ニュースレターNo.63/2016年7月発行
第95回IETF報告 全体会議報告
2016年4月3日(日)〜4月8日(金)にかけて、アルゼンチンのブエノスアイレスにて、LACNICとInternet Society (ISOC)の共同ホストで、第95回IETFミーティングが開催されました。会場はヒルトン・ブエノスアイレスで、南米でのIETF開催は史上初とのことです。本稿では、この第95回IETFミーティングの様子を、全体会議の報告を中心にお届けします。その他の動向については、概要と詳細なレポートへのURLをご紹介していますので、そちらも併せてご参照ください。
史上初の南米でのIETF開催
今回のIETF Meetingは、IETFが2016年1月に30周年を迎えた後では初めての開催で、IETF史上初となる南米で開催されました。現地では雨や曇りの日も多く、天気にはあまり恵まれなかったものの、気温は夏から秋にかけて涼しくなるところで、ちょうど冬から春にかけて暖かくなる東京と同程度の気温で過ごしやすかったです。また当初、治安の悪さが懸念されていましたが、会場ホテルのあるプエルト・マデロ地区は、港湾施設を再開発した高級レストランやお店が集まる地区で、ブエノスアイレス市内の他の地区と比べても街の整備が行き届いていて、運河沿いは夜間でも人通りがあり、一見すると治安の良さそうな地区でした。しかし、プエルト・マデロ地区外では、日本人参加者が移動中にケチャップ強盗のような被害に遭ったという事案も未遂ではあったものの数件起きており、やはり油断のならない開催地であったという印象でした。
さて、ここからは4月6日(水)に開かれた「IETF Operations, Administration, and Technical Plenary」の様子について、簡単にご報告します。
IETF Operations, Administration, and Technical Plenary
4月6日(水)の「IETF Operations, Administration, and Technical Plenary」は、前回のIETF Meetingに続き、第93回IETF Meetingまで別日程で開催されていた「IETF Operation and Administration Plenary」と「Technical Plenary」の二つの全体会合を一つにまとめて開催したものです。今回は、以下の流れで議事が進行しました。
- Welcome
- Host Presentation
- Updates on hot topics!
- In Memoriam
- Postel Award
- IETF 96 Welcome
- Architectural Issues Needing Attention!
- News from the IAB IOTSI workshop!
- IAB, IAOC, IESG Open Mic
ここからは、議題ごとに概要をお伝えします。
1. Welcome
IETF ChairのJari Arkko氏よりウェルカムスピーチがありました。初の南米開催にあたり、参加者から意見が寄せられていたアクセスの不便さについては、「帆船用パーキングを用意することで解消しました」と、開催地にちなんだジョークを交えた挨拶があり、また今回のIETF Meetingのホストとスポンサーの紹介が行われました。
2. Host Presentation
その後、Arkko氏の紹介を受けて、今回のIETF Meetingの共同ホストであるLACNICのCTOであるCarlos Martinez Cagnazzo氏より挨拶がありました。「IETF Meetingを南米で初めて開催するにあたり議論を重ねてきて、今回それが実現して喜ばしく思います」と述べ、Meetingの成功を祈るとともに参加者に対しブエノスアイレスの食や文化もぜひ楽しんでほしい旨の挨拶がありました。その後、Arkko氏と握手を交わし、会場から大きな拍手が起こりました。
3. Updates on hot topics!
Arkko氏より、今回のIETF Meetingのホットトピックとして以下のトピックごとに報告がありました。
- IETF-wide issues
- Administrative topics
- Meeting calendar updates
- Nomcom update and requests
- Progress in format work
- Trends affecting the IETF
IETF-wide issues
IETF-wide issuesでは、はじめに、Arkko氏より、参加者の内訳やIETFの全般的なホットトピックについて報告がありました。第95回の現地参加者は、52の国と地域から1,002人の参加となり、前回の1,298人から300人程減少していました。また、2015年の同時期に米国ダラスにて開催された第92回の水曜日時点での現地参加者数である1,176人と比較すると、170人程度参加者の減少がありました。開催国であるアルゼンチンがある南米地域からの参加者は、140人程度とのことでした。新規参加者は全体の約17%の171人で、IETF Hackathonの参加者数は過去最多であったそうです。国別の参加者数は、1位米国、2位アルゼンチン、3位中国、4位フランスとなっており、日本からの参加者数は28人で8位でした。また、今回はリモート参加者が過去最多であったとの報告がありました。
続いて、各ホットトピックの報告がありました。まず、ハラスメント問題に対する「Ombudsteam」の紹介がありました。IETFでは、さまざまな背景を持った参加者が互いに良識を持ち議論を行える環境を作り維持することを目的に、2013年にInternet Engineering Steering Group (IESG)※1がアンチハラスメントポリシーを採用しています。今回はそれに基づいた取り組みの一環として、ハラスメント問題に対する対応手続きをまとめたRFC7776が公開されたと報告がありました。そして、その中に記載されているOmbudsteamという、ハラスメントを受けた際に参加者が問い合わせることのできるチームについて紹介がありました。現在のOmbudsteamのメンバーは、Linda Klieforth氏、Allison Mankin氏、Pete Resnick氏の3名で、この3名に対して会場からは大きな拍手が起こりました。
