ニュースレターNo.43/2009年11月発行
第75回IETF報告 全体会議報告
概要
第75回IETFミーティングは、2009年7月26日(日)から31日(金)にかけて、スウェーデンのストックホルムにあるCity Conference Centreで行われました。数百名を収容できる大きなホールが二つある会議場で、ストックホルムの中心部から徒歩で10分ほどのところにあります。
7月のストックホルムは、午後9時頃になってからようやく夕暮れが訪れるほどに、日照時間が長い時期です。スウェーデンの代表的な料理であるスモーガスボード(日本で言うバイキング)は素晴らしく、また気温は摂氏15度から20度前後と快適であるため、午後7時半頃にミーティングを終えるIETF参加者には、魅力的な街であるという印象を残したに違いありません。
今回の参加登録者数は、若干少なめの1,084名(プレナリでの発表時)で、参加国数は50ヶ国でした。国別の内訳は、第1位がアメリカ(37%)、第2位が中国(9%)、第3位が日本(8%)、第4位がスウェーデン(8%)でした。隣の国のフィンランドは4%(40名)でした。
Operations and Administration Plenary
IETFの運営等に関する全体会議であるOperations and Administration Plenaryが、4日目の7月29日(水)に行われました。はじめに.SEのホスト・プレゼンテーションが行われ、続いてJon Postel賞の発表、IETFチェアによる活動報告等があり、最後に会場の座席側に設置されたマイクを使って意見交換を行う、オープンマイクロホンが行われました。
.SEは、スウェーデンの政府機関であるNational Post and Telecom Agencyを監督官庁とする非営利組織で、スウェーデンにおけるccTLD(.se)レジストリです。ホスト・プレゼンテーションでは、2003年以降急激に増加し2009年に88万に達しているSEドメイン名の登録状況や、5万ドメインへの導入を目標にDNSSECを推進するという、2009年の活動が紹介されました。IETFのローカルホストを務める理由として、DNSSECの機運を高めることや、スウェーデンの若い人がIETFに参加しやすいようにする、といった点が挙げられました。
2009年のJon Postel賞は、米国のthe Computer Science Network(CSNET)が受賞しました。CSNETは、1981年に、米国NSFの資金により設立され、その間に165の学術組織や政府組織をARPANET※に接続しました。当時、5万人以上の研究者や学生が利用したとされています。CSNETは、当初NSFの研究ネットワークという位置付けであったARPANETについて、CSNET自らが運営する形にすることをNSFと合意しました。表彰の理由は、オープンなネットワークを学術コミュニティにもたらすとともに、ARPANETを現代のインターネットに変容させていくことに貢献したこと、とされています
IETFチェアによる活動報告では、IETFの概況などが報告されました。現在112のWGがあり、前回のIETF-74以降90のRFCが出ました。新たなInternet-Draftは517作成されました。次回のミーティングについては、当センターの理事でもある村井純氏より広島について紹介がありました。
この他の主な報告事項を以下にまとめます。
- RFCにおけるAbstract(概要)を入れる位置の変更
以前はCopyright Notice(著作権について)の後だったAbstractが、Titleの直後に変更されました。これにより、最初のページにAbstractが来るようになります。
- IETFのトップページ
IETF Webトップページ<http://www.ietf.org/>のデザインが変わりました。詳細なメニューがトップページから利用できるようになりました。
- DNSSECの導入
ietf.org、iesg.org、iab.org、irtf.orgにDNSSECが導入されました。
- Nomcom(Nomination Committee)ドキュメントの更新
前回、第74回IETFのPlenaryでの議論を受けて、Nomcomに関するドキュメントが更新されました。
draft-dawkins-nomcom-dont-wait-04(IESG承認済み)には、その年最初のIETFミーティングから、4週間後にNomcom Chairが決まっていない場合には、IETF Executive Directorが、IESGとIABの候補者を伝える役割を担うことなどが加わりました。
またdraft-dawkins-nomcom-openlist-05(コンセンサス確認中)では、IESGとIABの候補者のリストを公表することで、ロビー活動が行われてしまう現状と、懸念をまとめた節が設けられました。
最後に、2009年6月3日に他界した、IETF最初のExecutive DirectorであるSteve Coya氏に対して、黙とうが捧げられました。オープンマイクロホンでは、ドキュメントのレビュープロセスや、IETFannounceメーリングリストで流すべきメールの種類に関して議論が行われました。
Technical Plenary
技術的な議論を行う全体会議のTechnical Plenaryは、7月30日(木)に行われました。はじめにIRTFとIABのチェアから活動報告があり、続いて“Network Neutrality”、すなわちネットワークの中立性に関する議論が行われました。最後にオープンマイクロホンが行われました。
IRTFでは、Public Key Next-Generation Research Group(PKNG)という新たなリサーチグループが設立されました。新たな証明書フォーマットやセマンティクスを検討しており、PKIXに代わる公開鍵サービスのリサーチを行うようです。Paul Hoffman氏がチェアを務めます。この他に、現在活動中のHost Identity Protocol(HIP)と、Internet Congestion Control Research Group(ICCRG)について紹介されました。
IABの活動報告では、ドキュメント化活動の状況が報告されました。以下にまとめます。
- - RFC化されたもの
- - Principles of Internet Host Configuration(RFC5505)
- Design Choices When Expanding DNS(RFC5507)
- - 議論を進めているもの
- - IAB thoughts on IPv6 Network Address Translation,
draft-iab-ipv6-nat-00
- P2P Architectures
draft-iab-p2p-archs-02
- Defining the Role and Function of IETF Protocol Parameter Registry Operators
