ニュースレターNo.59/2015年3月発行
IP Meeting 2014
~あらためて“みんなの”インターネットを考えよう~ 開催報告
IPMeetingは、その年のインターネット状況を総括し、今後に向けた議論を行う会合として機能してきました。昨今はInternet Weekのメインプログラムとして、プレナリのような位置づけにもなっています。
今回も、午前中には「Internet Today!」と題し、インターネットの運用にかかる今年のホットトピックを総括しました。そして午後の部は未来を見据えるものとして「ビジネスの観点から見たインターネットガバナンス」と「あらためて“みんなのインターネット”を考える~震災から3年、東京オリンピック・パラリンピックに向け、みんなで作る未来のインフラ~」という二つのパネルディスカッションを実施しました。また合間には、Internet Week 2014の最新動向セッションを紹介するライトニングトーク大会も実施しました。本稿では、午後の部の二つのパネルディスカッションの模様について簡単に報告します。
パネルディスカッション1:ビジネスの観点から見たインターネットガバナンス
2014年は、「インターネットの資源管理体制のあり方」という話題をきっかけに「インターネットガバナンス」が大きく取りざたされた年でした。しかしどうにも、この「インターネットガバナンス」は、多くの技術者にとって遠い世界の話にも映るようです。
「技術者は『統治(ガバナンス)でなくて協調(コオペレーション)』『投票でなくてコンセンサス』を旨としてインターネットの運営をしており、それを『流儀』としているが」とモデレータから前置きがあった上で、今回のセッションでは、「ビジネスサイドから見たインターネットの流儀」という観点から、「実ビジネスへのインパクト」「流儀への疑問」などが議論されました。以降に、パネリストの代表的な発言をまとめます。
モデレータ: 橘 俊男 氏(Internet Society Japan Chapter/グリー株式会社)
パネリスト:筒井 隆司 氏(ソニー株式会社 渉外部 シニアゼネラルマネージャー(当時))
水越 一郎 氏(東日本電信電話株式会社 ビジネス開発本部)
百崎 知 氏(ソネット株式会社)
日本に聞いて良かった—そんな世界を作りたい
パネリスト:筒井 隆司 氏(ソニー株式会社)
ソニーに入って32年、ずっと海外営業に携わってきました。企業にはコンプライアンスが必要ですが、時代と共に見直しが必要なルールも出て参ります。このルールを適切に変えたり、そもそものルール作りにも貢献していくのが、本日お話しする「政策渉外」という仕事です。
ネットワークの政策課題は多岐に亘り、個人情報の保護や、データの国際移転をどうするか等さまざまな課題があります。個人情報にしても、活用と保護のバランスが重要なのにもかかわらず、いつの間にか保護ありきになっていたり、国境を越えた自由なデータの流通と利活用を通じてイノベーションを推進するのが本来のあるべき姿ですが、内容と目的にあった適切な保護が行われておらず、ビジネス上のリスクが非常に大きいと感じることがあります。自由に発展してきたグローバルなインターネットのイノベーションが様々な国ごとのルール作りによって阻害される懸念もあります。
こうした問題を解決しなくてはなりませんが、悩みは、インターネット関連会議は多岐に亘ることです。ITUのように一国一票制で決められるルールや論点もあれば、誰もが行って発言できるものもあります。ダボス会議のようにインターネットのことがずいぶん話されても小さい話題はあまり議論されないことがあったり、結局「外交上の問題としましょう」という結論になることもあります。
グローバルで活動するとなると「国境」の内側である特定の国のルールだけに従ってビジネスを行うということはありません。米国で商売するのであれば、そこで必要なルールに対して意見を言わなくてはいけないし、他の国でもそうです。先ほどネット中立性の話が出ましたが、米国でFCCがそれに対するパブリックコメントを募集したところ集まった件数は数百万件でした。一方、日本での個人情報保護法の綱領を変更した際のパブコメは数百件です。日本での流儀は、「ルールは誰かが決めるもので、それが決まればその下で正々堂々と勝負していく」というものなのかもしれません。しかし、これが世界で通用しないところなのではないでしょうか。もちろん、「自分がやらなくても誰かについていけばいいのでは」という話は常にあります。しかしこうした”関心が低い”というのが一番の問題なのかもしれません。
インターネットは人間が作ったものです。そのため、そこには「人の意思」があるはずです。なので、本日この場におられる皆様を含め、私たちのこうした活動のゴールが何かと問われれば、「国際的なルール形成やその論点にしっかり入って世界に貢献すること、日本に入ってもらってよかった」という状態を作れるかどうかということだと思います。日本の技術は超一流で、経済もそうです。そこは他国も認めるところです。その国がルール作りに入っておらず、後から「もう少し声を聞いておけばよかったな」という状況になってしまうのではあまりにも残念です。それができるようになるのがうれしいし、皆様にも技術のバックグラウンドを持ってやれることを、ぜひ書き出して実践していただきたいと思います。
困るよりはやってみろ、困ってから話が始まる
パネリスト:百崎 知 氏(ソネット株式会社)
入社以来ネットワークエンジニアとして、ISPネットワークの設計・構築・運用をやってきました。IPv4アドレスの在庫枯渇が言われ始めた2008年頃資源管理を任せられ、そこからJPOPMの議論に参加することになり、インターネットのルールがそこから見えてきました。