メーリングリストietf@ietf.orgについては、しばしば議論が盛り上がりすぎて収拾がつかなくなってしまうことがあったため、ファシリテーター制を導入してみるとの報告があり、そのメンバーとして、Subramanian Moonesamy氏、Carlos Pignataro氏、Christian Huitema氏の3名が紹介されました。知的所有権(IPR)ルールの更新では、RFC3979として公開されているIPRのルールが11年ぶりに更新される見通しであると報告がありました。現在、Last Call中のため、ぜひ一読いただき必要に応じてコメントいただきたいとのことでした。また、注意事項を記したNote Wellも更新中であるとの報告がありました。
Code & Hackathonとして、Code SprintやIETF Hackathonの紹介がありました。今回の第4回IETF Hackathonは、4月2日(土)と4月3日(日)の2日にわたり開催されました。参加者は100人以上で、そのうち30人以上がIETF Hackathon初参加者で、さらにそのうち10人強がIETF Meeting初参加者であったと報告がありました。新しいプロジェクトとしては、TLS1.3やVector Packet Processing (VPP)、Big Dataなどがあったそうです。IETF Hackathonは、参加者数とプロジェクト数共に増加傾向にあり、回を重ねるごとに盛り上がりを見せているようです。また、HUAWEI社が2016年1年間のIETF Hackathonのスポンサーをするとの報告がありました。第5回IETF Hackathonは、第96回IETF Meetingの直前の2016年7月16日(土)と17日(日)の2日にかけて行われるそうで、現在、準備や参加者の募集をしていると呼びかけがありました。
今回のRecognitionでは、はじめにIESGを退任されるMartin Stiemerling氏、Barry Leiba氏、Brian Haberman氏の3名の紹介がありました。3名には記念品の帽子とマントが贈呈され会場から拍手が起こっていました。次に長きにわたりIETFに貢献してきたScott Bradner氏が2016年6月でIETFでの活動を引退するとのことで、Bradner氏よりスピーチがあり、会場ではスタンディングオベーションが起こりました。また、Arkko氏からは、Bradner氏はIETFではMother of consensusとしても知られる人物で、第16回からIETF Meetingに参加し、RFC2119を含む44本のRFCを執筆し、四つのエリアのArea Director (AD)を務め、さらにISOCボードメンバー、IAOCメンバーも務めるなど、インターネットの発展に大きく貢献してきたことがあらためて紹介されました。
Administrative topics
Administrative topicsでは、新しくIAOC (IETF Administrative Oversight Committee) Chairとして選出されたLeslie Daigle氏からの挨拶とIADのRay Pelletier氏から報告がありました。
Pelletier氏からは、はじめに今回のIETF Meetingのホストの紹介があり、続けて収支速報がありました。参加費支払い済みの参加者人数は932人と予測より138人少ない一方で、登録済みのリモート参加者数は555人でした。参加費による収入は646,000ドルで当初見積もりより93,000ドル少なく、スポンサー費による収入は372,000ドルで当初見積もりより166,000ドル少ないとの報告がありました。また、Visa発給依頼は200件あり、そのうち半数は中国からとの報告がありました。
一方で、横浜で行われた、第94回IETF Meetingの収支決算の最終報告では、参加者人数は予測を126人上回り、参加費は収支見通しを93,000ドル上回ったとの報告がありました。また、スポンサー費は予算案より15,000ドル下回ったが、Bits-N-Bitesについては10,000ドル上回ったとの報告がありました。これまでのIETF継続に伴う純利益は569,000ドルとなったとのことでした。
Meeting calendar updates
引き続きPelletier氏より、ミーティング開催地について発表がありました。今回新たに開催地とホストが決定したIETF Meetingは、以下の通りです。
第 98 回:シカゴ(ホスト未定)
第 99 回:プラハ(Comcast社、NBCUniversal社)
第100回:シンガポール(Cisco Systems社)
第102回:サンフランシスコ(Juniper Networks社)
第111回:サンフランシスコ(ホスト未定)
- Upcoming IETF Meeting
- https://www.ietf.org/meeting/upcoming.html
また、数年にわたりIETFのスポンサーを行うIETF Global hostの紹介では、今回新たにEricsson社が加わったとの発表があり、Ericsson社のGonzalo Camarillo氏より挨拶がありました。現在IETF Global hostは、Cisco Systems社、Comcast社、NBCUniversal社、Juniper Networks社、Ericsson社の5社となったそうです。
また、最後に今回のIETF Meetingのスポンサーとなった各企業の紹介、謝辞としてCode Sprint参加者、NOCチームの紹介がありました。
NomCom update and requests
NomCom update and requestsでは、NomCom 2015 ReportとしてNomCom ChairのHarald Alvestrand氏から、選出されたIESGのメンバーとInternet Architecture Board (IAB)※2のメンバーの発表がありました。
