ニュースレターNo.65/2017年3月発行
IP Meeting 2016 〜見抜く力を!〜 開催報告
IP Meetingは、その年のインターネットの状況を総括し、今後に向けた議論を行う会合として機能してきました。昨今はInternet Weekのメインプログラムとして、プレナリのような位置付けにもなっています。
今回も、午前の部は「Internet Today!」と題し、インターネットの「運用動向」、「新技術の標準化動向」、「社会的動向」、そして「セキュリティ」という観点から、各分野の第一人者の方々にご講演いただきました。「見抜く力を!」という今年のテーマのもと、今知るべきトピックが総括され、2016年のインターネットにまつわる各分野の動向等を見抜いていきました。
午後の部では、まずInternet Week 2016の全セッションを「IPv6」、「セキュリティ」、「ネットワーク運用管理」、「社会派」、「DNS」、そして「最新技術」の6分野に分け、プログラム委員がそれぞれの分野の総まとめを紹介しました。その後、Internet Weekの締めくくりとして、インターネットの未来を見抜いていくための「インターネットが作る、未来の暮らしを考える〜これからを豊かにするための八つの視点〜」と題したパネルディスカッションを実施しました。
本稿では、IP Meeting 2016の最後のプログラムとなった、パネルディスカッションの模様をお伝えします。
パネルディスカッション:「インターネットが作る、未来の暮らしを考える 〜 これからを豊かにするための八つの視点 〜」
インターネットは、ヒトが生み出してきたモノの中でも、想像を大きく超えるイノベーションを生み出してきた技術となっています。私達は、インターネットを当たり前のように生活の一部に使い、暮らしの質の向上に役立てています。そして、これから生まれてくるデジタルネイティブな子ども達は、真の意味でインターネットをインフラとして使いこなし、暮らしぶりをさらに変化させていくことでしょう。そうした中では当然、インターネット自体に質の向上が求められていきます。
今回のセッションでは、インターネットを八つの視点からとらえ、今後の人々の暮らしへの関わり等について、それぞれ分野のパネリストの方々にご発表いただき、これからのインターネットと暮らしとの関わりを考察するセッションが展開されました。
[モデレータ]
砂原 秀樹(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科/WIDEプロジェクト)
[パネリスト]
IoTの観点:田中 邦裕(さくらインターネット株式会社 代表取締役社長)
女性・子どもの観点:花田 経子(岡崎女子大学/慶應義塾大学大学院KMD研究所)
AIの観点:中島 秀之(東京大学/公立はこだて未来大学)
社会的観点:岡村 久道(弁護士法人 英知法律事務所)
人材育成の観点:曽根 秀昭(東北大学 サイバーサイエンスセンター)
アプリケーションの観点:藤川 真一(BASE株式会社 取締役CTO)
災害復旧の観点:辻井 高浩(奈良先端科学技術大学院大学)
視点1 モデレータより
砂原 秀樹
(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科/WIDEプロジェクト)
視点2 IoTの観点
田中 邦裕
(さくらインターネット株式会社 代表取締役社長)
さくらインターネットはデータセンターの会社という印象が強いと思いますが、実はデータセンター事業の売り上げは全体の2割を切っています。かつてハウジング全盛の時期もありましたが、時代とともにクラウド事業へ移行しています。ここで気付くことは、サーバやインターネットで収益を得ることはできますが、そのサービスの中身は変わってきているということです。そして、第4次産業革命(IoTやAIの時代)がやってくる中で、これからも変化があるだろうと思います。
また、私が感じるところとしては、インターネットの時代の大きな流れとして、モノの時代からサービスの時代になり、またモノの時代に戻ろうとしているように思います。というのも、1990年代はハードウェアや半導体を生産する企業が強かった産業構造が、現在はソフトウェアでサービスを提供する企業が中心の産業構造へと移っています。時価総額を見ても、いわゆるBIG5が台頭しているのが良く分かります。また、ソーシャルゲームを例に取ると、昔はゲームカセット(ハードウェア)の内部でデータの書き換えを行っていたものが、現在はオンライン上でサービスが提供されることで、データの書き換えに対して料金を支払うというような時代となっており、つながっている状態でどのようなビジネスを行うのかが肝となっています。今後はサービスとモノの間としてのIoT、そしてその関連事業に軸足が移っていくのではないかと考えており、そこにビジネスチャンスがあるのではないかと思っています。
