ニュースレターNo.71/2019年3月発行
Empowered Communityとは
1 はじめに
2016年10月1日(土)、ICANNは創設以来米国商務省との間で結んでいたIANA契約を満了し、 この契約に基づいて米国商務省が持っていたIANA業務に関する監督権限が、 グローバルなマルチステークホルダーコミュニティに移管されました。 いわゆるIANA監督権限移管です。 IANA監督権限の移管に関しては、 2016年11月に発行したJPNICニュースレターNo.64に詳しく解説していますので、 そちらも併せてご覧ください※1。
コミュニティ自治体制とも言える新たな監督機構は、規則群、 体制ともにこのIANA監督権限の移管が行われる前に準備が整っており、 IANA契約の満了と同時に発効しました。 ICANNでは、新たな監督機構に向けてIANA機能担当部局を切り離し、 Public Technical Identifiers (PTI)という別法人を設立していました。 これは、ドメイン名の方針策定コミュニティとしてのICANNと、 IANAに関する契約関係を明確にするためで、 IANA機能運営のすべてをPTIに委ねるということではありません。 IPアドレスやプロトコルパラメータに関するIANA機能の提供は、 ICANNとの契約に基づいて行われることになっていますので、 ICANNは引き続き、PTI社の唯一の会員として、 IANA機能に対するコントロールを保持しています。
このIANA監督権限移管に関する一連の議論の中で、 IANA機能の運営について非常に大きな影響力を持つICANNに関して、 より堅牢な説明責任機構が必要だとの声が挙がりました。 それを受けてICANNでは、IANA機能に関する移管後体制の検討に加えて、 ICANN自体の説明責任機構の強化策も検討、準備され、 IANA契約満了とともに発効しました。 この説明責任機構強化策の中心を占めるのが、 本稿で説明するEmpowered Community (EC)です。
2 Empowered Communityの考え方
IANA監督権限移管に至る議論の中で、 ICANNの説明責任機構のうちで最も問題視されたのが、 理事会の強大な権能でした。 監督権限移管までのICANNでは、 理事会はICANNの事業に関する最終的な決定権を握っていました。 この理事会の決定に不服がある場合には、 コミュニティは理事会に対して再検討要求(Reconsideration Request)を行って決定の再考を促すか、 独立審査パネル(Independent Review Panel)に対して理事会の決定が適切であるか審査を要求し、 パネルが不適切であると判断した場合には、 それに基づいて理事会に決定を是正するよう働きかけることができるだけでした。
一般的な非営利法人でよく見られるのは、 非営利法人を構成する会員が総会などで理事を選任し、 理事によって構成される理事会に日常的な事業執行を委ねるというものです。 その一方、予算や事業計画など、 重要な事項に関しては会員総会の議決をもって行うとともに、 不適切な判断を行う理事を罷免するなど、 理事会の業務執行を監視・牽制する体制です。 しかしICANNでは、設立からIANA監督権限移管まで、 会員に当たるものを定義したことがありませんでした。
ECを設けた目的を一言で表すなら、 会員総会に当たるような、 理事会に優越する権限を持つ会議体を新設することで、 理事会の事業執行に対してチェックアンドバランスを利かせることだと言うことができます。 ただし、ICANNから提供されるサービス、 ICANNに関与するプレイヤーは多種多様で、設立以降15年以上にわたって、 会員を定義していなかったことからうかがえるように、 一般的な非営利法人のように均質な会員を定義することは難しく、 それを工夫した結果がECという機構です。
3 Empowered Communityの組織構成
Empowered Communityは、直訳すると「権限付与されたコミュニティ」となります。 現在ECを構成するのは、 分野別ドメイン名支持組織(Generic Names Supporting Organization, GNSO)、国コードドメイン名支持組織(Country-Code Names Supporting Organization, ccNSO)、アドレス支持組織(Address Supporting Organization, ASO)の三つの支持組織、および、 At-Large諮問委員会(At-Large Advisory Committee, ALAC)、 政府諮問委員会(Governmental Advisory Committee, GAC)の5者です。