エンジニアから見ても、インターネットガバナンスのテーマについて、興味を惹かれるワードは多いです。インターネットの資源だけではなく、ネット中立性、迷惑メール、DoS対策、フィルタリング、サイバー犯罪などです。しかし一つ一つを深掘りしていくとわからないことも多くあります。IPv4の枯渇に関しても、売買の話もある中でCGNのような延命技術もある、そもそもIPv6の普及に対してのコストは誰が負担するのか等があります。またネット中立性に関しても、米国とFCCのようなキーワードも聞こえてはきますが、欧米と日本の違いもよくわかりません。DoSやフィルタリングというキーワードではサイバー犯罪を起こさないことが重要だと思いますが、通信の秘密の話や、オーバーフィルタリングの話にもつながります。また、国をまたがった犯罪の場合も国際連携はどうなるんだろうと思います。
ということで、いろいろ気になることはあるけれど、結局「どこで」「誰が」「何を」話し合っているのかわからず、オープンと言いながら実は閉鎖的なのではないかとか、参加する方法としても、個人としても興味を持っていても会社に言うと、短期的・中長期的なビジネスへの影響について聞かれ、卑近な政府のパブリックコメントの方に目が向きがちです。
要は、「なんとなく興味はあるが、それは個人の興味にとどまり、誰が何をやっているのかわからなくて、わからないものを会社に説明するしようとするとよりわからない」「今の事業やビジネスに対して、いつにどのくらいの影響があるかを必ず聞かれるが、会社に経営の目線でどのように興味を持たせられるのかがわからないので、はじめられない」という状況だと思います。また日本の会社では、自身で手の届かないところ、例えば「ITUでこれが決まり、こういう影響が出る」となると「そうか、それが時代だよな。そういう時代に残っていける戦略を考えろ」と受け入れてしまう傾向があります。
本当は、困ることを回避ばかりするのは本末転倒ではないか、と思うのです。「やってみて困るというよりやってみろ、困ってから初めて話が始まる」のでは、そこから学ぶのではないかと思っています。
次々新しいテーマが出てくるインターネットは、常に変わり広がっていくものです。また、ルールは視点により捉え方も違います。僕らのような企業は、「インターネット」という商品を売っていますが、自分たちがインターネットの一部になりながら、それが思った通りのインターネットになっているなと思えると、本当のインターネットの会社になれるのではないかと思います。
日本の企業が“インターネットガバナンス”の考え方に適さない理由
パネリスト:水越 一郎 氏(東日本電信電話株式会社)
パソコン通信を振り出しに、ISP運用を行い、今はNTTでフレッツの開発を行っています。IPアドレスと縁があって、CIDRを導入する1998年頃、JPNIC IP-WGの主査となり、2009年にはIPv6の割り当てで関係者と議論し、最近も可能な限りJPOPMには参加しています。
そのように、IP関連のポリシーについては個人としても会社としてもその節目節目に関与してきたつもりです。しかし「インターネットガバナンス」という括りになるとジャンルが広すぎますね。ドメイン名の話も知的財産の話になると複雑ですし、ネット中立性の話もタダのり論はけしからんとは思いますが、どこで何が決まっているのか、米国の世論で決まっているのか、国内事業者としてはFCCにいくわけにもいかないし……と感じます。このように海外からの圧力は受けているはずなのに、それに対して何をするかということについては何もできていません。海外は遠いという話もあります。
そのような訳で、私自身も興味はあっても、今一つ響かないというのが実感です。分野が広すぎて興味が絞れないのと同時に、何とかなるだろうというノンポリズムやリバタリアン的な考えもあります。会社としてもドメスティックなビジネスをやっているという理由から、ほとんど響いていないように感じています。直接的な利益のにおいがしないため、スコープを定めにくく、CSR的な考え方でやっていくものなのかもしれません。
日本の会社がこうした問題に取り組むにあたって、適していないという点がいくつかあります。会社としては「ポジションを取らない」という判断をすることは、意思決定の一つです。しかしそのためにはまず「参加している」ことが必要であるし、しかも行った先でアジェンダが生まれるということもあるので、本来は行かないと何も始まらないのに、「目的と結果を持って出張に」となってしまう点です。動いている問題に対処するのは難しいのではと感じます。またこうした政策的なことは、「流れを見続けている」「相手の顔がわかる」という個人の存在感も必要になるものですが、日本の会社は「そろそろ別の人を……」となり、継続性も難しいところがあります。本来は教育のために派遣しているわけではないはずです。
こうした活動のゴールと問われれば、標準化とか文書を出すということだけではなく、文書へどれだけ貢献できたかも一つのゴールではないか、とは思います。エンドレスジャーニーではありますね。
技術の世界もビジネスの世界も、どうもこうした話題に無関心ではなさそうだというのがパネルディスカッションでわかったことです。しかし、関与方法も立場によってさまざまで、すべての領域にすべての人が関与するのはとても壮大なことだというのも見えています。そのため「関与している人を支援することも重要ではないか」「とかく継続的にやっていくことが、裾野を広げるための秘策では」とパネルディスカッションは締めくくられました。
(注:各講演者のコメントの内容は、当日の話をもとに編集を行ったものです。また、各講演者の所属は、開催当時のものです。)
(JPNIC インターネット推進部 根津智子)