ニュースレターNo.42/2009年7月発行
第74回IETF報告 全体会議報告
概要
晴天が続き、非常に暖かく気候に恵まれた会合となったIETF74は、2009年3月22日から27日まで、カリフォルニア州サンフランシスコにて開催されました。大橋禅太郎氏の著作の中で、カリフォルニア州で起業するメリットの一つは、「青空というインフラの存在」と述べておられたのが、ちょっとだけわかるような気がしました。
- 会期:2009年3月22日~3月27日
- 会場:Hilton San Francisco(San Francisco, California, USA)
- 参加費:635USD(early registrationの場合)
- セッション数:125(tutorial、training、plenary sessionを除くWGやBoFセッション数)
- ホスト:Juniper Networks社(通信機器ベンダー)
- 参加登録者数:1,157(減ってはいますが、100年に一度の不況という割には影響が少ないように思います)
- 参加国数:49(国別の分類などもUS、JP、DEなど変わらず参加国数も常態化)
定石通りの進行では、金曜日のセッションは午前中で終了となるのですが、ここ数回は金曜日の午後も15時過ぎまで継続することが多くなってきており、セッション数の増加がみられます。BoFやWGの開催希望数が多くなり、エリアディレクター達は調整に苦心していたようです。
円滑な会議運営を目指し、ミーティングでの議論に間に合うように文書の投稿期限などがアナウンスされますが、この期限にギリギリの投稿が多いため、とあるエリアディレクターは、会場に向かう飛行機内で読む文書の総数が500ページを超えていたそうです。しかも、これは担当エリアについてのみであり、全体数とするとかなりの分量となります。どうりで議論は尽きないわけだな、とあらためて思いました。こういった点にもエリアディレクターの苦心がうかがわれます。
また今回、アプリケーションエリアのBoFが多く見受けられた点は、インターネット技術の変遷を感じました。
IETF Technical Plenary
前回は4日目にまとめられていたPlenary Sessionですが、今回は、Technical Plenaryが5日目(2009年3月26日、17:00~19:30)にあり、Operations and Administration Plenaryが4日目(2009年3月25日、16:00~19:30)に行われました。
全体の進行は、Welcomeスピーチの後、IRTFとIABからのレポートに続き、MPLSについてのパネルディスカッションの後、オープンマイクという流れでした。
「IRTF Report」では、IRTFチェアのAaron Falk氏から、現在11あるリサーチグループの活動状況が報告されました。残念ながら、NMRG、SAMRG、TMRGについては最近動きがないそうです。CFRG(Crypt Forum Research Group)では、セキュリティプロトコルにおける、新旧とりまぜた暗号化手法の利用方法に関するガイド作成を目指して活発な議論がされていること、RRG(Routing Research Group)では、制御不能なルーティングテーブルの増大への対応策について、来年の春に推奨策を発行することを目指して、準備中であるという報告がされました。また、PKIng、Network Virtualizationの二つの分野についてリサーチ・トピックが挙がってきているそうです。
続く「IAB update」では、IABとして現在まとめている文書として、新たに以下の2文書の投稿がされたことの報告がありました。
- 「Principles of Internet Host Configuration」(draft-iabip-config-11)
- 「Design Choices When Expanding DNS」(draft-iabdns-choices-08)
投稿済みで、更新中のものとしては、以下の4文書が残っているそうです。
- 「IAB thoughts on IPv6 Network Address Translation」(draft-iab-ipv6-nat-00)
- 「P2P Architectures」(draft-iab-p2p-archs-00)
- 「Defining the Role and Function of IETF Protocol Parameter Registry Operators」(draft-iab-iana-04)
- 「Evolution of the IP model」(draft-iab-ip-modelevolution-01)
上記文書に関する議論と執筆は、IABの活動の一部ですが、それだけでも、IABの活動内容の密度の濃さや活動性がうかがえます。
また、OECDとの協力関係については、http://www.internetac.org/のWebサイトにアナウンスが出たそうです。
最後に、IABメンバーの交代の発表がありました。また、Aaron Falk氏がIAOCチェアに再任されたことの報告もありました。
