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ニュースレターNo.61/2015年11月発行

グローバルな融和とローカルな個性

株式会社 日本レジストリサービス 取締役 堀田 博文

グローバルなインターネットガバナンスに関連してよく引き合いに出される、ICANNが設立されて17年が経ちます。ICANNが設立後間もない時期に策定したUDRP(統一ドメイン名紛争処理方針)の原案を作成した作業部会は、世界から集まった知財弁護士や学者、企業経営者、TLD運用者、ISP運用者、一般市民などが協力して、一つのルールを作るべく活動しました。このUDRPは、グローバルなマルチステークホルダーにより作られたルールであると言ってもいいと思います。もちろん、「グローバル」も「マルチステークホルダー」も人によって定義が違ったり期待する度合いが違ったりするので、首をかしげる人もいるとは思いますが。

ここで考えねばならないのは、「グローバル」な「マルチステークホルダー」で一つのルールを作るということは、「ローカル」もしくは「個別のステークホルダー」は何かを失うことになることが多いということです。例えば、UDRPにより、ドメイン名は「意味を持たない単なる識別用文字列である」という個性が弱まることになります。そして、その個性を活かして作り上げてきたドメイン名レジストリサービス等の個性も弱まるわけです。

現在、ICANNで進行中のRootLGR(Root Zone Label Generation Rules)策定プロジェクトも、「グローバル」な「マルチステークホルダー」での取り組みの一例です。国際化ドメイン名(IDN)に関しては、これまでは、TLDごとに個々にルールが作られ、登録され利用されてきました。特にccTLDでは、その国のローカルな事情に適したルールが作られ使われてきました。しかし、ccTLDやgTLDのラベルに非ASCII文字が使えるようになり、全TLDラベルが従うルール(これをRootLGRと呼びます)を策定する必要が出てきました。

例えば、漢字を使う主な言語は中国語、日本語、韓国語であり、それぞれの中で漢字は独自の進化を遂げてきています。その中で、「機」と「机」は、日本語と韓国語では異なる意味を持つ文字として扱われますが、中国語では同じ文字(繁体字と簡体字)として扱われます。この事実は、TLDは国の枠を超えてグローバルに利用されるものであるが故に、漢字に関するローカルなルールをそのままTLDラベルのルールにはできず、グローバルに従うべきルールを一つだけ作る必要があるということを示しています。例えば、TLDラベル「.機上」と「.机上」を同じTLDとみなすべきか否かが決まるようなルールの存在が必要です。今、この3言語のローカルなルールを融和させて一つのグローバルなルールを作り上げるための検討を、3言語のコミュニティそれぞれが組成したチームで互いに協力して行っています。日本では、「日本語生成パネル(JGP)」がその活動に参加しています。

ここで、「グローバル」「ローカル」は地理的な軸に閉じない概念であり、むしろ、コンテンツ共有範囲という軸で計る「広いコミュニティ」「狭いコミュニティ」と置き換えてとらえる方がわかりやすいかもしれません。

グローバルなルールに従うには、ローカルなコミュニティが妥協しなければならない点が必然的に出てきます。しかし、妥協することは、ローカルな個性を失うことにつながりかねません。インターネットから離れた例ですが、地球上にある文化を守り続ける部族があったとして、それは人類の分断につながるから止めさせるべきなのでしょうか? また、他地方の人が理解できない方言を使う地方に対し、それは国の分断につながるから止めさせるべきなのでしょうか?これらの例と同様に、インターネットガバナンスが本来追求すべきことは、妥協によりグローバルな融和を実現することでなく、ローカルな個性をグローバルな融和の中で維持すべく創造力を働かせることなのではと考えます。


執筆者近影プロフィール●堀田 博文(ほった ひろふみ)
工学博士。株式会社日本レジストリサービス(JPRS)取締役。ICANN ccNSO評議委員、日本語生成パネル(JGP)チェア。1980年よりNTT研究所にてプログラミング言語およびソフトウェア開発技術の研究実用化に従事。NTTでのOCN立ち上げへの参加を契機にインターネット関連業務に従事。2001年よりJPRSに籍を移し、経営企画、サービス企画等を担当するとともに、海外組織との連携活動を担当。元アジア太平洋インターネット協会(APIA)会長、元APTLD理事。

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