ニュースレターNo.58/2014年11月発行
新gTLDの導入と.vin/.wine原産地名の保護 〜 地域存続にむけて 〜
JPNIC監事 馬場 聡
2014年8月のICANN報告会にて、新gTLDの導入に向けて、原産地の地理的表示(Geographical Indicator)の保護への対応が必要か否かで対立状態が続いている、との報告がありました。そもそも、原産地の地理的表示の保護とは、どういうことかご存知でしょうか。この考え方は、1756年にポルトガルにてポートワインの原産地管理法が世界で初めて制定されたのをきっかけに、特にフランス、イタリアで発展してきました。そもそもは、「偽物ワイン」からワインそのもの、ワイン生産者やぶどう栽培農家を守ろうとするものです。美味しい「本物」のワインに比べ、品質の劣る(異なる)「偽物ワイン」が多く流通すると、市場価格の下落、信頼性・評判の低下を招き、ひいては生産者・農家に減収・廃業などの影響が出るのです。現在では、EUにて法制度化され、EU各国でそれに準じた制度を制定しています。さらに、この考え方はワイン新興国のアメリカ合衆国、カナダ、チリ、オーストラリアなどでも法整備されています。EUにおいてはワインにとどまらず、チーズ、生ハム、オリーブオイル、バルサミコ酢などにもこの法律が及んでいます(.fromage/.cheeseなどは、なぜ保護されないのだろう?)。
では、「原産地の地理的表示」が、なぜワインを守ることにつながるのでしょうか?ワイン生産にはさまざまな条件(気候、土壌や人間など)が複雑に関係し、その土地(畑)ならではのワインが造られるのです。極端な話、隣同士の畑で、同じぶどう品種から造られたワインでも、その外観、香り、味わいが違うのです。その原産地の地理的名称をワインラベルに書けば、それを見た消費者が、どのようなワインなのかが、わかるからなのです。
ICANNでは、保護が必要だとする欧州各国に対し、現状のセーフガードで十分という、アメリカ合衆国・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドが対立中とのこと。対立国名を見ると、ワインの歴史・ラベル表示への考え方の違いが根底にあると感じます。
有名なエピソードとして、1993年に、フランス屈指の有名ブランドから「Champagne」なる香水が発売されたことをめぐっての係争があります。シャンパーニュ・メーカー数社が訴訟を起こし勝訴しました。有名ブランドの香水なので相乗効果がありそうなものですが、『例外を認めると他も認めざるを得ない』、という考えに基づいた訴訟だったようです。現在、この訴訟の中心となったシャンパーニュ・メーカーも香水ブランドも、同じ世界最大のブランド・コングロマリットの傘下にいるのは何とも皮肉な話ですね。このような訴訟は、現在でもあちこちで起きています。
日本では、長野などで原産地名称保護の動きこそあれ、法律レベルでは制定されていません。道産子である私は、原産地名称である「北海道」ブランドをもっと大切にしたいと思っています。ラベルに「北海道産」と書くだけで商品の売り上げが伸び、「北海道物産展」、「北海道フェア」が全国各地で開催され毎回盛況だとも聞きます。しかし、買った商品が残念だったという話もよく耳にします。今は、インターネットですぐに地域特産物が手に入る時代です。だからこそ、地域が地域で存続できるようになるためには、地域の「色」(ワインでは「テロワール」と表現)を明確にすること、まさに原産地名称保護が重要な役割を果たすのではないでしょうか。食品だけではなく、地域の生活環境を含め、赤ちゃんからご老人まで、安心、安全、そして快適に住める、「色」ある街づくりをめざして動き始めないと、地域はどんどん疲弊し、衰退していきます。「北海道」に胡坐をかくことなく、「○○市」、「○○町」……の「色」を塗り替えていかなければなりません。インターネットをはじめとするICT技術社会基盤をさらにより良いものにし、北海道だけではなく日本中をキャンバスにし、無限の色で、彩っていきたいと感じています。