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退任(4名)
Loa Andersson氏
Lixia Zhang氏
Barry Leiba氏
Kurtis Linqvist氏
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新任(4名)
John Klensin氏
Jon Peterson氏
Vijay Gill氏
Marcelo Bagnulo氏
今回のテクニカルセッションのパネルディスカッションでは、「MPLS turns 12: A Successful Protocol's History and Lessons Learned」というタイトルで、MPLSのプロトコルの標準化活動を取り上げ、どのように進めると成功するのかについて話がされました。モデレータであるAndrew Malis氏からは、「IABでは、RFC5218※1としてまとめられた『何がSuccessful Protocolに導くのか』というテーマに、とても関心がある。そのため今回は、成功したプロトコルの一例であるMPLSの標準化を取り上げ、そのMPLSを例にRFC5218に書かれたことが実践的であることを実証することで、それをPlenaryの参加者に持ち帰ってもらい、役立てて欲しい」という今回のセッションの主旨が説明されました。
MPLSに白羽の矢が立ったのは、MPLSは広く普及させることができたプロトコルであるけれど、決して簡単に進んだわけではなく、途中問題もあった上で、それを乗り越えているというのが重要な理由であるようです。3人のスピーカーから、それぞれの観点による発表がありました。
“ MPLS history - MPLS becoming a teenager” George Swallow氏, Cisco社
“Operator perspective” Tom Bechly氏, Verizon社
“ Vendor perspective” Kireeti Kompella氏, Juniper Networks社
関係した側からの意見として、
- 早い段階でいろいろな人を巻き込んだことはよかった面もあるが、ベンダー間の調整などが難航するなど問題もあった
- IPベースの管理、制御系を作ることという目標が明確だったため、検討すべきことも明白であった
- 目標の共有がされていたので、関係者の議論のフォーカスもぶれずに進んだ
- 実用的なアーキテクチャとプロトコルデザインにこだわったことが重要であった
- いろいろ競合する技術提案がある中で、フェアな議論が行われた
- ゴールの変更もあったが、ここでもフェアな議論により分裂せずに済んだ
- 実験ネットワークが拡張していく中で要求事項も変わったが、プロトコルに拡張性があったことがよかった
といった点が挙げられていました。
今回の発表、そしてその原典となるRFC5218の解説は、IETFのプロトコルワークのみならず、いろいろな連携を伴う作業を成功裡に収めるにあたって非常に参考になるものであることが理解できる、よいセッションでした。当初の目的である、RFC5218の内容をデモンストレーションするという点においても、面白い試みであると思いました。会場からの意見で、シングルベンダーでMPLSを利用している組織が多いという点を確認した上で、「one single standard is better」というコメントがされたのですが、「確かにシンプルな標準定義がよいかもしれないが、あえて競合環境で切磋琢磨しながらプロトコルを作ることもいいものだ」という回答がされていたのが印象的でした。
IETF Operations and Administration Plenary
Technical Operations and Administration Plenaryでは、一部が「NomCom Process Change」、二部が「Management Plenary」という、二部構成で行われました。
「NomCom Process Change」では、IETFの各種活動の代表者を決める仕組みが、RFC3777にまとめられています。このRFC3777の更新についての発表がここで行われました。IETFでは、NomCom(Nomination Committee)が組織され、NomComによって、IESG、IAB、IAOCの各メンバーの選出が進められます。そのNomComの仕組みについては、IETFに参加する誰でも問題指摘ができ、変更に関わることができます。RFC3777の更新については、これまでもメーリングリストを中心に議論を重ねてきています。そうした議論をまとめた結果として、現在三つの文書が提出されています。
- draft-galvin-rfc3777bis
- draft-dawkins-nomcom-dont-wait
- draft-dawkins-nomcom-openlist
会場では、IAOCについて他組織のリエゾンとしての役割の追加、タイムラインや期限の設定方法といった運営上の問題解決、推薦者リストの作成方法などについて問題指摘がされ、これらを盛り込んだ改訂版を出し、RFC発行に向けて動かすということになりました。