draft-iab-iana-04
- Evolution of the IP model
draft-iab-ip-model-evolution-01
ネットワークの中立性に関する議論は、問題のないコンテンツやアプリケーションが制限されることを避けるために、IETFとして技術的にできることは何か、という観点で行われました。
QoS(Quality of Service)、DoS(Denial of Service)attack、ウイルス、スパム、輻輳(congestion)が挙げられ、ネットワークの拡張に伴って必要になる“制限するための機能”によって、インターネットというアーキテクチャが備えている、自由な通信プラットホームであるという側面や、アプリケーションを作り直さなくてもコミュニケーションの範囲を広げられるという思想、そのコミュニケーションによって醸成される文化やエコノミクスが失われかねないといった危機感が指摘されました。
一方、SIGCOMM 2002に投稿されたDavid Clark氏らによる論文“Tussle in Cyberspace”では、「Tussle(奪い合い)を内包することはネットワークの発展に不可欠である」と述べられている点についても議論されました。プロトコルを使って通信サービスを実現する過程で、通信業者同士のTussleを吸収するために、元々は無かった機能が検討され標準化されていった事例が紹介されました。
会場では、インターネットにおいて、通信路は高度な処理をするのではなく、通信データの伝送に徹するべきであるが、DoSの回避は重要であるといった点が確認されたり、遅延や再送をエンドユーザーがわかりやすいように可視化してはどうか、といった意見が出されたりしていました。引き続くIABオープンマイクロホンでは、逆にIABとして何ができるか、という疑問が投げかけられ、同時にTussleに関する認識を共有しやすいよう、より読みやすくすべきだといった意見が挙げられていました。
IETFミーティングに合わせて行われたイベント
ミーティング期間に合わせて、以下のイベントが行われました。DNSSECに関するイベントが二つあり、.SEのDNSSECを推進したいという意向が感じられました。
- ISOC Panel“:Securing the DNS” - 7月28日(火)
会場近くのClarion Sign Hotelで7月28日(火)に行われたISOC主催のイベントで、前DNSEXT WGチェアのOlaf Kolkman氏(NLnet Labs)らをパネリストに迎えてパネルディスカッションが行われました。モデレーターはISOCのLeslie Daigle氏が務めました。
Verisign社のMatt Larson氏は、DNSSECが.eduに導入済みであることを述べた後、.netは2010年末に、.comは2011年初頭に導入する計画を発表しました。またルートゾーンへは、2009年中に導入するべく活動することを発表しました。
- OpenDNSSEC technical preview release party - 7月30日(木)
OpenDNSSECは、.SEやNLnet Labs等が参画しているOpenDNSSEC Projectによって開発されている、DNSSEC対応用のソフトウェアです。UnboundやBIND9に合わせて使うことができるソフトウェアで、BSDライセンスで配布されています。
これは技術的なプレビューリリースを記念したパーティーで、7月30日(木)の20時より、市内にあるカフェバーの一部を借り切って行われました。
- RIPE NCC Routing Registry Training Course - 7月31日(金)
RIPE NCCによる、ルーティングレジストリ(IRR)のチュートリアルです。最終日の7月31日(金)、会場近くのRadisson SUS Royal Viking Hotelで、9時から17時半まで行われました。通常、RIPENCCのメンバーであるLIRしか参加できないトレーニングコースですが、今回はIETF参加者にもアナウンスされ、登録無しで参加することができました。
チュートリアルには、ルーティングセキュリティの権威であるSandra Murphy氏をはじめ、SIDR WGで活発なRoque Galiano氏(LACNIC)や、AfriNICの技術者が参加していました。コースの合間には、IPレジストリのルーティングセキュリティへの関与に対する考え方や、Randy Bush氏が行っている実験の経路情報への影響、IRRの登録のセキュリティに関するディスカッションで盛り上がり、主催者と参加者の両方にとって貴重な時間となりました。
次回の第76回IETFミーティングは、広島で行われる予定です。
IETFは、単にプロトコルを策定する会議であると考えられがちです。しかし、その背景には国際的情報通信ネットワークの技術的な在り方を議論によって導き出し、ドキュメント化していくという素晴らしい文化があります。この文化こそがインターネット技術を発展させる礎であると思います。
WGチェアの指示に従って行われる、ラフで、しかし論理的なディスカッションは、英語でのディスカッションに慣れていない方にとっては、ついていくことが難しいと感じられるものかもしれません。
しかしひとたび飛び込めば、私達の検討や考察にさまざまな国から集まった人々が耳を傾け、もっともな意見であれば共感し、文書化して残していこうとするグループであることに気づくと思います。ビジネスがグローバル化したと言われる現代の、特に若い技術者にとっては、こういった経験は貴重なものではないでしょうか。
業務や研究に関係のあるWGの趣意書やドキュメントをご覧になり、実際に会場に足を運んで国際的に活動しているインターネット技術者の文化に触れていただければと思います。
- □第76回IETFミーティング
- 日時:2009年11月8日(日)~13日(金)
場所:広島県広島市 ANAクラウンプラザホテル広島
ホスト:WIDEプロジェクト
- □IETFに関する情報
-
- - The Internet Engineering Task Force(IETF)
- http://www.ietf.org/
-
- - Working Group Charters(WGの趣意書)
- http://www.ietf.org/dyn/wg/charter.html
-
- - IETF Meetings
-
http://www.ietf.org/meeting/
“Register”から参加登録できます。
(JPNIC 技術部/インターネット推進部 木村泰司)
- ※ ARPANet(Advanced Research Projects Agency Network)
- 1969年にアメリカ国防総省高等研究計画局(ARPA)が開始した、コンピュータのネットワークです。この研究から生まれた「UNIXコンピュータ同士をTCP/IPで相互接続する」という形態は現在のインターネットの原型となりました。