ECを構成する組織は、「決定権を持つ参加者(Decisional Participants, DPs)」と呼ばれます。 DPは、支持組織や諮問委員会として、 日頃ICANNのさまざまなポリシーの検討を行っていますが、 ポリシーの具申や助言といった既存の役割に加えて、 ICANNの経営に対する権限が付与される、ということです。 各DPではそれぞれの内部プロセスを、 ECへの付議事項に対する意思決定を行えるように整えています。 ECには、各DPからの代表者によって構成される、 Empowered Community Administration (ECA)が設置され、 ECが意思決定を行うにあたって必要となる事務手続きを遂行しています。
ICANN付属定款では、第6章にECに関する規定があります※2。 付属定款第6章は、そのままECの会則を構成し、 この会則によって設立された非営利任意団体(法人化されない社団)としてカリフォルニア州法に基づき登記され、 認知されています。 これによって付与される権限により、 ICANNに対する権能を行使することを可能としています。
4 Empowered Communityの九つの権限
4-1 付属定款の基本的条項
- CEO以外のICANN理事の指名および罷免
- ICANN理事会の解散
- ICANNおよびIANAの予算、ICANNの事業計画、戦略計画の拒否
- 付属定款の標準条項に関する改定の拒否
- 付属定款の基本的条項および基本定款の改定、および資産売却の承認
- PTIのガバナンス決議事項の拒否
- IANA機能レビュー(IANA Naming Function Review, IFR)勧告決定、 特別IFR勧告決定、IANA分離に関するコミュニティ横断作業部会(Separation Cross-Community Working Group, SCWG)の編成決定、 およびSCWG勧告決定に関する、拒否の再考をICANN理事会に求めること
- コミュニティ再検討要求、調停、コミュニティ独立審査プロセスの開始
- 上記の権限に係る検査、調査
目新しい用語もありますので、説明を加えていきます。
ECの権能を定めていくに当たって、付属定款に定められる内容の中でも、 特に重要な条項の改定に関してはEC自身が承認し、 それ以外に関しては理事会の決定に対する拒否権を設定するという方針となりました。 この特に重要な条項を、 付属定款の基本的条項(Fundamental Bylaws)と名付けました。 基本的条項は、付属定款第25章2項に明示的に定められています。
4-2 PTIのガバナンス決議事項
PTIのガバナンス決議事項とは、PTIの唯一の会員であるICANNが定める、 PTI社の経営上の決定事項であり、基本定款、付属定款の変更、 役員の任免などを含みます。 ICANN付属定款の第16章2項に定められています。
4-3 IANA機能レビュー
IANA機能レビュー(IFR)は、IANA監督権限移管で新たに付け加わったプロセスです。 IFRは正確にはIANA Naming Function Reviewと呼ばれ、 ドメイン名に関するIANA機能に限定されています。 移管に合わせて2016年10月1日に発効したICANN付属定款では、 IFRを5年に1度以上の頻度で実施することが定められ、 IANA機能のパフォーマンスを評価して、必要であれば、 IFR勧告(IFR Recommendation)を発して、PTIとの契約改定などの対応を行います。 定期的なIFR以外に、特に必要な場合に臨時で行うIFRが、 特別IFR (Special IFR)です。 IFRに関しては、ICANN付属定款の第18章に定められています。
4-4 IANA分離
PTIがドメイン名に関する機能を満足に提供できないと判断される場合には、 IANAドメイン名機能をPTI以外の事業者に委託することも想定に入っており、 これをIANA分離(IANA Separation)と呼びます。 IANA分離を検討する際に召集されるのが、 IANA分離に関するコミュニティ横断作業部会(SCWG)です。 IANA分離に関しては、ICANN付属定款の第19章に定められています。
4-5 コミュニティ再検討要求、調停、コミュニティ独立審査プロセス
理事会はECの決定に従うことが求められているわけですが、 理事会がECの決定に従わない場合も想定されており、 この解決をめざすプロセスが定められています。 これが、コミュニティ再検討要求(Community Reconsideration Request)、調停(mediation)、コミュニティ独立審査プロセス(Community Independent Review Process, コミュニティIRP)です。
