2 IPv4アドレスの在庫枯渇に関して
- http://www.nic.ad.jp/ja/ip/ipv4pool/
- ※3 フロントランニング(株式会社東京証券取引所グループの証券用語の説明より)
- 「証券会社またはその役職員が、顧客から有価証券の売買の委託等を受けた場合、その売買を成立させる前に、自己の計算において同一銘柄の売買を成立させることを目的として、顧客の注文より有利な価格(同一価格を含む)で有価証券の売買を行うことをいい、証券取引法で禁止されています。」
http://www.tse.or.jp/glossary/gloss_h/hu_frontrunning.html - ※4 Security and Stability Advisory Committee(SSAC:セキュリティと安定性に関する諮問委員会)
- ICANNの諮問委員会の一つで、インターネットのネーミングおよびアドレス割り振りシステムのセキュリティと完全性に関する問題について、ICANNコミュニティおよびICANN理事会に対して助言を行います。SSACは、ルートサーバ運用管理者、gTLD/ccTLD運用者、レジストラ、RIRsなどの技術関係者19名によって構成されます。
- ※5 Domain Name Front Running(20 October 2007)
-
http://www.icann.org/committees/security/sac022.pdf
P.9~P.10に、事例提供をする際の報告要領が記されています。 - ※6 インターネットガバナンスフォーラム(IGF)
- インターネットガバナンスの問題に関し、マルチステークホルダー(各界関係者)間で政策対話を行う国際連合管轄のフォーラムです。⇒「IGFリオデジャネイロ会合報告」