さくらインターネットとしても、我々独自の構成で、世の中に受け入れられるよう工夫しつつIoTの事業を進めています。
一方でIoTは、社会を変えるインフラになると思いますが、どのような手段で行っていくかは、これからの課題になっていくだろうと思っています。
視点3 女性・子どもの観点
花田 経子
(岡崎女子大学/慶應義塾大学大学院KMD研究所)
子どもに関する話題としては、アナログ教育とデジタル教育における議論があります。教育の現場はアナログな考え方をベースに設計されていますが、デジタルによる教育の可能性が議論されているところです。
子どもにとっての創造的な活動を考えると、彼らにとってはアナログとデジタルに差違はなく、どちらに価値があるかを見極め、自分にとって価値のあるほうを選択する傾向にあると考えています。そういった考えのもと、子どもたちの創造的な活動をデジタル(ICT)から支える際にカギとなるのは、まず、安全であること、次にアナログと共存していけるということ、そして使う側に簡易性と汎用性と応用性を持たせることです。しかし、これを実践していくには教える側の人間も育てていく必要があります。
情報モラルに関する問題については、すべての子どもがインターネットによって何らかの被害を受けているわけではありませんが、保護者・家庭が多様化しており、教える側がその多様化に追いついていないように思います。そのため、子ども向けの情報モラルに関する教育カリキュラムやコンテンツはありますが、必要なところに届いているか、効果は上がっているか、時代に即しているのかを今後検証していく必要があると思います。
次に女性のキャリアパスに関してですが、女性のキャリア形成と男性のそれとに差はありません。しかしながら女性の場合、ライフキャリアがワークキャリアに非常に大きな影響を及ぼします。従って、ライフキャリアとのバランスを図りながらどのようにキャリアを形成していくのかがポイントになっており、そのためのサポートができる仕組みを整備していくことが必要となるでしょう。また、女性人材の活用の課題として、ワーキングマザーへの継続教育が不十分である点が挙げられ、インターネットの分野においては、こうした継続教育にももっと貢献できる点があるのではないかと思っています。ただし、こうした女性への対応は、単に女性優遇ではなく男性も活用できるもので、かつ持続可能性のある仕組みでなければならないと思っています。
視点4 AIの観点
中島 秀之
(東京大学/公立はこだて未来大学)
知能とは、情報が不足した状況でも上手く機能する能力だと考えています。そういった視点に立つと、自分で情報をすべて取り込んでコントロールするのではなく、環境に計算させるという考え方が大事であり、AIもこうした構造にシフトしていると思います。
環境に計算させるにあたっては、データを入力して計算させるボトムアップ(入力主導)だけでは難しく、予期して計算させるトップダウン(予期主導)が大事になってきます。機械学習はボトムアップがほとんどでしたが、Deep Learningの登場により、暗黙知をAIに組み込むことが可能となり、AIがトップダウンに向かう契機となりました。
情報社会(Society4.0)は、農耕社会(Society2.0)や工業社会(Society3.0)に次ぐ、世の中の仕組みを根本的に変えるような世界観の革新であると思います。そして、この次の世界観にAI (Society5.0)が登場すると言われています。Society4.0 (インターネットの時代)もSociety5.0 (AIの時代)も情報技術が関係してきますが、情報技術には情報通信と情報処理という二つの側面があると考えており、インターネットは情報通信の側面を担う一方、AIは情報処理という役割を今後担っていくのだと思います。
繰り返しになりますが、Deep learningはAIの一分野であり、暗黙知の扱いが可能になったことによって、AIの分野は大きく進歩し、これからの社会を変える技術になると思います。情報革命によりインターネットが情報の流れに関して時間と距離を縮めてくれましたが、次はAIによってモノの流れに関して効率化を図り、モノの移動の時間と距離も縮めていければと思っています。
視点5 社会的観点
岡村 久道
(弁護士法人 英知法律事務所)
今の世界がどこから来たのかを考えることが、今どこにいるのかの立ち位置確認につながり、そして今の位置を知ることが、未来を考えるスタート地点と言えるのではないでしょうか。我々が追いかけてきた世界はホストコンピュータ時代からダウンサイジングが始まり、端末機器の面ではPCからスマホ、ネットワークの面ではクライアントサーバ時代、クラウド時代、そしてIoTの時代へと進んできましたが、それぞれの環境が変化する間にはそれぞれの壁がありました。