5 Empowered Communityの機構とプロセス
ECの九つの権能は、次の四つに大別することができます。
- 理事会の構成に関するもの 1 2
- ECが承認を行うもの:承認決議事項(Approval Actions) 5
- 理事会の決定をECが拒否するもの:拒否決議事項(Rejection Actions) 3 4 6 7
- EC決議の理事会による拒絶、不履行に関する是正手続き 8
これらの詳細は、ICANN付属定款・付属書類Dに定められています。 ここでは、承認決議事項である付属定款基本的条項の変更を例に、 その概略をご紹介します。
- 付属定款基本的条項の変更に関する理事会の決議がなされたら、速やかに公開され、ECに決議が告知される
- ECAの判断に基づいて「承認決議事項コミュニティフォーラム」を開催。理事会決議の告知から30日間がフォーラム期間と定義され、オンサイトあるいはオンラインのセッションが開催される。フォーラムはDPsだけでなくオープンに開催されるが、意見聴取が目的であり、意思決定機関ではない。
- フォーラム期間満了後21日間が「承認決議事項決定期間」と定義され、この期間にDPは、支持、反対、棄権のいずれかを決し、表明する。
- DP5者のうち、賛成3者以上、反対1者以内の場合に承認が確定
拒否決議事項の場合、上のプロセスを基調としますが、 理事会告知後21日間の「請願期間」のうちにDPから拒否決議事項の請願があった場合に、 ECとしての検討プロセスが始動します。 拒否決議の成立は、決議事項種別により異なります。
理事会の構成に関する決議は、 拒否決議事項と同様に請願によってプロセスが始動しますが、 DPから選任された理事に関しては、他のDPからの請願はできません。
EC決議の理事会による拒絶、不履行に関するものは、 任意のDPによる要請によって調停を開始することができ、 調停プロセスで解決できなかったものに関しては、 コミュニティIRPを開始できます。 これ以外に、コミュニティ再検討を請願することも、 任意のDPに認められています。
いずれのプロセスにも、コミュニティフォーラムが定義され、 オープンに意見を聴く機会を設けることができるようになっています。
このECによるプロセスの追加によって、 ICANNの事業運営プロセスにも調整が必要となりました。 予算、事業計画、戦略計画は、毎年必ず決定されるものですが、 これまでは理事会が承認すれば成立したところ、新たなプロセスでは、 ECによる拒否決議がなされないことが確認されなければ、 成立しないことになりました。 つまり、拒否決議事項の請願が提出されない場合にも、 理事会決議告知から21日間の請願期間満了を待つ必要がありますので、 その分早めに進めるように、予算、事業計画、 戦略計画の策定プロセスが変更されました。 また各DPにおいても、 新たにECのプロセスに対する意思決定が必要となりましたので、 それぞれの内部プロセスの整備が行われています。
6 最後に
ECを含めた、ICANNの組織構成を図1にまとめました。 ICANNは法人としての事務局、法人の業務執行を担う理事会とともに、 リソースごとの三つの支持組織(SO)と、四つの諮問委員会(AC)という、 コミュニティによる会議体が存在しています。 理事会には、三つのSO、ALACからの選出と、SO、 ACなどからの委員からなる指名委員会(Nomination Committee, NomCom)選出の議決権を持つ理事がいます。 また、それ加えて事務局を統括し、理事会でも議決権を持つ事務総長と、 三つのACとIETFからのリエゾンメンバーによって、理事会を構成し、 ICANNの事業執行を担っています。 理事会の事業執行に関しては、五つのSO、ACが参加するECが、 理事会に優越する権限を持って事業執行をチェックします。 理事会とECは、 どちらもICANNに関与するコミュニティの参画によって成り立っており、 民主的な運営と権限のバランスを実現している、ということです。
IANA監督権限移管に伴って付属定款が変更されてから、 もう2年が経過しています。 ECの創設によって追加された機構やプロセスは、 既に円滑に動いていると言えます。 2017年8月に開催した第49回ICANN報告会では、 筆者の定例報告である「ICANN理事からの報告」において、 ECに関する詳細な説明を、 具体例を交えながら行いましたので※3、 こちらもぜひご参照ください。 また、ICANNではECのWebページを設けて※4、 情報開示に努めています。
(JPNICインターネット推進部 前村昌紀)