ニュースレターNo.53/2013年3月発行
IP Meeting 2012開催報告
2012年11月22日(木)、Internet Week 2012の最終日にIP Meetingが開催されました。参加者数は約200名で、参加者の内訳はネットワーク事業者、ISP事業者、大学関係者など、インターネットに関わる方々でした。一日中、会場が定員一杯であったため、同じアキバプラザ内に、会場を映像で中継したサテライト会場が設けられました。
ここ数年のIP Meetingは、Internet Weekのプレナリー(全体会議)の位置づけで行われています。今回のIP Meetingは、三部の構成でした。はじめは、2012年に最も注目されていたIPv6とIPv4の共存の動向の話題を取り上げました。次に2012年のインターネットの運用の動向を振り返りました。最後は、現代のインターネットの世相を受けて設けられたテーマについてのディスカッションです。ここでは、このミーティング全体を報告します。
Internet Today! 午前の部-IPv6とIPv4の動向と対策
2011年4月にAPNICとJPNICのIPv4アドレスが枯渇してから1年以上が経ち、ISPにおけるIPv4アドレスの枯渇が身近な話題となってきました。午前の部では、「IPv6とIPv4の動向と対策」について、三つの話題を取り上げました。
(1)IPv4アドレスの売買
2011年に米国での大規模なIPv4アドレスの移転がニュースになりました。現在は国内でも移転の制度を使った移転が行われており、売り手や費用の取り扱いがどのようになるのかが注目されています。RIRの地域を越えた移転の現状や制度について、Geekなページで知られるあきみち氏に解説していただきました。
(2)World IPv6 Launch
2011年に行われたWorld IPv6 Dayの1日のイベントから発展し、IPv6を本格導入するとして2012年6月6日から始められたWorld IPv6 Launch。この後も、IPv6の利用状況の計測活動が継続されています。World IPv6 Launchとその後の動向を、ISOC-JPチェアである江崎浩氏に解説していただきました。
(3)IPv6/IPv4 共存技術
IPv6とIPv4の共存技術の多くのプロトコルが提案され実装されています。これをソフトバンクテレコム株式会社の松嶋聡氏は、「統一的でユニバーサルなプロトコルを作ろう、というアイディアが新たなプロトコルを生み出し、その結果、数を増やすだけに終わる」というマンガになぞらえた上で、IETF Softwire WGの様子をわかりやすく解説していただきました。
最後に、パネルディスカッションが行われました。「枯渇後、IPv6とIPv4は共存できる環境が整っているのか」というテーマで、整い度合いを示すKAME※のアイコンを使ってパネリストの視点を伺ったところ、SIの事業者や企業ネットワークではサービスとして準備が整ってきているにも関わらず、一般家庭におけるゲームなどの利用を前提とすると、まだまだ整っていない状況が伺われました。
※ BSD系のOSで国際的に初めてIPv4とIPv6のデュアルスタックの実装を行ったKAMEプロジェクトのマスコットキャラクター
Internet Today! 午後の部-インターネット運用の動向/ホットトピック
午後の部はインターネットやシステム運用の観点で、2012年の出来事を講師の方々に振り返っていただきました。
インターネット運用状況
インターネットマルチフィード株式会社の吉田友哉氏による恒例の講演です。尖閣諸島のニュースやアイドルグループのイベント、ソフトウェアリリースなどが、ISPにおけるトラフィックに如実に現れると共に、World IPv6 Launchとその後のIPv6の普及度合いがインターネットの経路表に現れていました。インターネットが現代社会の出来事とつながり、そして同時にネットワークの運用が利用者の動静に影響している様子が伺われる解説でした。
人為的ミスにおける大規模障害