IoTの次に何が出てくるかを考えると、エッジコンピューティングやフォグコンピューティングという技術があり、さらにブロックチェーンやシェアリングエコノミーをどうとらえるのかという話が出てきています。そして、それを阻む壁として、セキュリティやレスポンスのリアルタイム性問題、またプライバシーやデータロックイン等の問題があるようです。モノには2面性があり、技術の進歩や新しい技術の利用には常に多くの課題が伴います。技術革新に伴う現在のような激しい動きがある環境下でも、法律の改正やガイドラインも多く示されており、果たして事業者がどれだけ対応できるのかは未知数です。
また今後は、知的財産権に関しての問題が大きくなるのではないかと思います。今までは人間の精神活動の成果をカバーするために設計されていましたが、AIが登場し、今後自律の方向に進んでいくと、誰がどの権利を取得するのかというのが課題となってきます。加えて、法的責任にも大きな問題が出てくると思います。自動運転を例に取ると、いろいろな原因から起こる事故に関して、どう切り分けて誰がどのように責任を負うのか、レベルごとに整備しなければなりません。さらに、道徳/哲学的に解決不能な問題もあります。
このように考えれば考えるほど新たな問題が出てくる現在ですが、我々の世代は課題を投げかけるとともに、次の世代の人たちにもこうした課題について考えてもらう必要があると思います。
視点6 人材育成の観点
曽根 秀昭
(東北大学 サイバーサイエンスセンター)
私からは、皆さまにとって今後の人材育成を考える契機となればと、現在我々が進めているセキュリティ人材の育成のための施策である「SecCap」を紹介します。
SecCapは文部科学省の人材事業であるenPITのセキュリティ分野を担う活動です。
セキュリティ人材はエキスパートと呼ばれる方々もいますが、SecCapではセキュリティ人材の裾野を広げるためにエキスパートでなくても、何か問題が発生した際に見極めができるような人を育て、ひいてはセキュリティに関する知識が一般市民にも広がることを目的としています。実践セキュリティ人材の輩出が一番の目的となりますが、技術面だけではなく、管理面での判断もできる人材を育てたいと思い、設計しています。そのために、大学院にさまざまなカリキュラム、幅のあるコースを準備しており、基礎的な科目があり、その後に演習科目を履修し、先進科目を学んでいただくという流れとなっています。履修を終えた学生には、修了認定を行っています。
学生数も右肩上がりで、女性の比率も徐々に上昇し、企業にも認知が進んできています。また、SecCapにおける活動は、教授同士も他の授業を見学する等して演習の方法を学んでいます。
そして今年度から、大学学部でもこの試みを実施します。一般技術者として必要となる共通的なセキュリティ対策技術の基礎知識を、またエキスパートをめざす学生には、技術者・研究者として修めるべき専門知識と実践的演習を履修できるように、さまざまなカリキュラムを準備しています。こうした取り組みによって、インターネット業界で全体的な懸案となっている、「情報セキュリティ人材育成」の課題が解決できる糸口ができると、明るい未来が見えてくるのではないでしょうか。
視点7 アプリケーションの観点
藤川 真一
(BASE株式会社 取締役CTO)
現代は、ネットを通じて誰でもモノやサービスの取り引きができる世界となりました。我々のビジネスは、スマートフォン前提の世代向け、つまりHTMLやセキュリティをことさらに意識しない、ごく一般の方たちに向けた、ネットショップ作成サービスを展開しています。こうしたビジネスを展開する中で、日常のリスクを観察していくと、日本人同士での取り引きでは、多少のもめ事は起こるものの、大きな事件は起きていないように感じており、外国との取り引きの方が、リスクが高いように思います。
その他、アプリケーションレイヤーでは、出会い系サイトによる詐欺等、さまざまな問題が起こっています。こういった問題があるのは、インターネット上のリスクがあまり知られていないからであり、情報の非対称性がある中でWebのサービスをどう信用していくかという課題は解決されていないのが実情だと思います。しかしながら、インターネット前提社会のミレニアム世代が、信用やリスクに対する意識や知識を十分にまだ持ち合わせていないとしても、彼らには新しいことに挑戦していく気概があり、彼らが考えていることは重要だと思っています。
別の話では、Webの常時SSL化やIPv6への対応も視野に入っています。これはアプリの世界ではApple社が主導しているところでもあり、特にSSLについては、インターネット前提社会においては、多少乱暴でもこうした対応が求められていくのかもしれません。また、ポケモンGOに代表されるようにコンテンツとロケーションビジネスに関しては、今後面白いのではないかと考えています。