その後の「Management Plenary」では、いつものように、ホスト・プレゼンテーション、IETFの運営(NOC、IETFチェア、IETF trustチェア、IAOCチェア、IAD、NomCom、EDUチーム)に関する報告がされました。いつもと違うトピックスとして、IPR(Intellectual Property Rights)とIETFの関係について、そして先日58歳の若さで亡くなったJim Bound氏(“IPv6 Lead Plumber”と紹介されるほど、IPv6を牽引してこられた立て役者。所属はHewlett Packard社。)への哀悼がされました。
ポスト・プレゼンテーションとして、Juniper Networks社の創業者の一人でCTOのPradeep Sindhu氏から、「The New Information Infrastructure」というタイトルで講演がありました。
標準化作業について、前回のミーティング後からのRFC発行数(86)、I-D投稿数(新規424、更新1013)、そのうちIANAに依頼したレビュー数などの報告がありました。数値情報が提示された後、「量の話で質の話ではない」と断った後、1968年から40年間のRFCのうち、誤字脱字のある文書とない文書の比率がグラフで提示され、近年誤字脱字が増えていることが指摘されました。
また、標準化をサポートするワーキンググループですが、前回のIETF73から一つ新設され、六つ減り、現在の数は101だそうです。
今後のミーティング予定の発表では、次回ストックホルムでのIETF75から、IETF78まで4回分の発表がありました。以下、その開催予定です。
- IETF75 2009/07/26-31 ストックホルム(スウェーデン) ホストは.SE
- IETF76 2009/11/08-13 広島(日本) ホストはWIDEプロジェクト
- IETF77 2010/03/21-26 アナハイム(USA) ホスト募集中
- IETF78 2010/07/25-30 ヨーロッパ ホスト募集中
なお、前編で触れた金曜日午後の扱いについて、次回IETF75ではさらに時間延長を考えているという表明がされました。意見、要望の受け付けもされており、ミーティング参加者アンケートへの回答またはメールなどで反応して欲しいとのことです。
また、その後のIAOCレポートで、IETF79はアトランタ(USA)を予定しているが、米国への入国手続きが厳しくなっているため、米国での開催ではなく、カナダもしくはアジアで検討しているという報告がありました。会場では、早速米国在住の方から、経済危機の中、海外出張費用が予定よりかかるようになるのは困る、IETFは米国在住者のための組織ではなく、同じことが非米国在住者には現在起こっているので理解が必要だ、といった意見が飛び交いました。これについて、Drew Dvorshak氏(メールアドレスDvorshak@isoc.org)が窓口となり、継続して意見調整を行うとのことです。
今回のプレナリセッションでは、IAOCとIESGのメンバー交代の発表がありました。以下、退任される方と新任される方です。
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退任
IAOC trust chair、Ed Juskevicius氏
IAOC chair、Jonne Soininen氏
IESG Transport/RAI AD、Jon Peterson氏
IESG Routing AD、Dave Ward氏
IESG Internet AD、Mark Townsley氏
IESG Applications AD、Chris Newman氏
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新任
IAOC Henk Uijterwaalb氏(任期2年)
IAOC Marshall Eubanks氏(任期1年)
IESG RAI AD、Robert Sparks氏
IESG Routing AD、Adrian Farrel氏
IESG Internet AD、Ralph Droms氏
IESG Applications AD、Alexey Melnikov氏
余談
NOCからのレポートの中で、今回は無線規格として、IEEE802.11nを利用したけれど、MacBookユーザーからスループットの低下が起こる、Ubuntuユーザーからカーネルパニックが発生したので別の無線規格を利用したという報告があったそうです。期間中、実際にネットワーク設営や運用を通じて問題点の報告があったり、codesprintという実際にIETFの各種サービスのためのプログラミングをボランティアで行う時間が設けられていたりと、標準化の議論だけではない活動が行われるのも、IETF会合の面白さと参加意義のあるところだと思います。
(株式会社インテック・ネットコア 廣海緑里)
- ※1 RFC5218: “What Makes For a Successful Protocol?”
- http://www.ietf.org/rfc/rfc5218.txt