2012年にはクラウド技術を利用したサービス提供が一般的になりつつあり、そのサービスにおける大規模障害も話題になりました。この大規模障害は、熟練した技術者による運用であっても障害が起こりうるという、インターネットやシステムの運用においても他人ごととは考えられないことが特徴的でした。S&Jコンサルティング株式会社の三輪信雄氏に、大規模障害の調査を通じて見えてきた、運用の考え方について、示唆に富む考察をしていただきました。
セキュリティ・インシデントの解説とイベント紹介
株式会社ラックの川口洋氏には、2012年に話題になったさまざまなセキュリティ・インシデントについて解説していただきました。スマートフォンにおけるマルウェアや、Anonymousの活動、Flameや認証局における不正証明書発行事件など、2012年は多くのインシデントがありました。最後に、産学共同で開催された「サービスを守る」観点のイベント「Hardening One」についても紹介されました。
午後の部の最後には、LTE(Long Term Evolution)を使った大規模な携帯電話網にIPv6導入した、Verizon社の技術者のビデオ上映が行われました。IPv6導入のモチベーションとその社内での説明、端末とIPv6の位置づけの整理といった導入時の課題など、国内でも直面する課題を克服してきた様子が伺われました。
テーマセッション:人のチカラ、インターネットのチカラ
2012年は、東日本大震災から1年以上が経過し、既に普及したスマートフォンやソーシャルメディアに加えて、クラウド技術が普及してきました。2012年を振り返ると、この1年は、私たちの生活を一変させるような、新しい技術やサービスが現れた年というよりは、これまでの技術が徐々に普及し、新たな課題が見えてきた中で、一歩を踏み出すような1年だったのではないでしょうか。テーマセッションを設けるに当たっては、そのような仮定を置きました。
デバイスからインターネットのサービスに至るまで、国際的な競争にさらされている中、私たち自身の強みや日本のインターネットが持つ特徴、そして良さにはいったい何かあるのか、来場者の皆様と一緒に、考えるきっかけになることをめざして設けられたテーマが、Internet Week2012そのもののテーマである「人のチカラ、インターネットのチカラ」です。テーマセッションは、次の三つのパートで構成され、ディスカッションされました。
1.他のインフラ業界から見たインターネット
一つ目のパートでは、電話や鉄道、通信施策の分野からインターネットを見たときの特徴やインターネット業界ではない“外”からの視点を、専門的な関わりをお持ちの方々に伺いました。加入者数のような“数”を軸に捉えた、ビジネスの根本的な考え方の違いや、国際標準に則っている技術を使いながらも、国内のインターネットは海外にも展開できるような、独自の優れた運用が行われているという現状が見えてきました。
(講演者)
- 水越一郎氏(東日本電信電話株式会社)
- 櫻井浩氏(JR東日本メカトロニクス株式会社)
- 実積寿也氏(九州大学)
- クロサカタツヤ(株式会社企)
2.外からみたJP
二つ目のパートでは、国際的な視点で、日本のコミュニティやインターネットの特徴を伺いました。インターネット経路制御においても「真面目な日本人」の運用が行われており、素晴らしい文化の表れであるという指摘と共に、施策を考える場面で、オープンな議論が足りていないこと、そして言葉だけでなく「実現力」をつけることが課題として指摘されました。
(講演者)
- 川村聖一氏(NECビッグローブ株式会社/JANOG)
- Randy Bush氏(株式会社インターネットイニシアティブ)
- 石田慶樹氏(日本DNSオペレーターズグループ代表幹事/日本インターネットエクスチェンジ)
3.パネルディスカッション
最後は、これまでのディスカッションを受けたパネルディスカッションです。他のインフラ、特に鉄道業界との違いに議論が集まりつつ、各パネリストから興味深いお話を伺うことができました。
以降では、各パネリストのお話のサマリーを紹介します。
インターネットはユニバーサルサービスか
水越 一郎