最後に、Google検索エンジンの限界と炎上という点についてお話したいと思います。つい先日、とあるキュレーションサイトに関する報道があり、実際にサイトが閉鎖されるという事件がありました。問題のコアはSEOにあったのではないかと思います。検索エンジンはプロの書いた記事かどうかを判断できず、検索の上位に問題のある記事が掲載されていました。こうした問題のある記事を発見した人間が、自身のブログ等により、誤りを指摘し続け、それが他にも波及し、結果的に炎上し、人間がこの問題を鎮火させたように思えました。インターネットにおける炎上は、報道でも取り上げられるようになり、企業も無視できない時代となっています。これは、情報発信力のある個人が力を持ってきたということでもあり、インターネットを使う人たちを味方につけることが、今後重要になってくるのではないかと思います。
視点8 災害復旧の観点
辻井 高浩
(奈良先端科学技術大学院大学)
奈良先端科学技術大学院大学(以下、NAIST)では災害対策の一環として、三つの取り組みを実施してきました。
一つ目は沖縄科学技術大学院大学(以下、OIST)との相互データバックアップです。NAISTとOIST間で、データ保全のため公開情報データの相互バックアップを実施しました。NAIST側の機器は非常用発電機および免震システムを備えたコンテナサーバルームに収容しております。
二つ目は内閣府主催の首都直下型地震を想定した防災訓練です。災害派遣医療チーム(DMAT)から依頼を受け、内閣府主催の首都直下地震を想定した防災訓練に参加いたしました。災害時においてDMATでは、災害時の被害状況のポータルサイトとなっているEMISというシステムに繋ぐことが必須となっており、ここで患者の容態や病院の状況等の入力や閲覧を行い、さまざまな判断を行っていきます。この防災訓練における我々の役割は、DMATが活動する護衛艦いずも内にインターネット環境を提供することでした。自衛隊の規則により護衛艦内でインターネットに接続できる部屋と端末が限定されているため、いつでもどこでもインターネット回線を提供できる衛星地球局を車載したシステムを利用し目的を実現できました。このシステムは専門家がいなくてもすぐインターネットに繋ぐことができ、電源は車から得ることができる仕様となっています。
三つ目は熊本地震対応です。我々は、平常時から、災害時にすぐに衛星を利用したインターネットを使えるよう、企業や病院等と協力して研究を行っています。熊本地震が起きた際には、協力先の病院から依頼があり、主にデータ取得を目的として、熊本へと向かいました。しかしながら、その道中に熊本地震の本震が発生し、DMATより正式の依頼を受け、熊本地震で被害に遭われた方々への支援を行うため、特に被害の大きかった阿蘇に向かいました。ここでは車を使ったインターネットを提供し、主に避難所へのWi-Fiサービス、救護班へのIP電話提供を行ってまいりました。
これらの取り組みを通じて、平常時の端末が緊急時にも使えるということおよび衛星回線の狭帯域を考慮することが重要であることを痛感し、これらの研究を推進し、問題を解決したシステムを構築した上で、DMATにおける情報共有/引き継ぎのシステム開発・研究が必要になってくるのだという認識に至りました。
各講演の後、それぞれのパネリストより一言ずつ程度、お互いの分野における課題等について、自分の立場からどのように考えるのか等のコメントがありました。最後のディスカッションに多くの時間は取れませんでしたが、インターネットのこれからについて、我々がきちんと向き合ったら向き合っただけ、我々の暮らしがこれからも、より豊かになっていくのではないかと感じました。インターネットは社会を支えるものになり、我々の生活を支えていますが、どうしたら安心して使い続けられるか、参加者にとってこれからも考えていく良いきっかけになったのではないかと思います。
(JPNIC総務部 手島聖太)
インターネットが、今後どのように人の暮らしを支え、幸せにしていくかという話をしたいと考え、このパネルディスカッションを企画しました。
そのための根本に、インターネットの質を上げるにはどのようにしたら良いのか、といった問いがあると思います。インターネット前提社会において、人間の知覚は大きく拡大してきましたが、一方で課題も増えました。インターネットの質を上げることは、その課題解決に道筋をつけ、人の暮らしを支えるための大きな助けにつながります。
また、そうした課題に接しながら技術者は反省を繰り返し、いい技術を作っていくことが大事なように思っています。さらに、インターネットを取り巻くステークホルダーも、政府、産業界および学術系と、それぞれが真の意味で機能していかなければなりません。インターネットの要素は技術だけではないので、人材に関することや社会、法制度にも視野を拡げて考えていければならないのではないかと思います。今回はさまざまなお立場、そして各分野の第一人者である7名のパネリストの方にお集まりいただきました。参加者の皆さまにとって今後のインターネットと暮らしの質の向上へのヒントとなればと思います。