IESG (https://www.ietf.org/iesg/members.html)
- Alissa Cooper氏(Cisco Systems社)
- Alexey Melnikov氏(Isolde社)
- Alia Atlas氏(Juniper Networks社)
- Mirja Kuhlewind氏(ETH Zurich; スイス連邦工科大学チューリッヒ校)
- Benoit Claise氏(Cisco Systems社)
- Suresh Krishna氏(Ericsson社)
- Kathleen Moriarty氏(EMC社)
IAB (https://www.iab.org/about/iab-members/)
- Brian Trammell氏(ETH Zurich; スイス連邦工科大学チューリッヒ校)
- Erik Nordmark氏(Arista社)
- Joe Hildebrand氏(Cisco Systems社)
- Lee Howard氏(Time Warner Cable社)
- Martin Thomson氏(Mozilla社)
- Ted Hardie氏(Google社)
また、次期、NomCom ChairとしてLucy Lynch氏(Network Startup Resource Center)の紹介がありました。
Trends affecting the IETF
Trends affecting the IETFでは、Alia Atlas氏より30周年を迎えたIETFが次の15年に向けて取り組むべき課題について発表がありました。まず、時代が変化しても、インターネットをよりよく発展させていくために、IETF参加者とIETFを支援してくれる組織を増やしていく必要があること。そして、マルチステークホルダーを巻き込んだRough Consensusの形成、Running Codeの継続、IETFの活動を世界へ発信しアイディアを拡散していくことが、これからもIETFというコミュニティを育てていくために重要であること。また、その上で次に何をすべきか考え、大きな変更を可能とする幅広い合意形成を実行していく必要があることが述べられました。これについての具体的な議論は、ietf@ietf.orgで引き続き行われていくそうです。
4. In Memoriam
Arkko氏より、前回のIETF Meetingから今回までの間に亡くなられたChris Elliott氏、Tom Taylor氏、Rob Blokzijl氏、Joyce Reynolds氏、Ray Tomlinson氏の5名に対して追悼の意が述べられ、会場からは故人をしのんで黙祷がささげられました。
5. Postel Award
次の第96回IETF Meetingでは、2016 Jonathan B. Postel Service Awardの発表があるとのことで、Kathryn Brown氏より、インターネットの発展に貢献したJonathan B. Postelの業績についての紹介と、過去の受賞者の紹介がありました。また、2016年4月6日から5月18日の期間でノミネートを受け付けているとの報告がありました。
6. IETF 96 Welcome
Juniper Networks社のTom Walsh氏より、第96回IETF Meetingの開催地となるドイツのベルリンについて紹介がありました。ベルリンでの開催は、3年前に開催された第87回IETF Meeting以来2回目の開催となります。Social eventは、17世紀に建てられたシャルロッテンブルク宮殿にて開催できるよう調整を進めているとの発表がありました。
7. Architectural Issues Needing Attention!
IAB chairのAndrew Sullivan氏より、IAB memberの入れ替えの発表がありました。Mary Barnes氏、Marc Blanchet氏の任期が終了し、新たにLee Howard氏、Martin Thomson氏が加わりました。それから、IABの主な活動の報告として、最近発行されたRFCや実施されたワークショップの紹介がありました。
8. News from the IAB IOTSI workshop!
Sullivan氏の報告に続き、IABが実施したIoT Semantic Interoperability (IOTSI) Workshopについて、Dave Thaler氏より報告がありました。このワークショップでは、昨今のIoT技術の普及に伴いさまざまな組織でデータモデルの仕様策定が進められる一方で、その相互運用について考慮されていないという問題背景を受けて、関連組織間でその技術を紹介し合い、議論を行うための場として開催されました。このワークショップを実施した結果、ZigBee、IRTF T2TRG、OCF等のいくつかの組織は情報共有を目的として同会場で会合を開催したとの報告がありました。
9. IAB, IAOC, IESG Open Mic
今回のオープンマイクでは、会場からは第100回IETF Meetingに関する声が寄せられました。特に、開催地となるシンガポールは男性同性愛を法律的に認めておらず、これは多様な価値観を尊重し合いながら議論を行うというIETFが目指すべき姿と相反し、記念すべき第100回の開催地としてふさわしくないので反対であるといった声があり、会場から大きな拍手が起こっていました。
次回のIETF Meetingは、2016年7月17日(日)から7月22日(金)にかけてドイツのベルリンにて開催されます。
(青山学院大学 情報メディアセンター 根本貴弘)
- ※1 IESG(Internet Engineering Steering Group)
- IETFの活動と標準化プロセスの、技術的な側面についての責任を担っているグループです。
- ※2 IAB (Internet Architecture Board)
- インターネットの技術コミュニティ全体の方向性やインターネット全体のアーキテクチャについての議論を行う技術者の集団で、ISOCの技術理事会(Technical Advisory Group)としても機能します。