水越氏からは、電話とインターネットを比較しながら、今後のインターネットサービスのあり方についての問いが投げかけられた。
ユーザー数ベースでみると「電話屋からみるとインターネットはユーザー数が延びていてうらやましい。」と話しながら、電話とインターネットの比較を「ユーザー数の推移」、「トラフィック」、「課金モデル」等から紹介。また、固定と移動体という切り口でも比較。
そして、NYタイムズに掲載されたVint Cerf氏の記事を引用し「インターネットアクセスは人権ではなく、ユニバーサルサービスと考えるべき」という捉え方もあることを紹介した。
電話におけるユニバーサルサービスの原則である「不可欠性」、「低廉化性」、「利用可能性」に対し、インターネットは品質基準がまだ明確ではなく、こういったことをもっとこれから考えていかなければいけないかもしれない、と水越氏は語る。
最後にオープンクエスチョンとして、「インターネットはユニバーサルアクセスとなれるのか、なる気があるのか。」という問いで締めくくられた。
鉄道業界から見た通信
櫻井 浩
鉄道と通信業界の両方を経験されている立場から、二つの業界の違いと共通点を紹介。
共通点は、どちらも「人」と「パケット」という違いはあれど、「流動させるためのネットワークを構築している」こと、どちらも「社会インフラである」こと。また、「昔は単線レールで信号がなく、隣の駅に列車の衝突事故を防ぐために発着の連絡が必要であり、独自の通信電線を引いていた」という、鉄道を運行するために通信と深い関わりのある歴史も披露した。
一方、大きな違いとして、「事業ポリシー」を挙げた。インターネットはパケットがぶつかりあっても再送すれば良いが、鉄道では人命に関わるため、何よりも安全が重視される。何かあれば停めることが鉄則。連結が外れた場合は一斉にブレーキをかけることが国土交通省の法令でも定められている。
現在、日本の鉄道ではあまり実績がないが、最近は鉄道用機器の輸出入が行われるようになったとのこと。ヨーロッパは、国際標準作りにとても強い。この点は150年の国際標準化の歴史を持つ通信業界を先輩として見習いたいとして締めくくられた。
インターネットにはソムリエが必要
実積 寿也
実積氏からは、インターネットの特性と課題、そして今後どういう対応がユーザーにとって嬉しいのかという視点が紹介された。
まずはインターネットと家電とを比較した上で「インターネットは永遠のβ版」との見解を示した。「ベストエフォート」というマジックワードのもと、品質保証の概念がインターネットにはない特徴を説明し、また、対価に見合うサービス提供の視点で、日本のブロードバンドではサービス帯域が実際に実現できているケースは20-40%程度という数値が紹介された。
これは見方を変えると今利用している商品が完璧ではない、ということを認めていることではないかと述べ、それではユニバーサルサービスにはなりえないとしながらも最後にインターネットの特徴を三つあげたうえで、「これはワインと同じ」との仮説を提示。
そのうえで、インターネットが信頼のおけるインフラとなるためにはユーザーのニーズにあったサービスを提供できる専門家のアドバイス、すなわちソムリエが必要ではないかという視点が提示された。
ケータイとインターネット「共存から協調へ」
クロサカ タツヤ
クロサカ氏の発表では、携帯電話を取り巻く状況を紹介しながら、インターネットとの今後の関係のあり方について提起された。
携帯電話のIP化、IPv6対応、現在の直面している課題が紹介された。NTTドコモの大規模障害を例にあげ、課題としてトラフィックの一極集中をあげている。通勤電車時の携帯利用を例にあげ、これだけの量のトラフィックを処理することは「インフラにとっては地獄絵図」と形容する。
さらに、ユーザーが携帯とインターネットをほとんど区別しない傾向がスマホ時代に強まっていること、ISPと携帯業界は、今やIPという共通技術をベースとしており、同じような課題を抱え始めている状況で「共存から協調へ」のあり方を考えていくべきではないかとの問題提起が行われた。
もちろんこれは簡単な話ではなく、そのためには相互理解を促進するメカニズムとモチベーションの設計が重要。それを踏まえて「携帯とインターネットが合コンするべきではないか。」として締めくくられた。
スキルの伝達が日本に期待されていることではないか
石田 慶樹
石田氏からはIXP間の技術的、運用的な情報交換の場であるAPIXの活動から見えてきたことが紹介された。
日本はインターネットもモバイルも成熟市場であり、世界有数のブロードバンド大国。一方、コストの高止まり要因も多く、今後の成長市場は上位レイヤーまたは海外になるだろうと、その事例をIPアドレスやドメイン名の日本への分配比率を例として提示した。
そして香港、台湾、韓国はまだまだ成長している状況を語る。「人、物、金がどんどん入ってきて、インフラレイヤーにおいても若い人材が集まり、元気」と語る。また、一部の地域においてはインターネットをとばして、モバイルが爆発的に成長ということも考えられるとの考えを示し、「アジア太平洋地域は、日本にとって拡大のために出て行くべきところ。一方、ライバルも多く、グローバルな競争にもさらされている」と述べた。
そして「APIXでも、日本への期待は、資源や教育への期待であって、技術力や先行者へのリスペクトを感じる。リダンデンシー対応をしていること等、スキルの伝達が日本に期待されていることではないかと感じる」と締めくくった。
目標を見失わない強さをみんなで身に着けよう
川村 聖一
川村氏からは日本と国外の運用経験を通じて気づいたこと、日本のコミュニティのあり方に関する考えが発表された。
異なるパラダイムに触れることでポジティブな影響を受け、インターネットが世界とつながっていることを実感した経験を「世界と話してみると日本の常識は、経済状況や趣味趣向に大きく影響されていることがよくわかった。品質に対する要求も違う。求める勘所が国によって違う」と語る。
具体例として、名刺交換をきっかけに知った「何が重視されるのか」の違いが印象的であり、その経験を交流に活かしていることが紹介された。一方、海外に行き、日本のことを聞かれた際に、答えに困ることも多くあったことも語られた。
そのような経験を通じ、海外への質問に対する答えを自分なりに作り出すためにいくつかの取り組みを行い、さらに胸をはって世界で通用する常識感覚で貢献するためには「政治、エンジニアリング、経済、学術について、オープンにフラットに意見できるコミュニティが日本にも欲しい」と考え、ISOC-Japan Chapterに関わって活動をしている。
その上で最後に「目標を見失わない強さをみんなで身に着けよう」との呼びかけで発表が締めくくられた。
すべてのレイヤーの関係者とのオープンな対話をどう実現していくのか
Randy Bush
Randy Bush氏からは日本のインターネットの技術コミュニティの良さと、彼が懸念に感じていることが紹介された。
日本のインターネット技術コミュニティにおける協調性の素晴らしさを強調。「インターネットとは“協力”と“協調”を体現するものです。競合者同士が、あなたのパケットを届けるために、日々協力しあって運用しています。そして、これは世界中のどこよりも日本の技術コミュニティにおいて強く見られるものです。」とRandy氏。
一方、技術以外のレイヤーが関わると、オープンな対話がされないことへの問題提起も行われた。幅広い層でのオープンな対話が充分にされない結果、ユーザーにとって望ましくない運用につなげることになってはいけない、または日本が外から「クレイジーなことをやっている」と思われない状況にしたいとの想いが、具体例を挙げながら伝えられた。また、インターネットは「大切に育むもの」であり、「規制する」ものではなく、言葉は思考を規定するとのことから「インターネットガバナンス=インターネットの統治」という言葉の使い方にも警告を鳴らす。
そして最後に、「日本のコミュニティのすべてのレベルの人を取り込んだオープンな対話を、みなさんでどう作り上げて維持していくか。それがガイジンの私からみなさんへの質問です」として締めくくった。
(JPNICインターネット推進部 木村泰司、IP事業部 奥谷泉)