ニュースレターNo.75/2020年8月発行
INTERNET ♥ YOU No.10
さくらインターネット株式会社 山下 健一さん
さくらインターネット株式会社で、 インターネット上での迷惑行為や不正行為にあたるAbuseに関する業務に従事している山下健一(やましたけんいち)さんにお話を伺いました。 クラウドサービス事業者やISP事業者のAbuse担当者が集まるコミュニティで精力的に活動され、 業務で得た知識や経験を発揮されていらっしゃいます。 大学時代は、映像を学ばれていたという山下さんに、 インターネットの業界に進まれた理由や、 業務での目標とされていることなどを語っていただきました。
山下さんがインターネットに興味を持ったきっかけ
1990年代後半に、ISPのテレビCMを見て、インターネットを知りました。 私は読書が好きで、高校生の頃は、歴史・哲学・宗教など、 文系と言われるジャンルの本をたくさん読んでおり、この影響で、 人に何かを伝える表現活動に関心を持ちました。 一方で、私が好むような本を周りの人は読んでいないことを疑問に感じ、 今の時代は活字よりも映像が流行ると考えて、大学では映像を学ぶことにしました。
大学に入って、インターネットを使うことはありましたが、 興味を持ったのはLinuxの方でした。 Linuxは、ITが好きな学生寮の先輩に教えてもらいました。 当時は、アナログの記録媒体がデジタルに移り変わる頃で、 自分たちでサーバを立てれば情報発信ができるのではと考え、 10BASE-Tの回線を学生寮に引いたのです。 そして、Linuxの設定を進めるわけですが、 そのLinux自体がインターネットに繋がっていないので、 大学でLinuxの設定情報などを大量にプリントアウトし、 持って帰って設定しました。 ネットワークを組んで制作物を共有したり、 チャットを使えるようにしたりしました。 苦労しましたが、 インターネットのインフラの多くがLinuxで作られていることを知ることができ、 わくわくしました。
これまでのキャリアについて
学業や自分の興味に一番近い業界は出版だと思っていたのですが、 業界の将来性に疑問がありました。 一方で、サーバを立てることは嫌いではなかったので、 仕事にするのは悪くないと感じ、IT業界への就職をめざすことにしました。 ただ、大学で専門的に学んだわけでないため、採用のあてはありません。 IT業界と言っても漠然としたイメージで、自分が務まる職種が見通せておらず、 就職には苦労しました。 そんな中、同じ学生寮で、さくらインターネットに入社した人から、 新しいデータセンターの夜間保守業務に誘ってもらい入社しました。 さくらインターネットでの業務は、自分にマッチしていたと思います。
入社当時は、専用サーバがよく売れており、新規のサーバ設定や保守と、 顧客対応を担当しました。 続いて、アプライアンス機器の構築代行と設置に携わり、 その後テクニカルサポートの社内教育を担当しました。 この頃から、クラウドサービスの時代になり、2010年には「さくらのVPS」が始まり、 初期の監視運用を5年ほど担当しました。 VPSを提供してわかったのは、なぜかVPSはDDoSを受ける、 お客様がクラッキングされて踏み台になる、 海外からの不審な申し込みがあるといったことです。 このような流れで、セキュリティインシデントや、 サイバー犯罪にどう対応するかといった、Abuseの業務に取り組むようになりました。 Abuse業務は、セキュリティに関する事象だけでなく、権利侵害や民事紛争、 法令に基づく差し押さえも扱います。 自分の役割は、サービス開発や企画、法務など部署にとらわれない繋がりが必要ですし、 社外の人との渉外もあります。 何でもやれないといけません。
Abuse関連コミュニティでの活動について
弊社が一般社団法人日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA)の会員で、 そこでの活動に一般社団法人JPCERTコーディネーションセンター(JPCERT/CC)の方が情報共有に来ていただいたことがきっかけになり、 Abuseのコミュニティへ誘ってもらいました。 JAIPAでは、クラウド部会や行政法律部会などに参加し、Abuseに関する情報収集とともに、 弊社の情報共有を行っています。
コミュニティ活動のモチベーションは二つあります。 一つ目は、Abuse対応の業務が、社会の健全な発展に寄与することです。 ICTによる社会の発展は、これからも続いていくと思います。 しかし、社会の発展はよいことばかりではなく、課題が伴います。 例えば、工業化による社会の発展には、 公害が発生してしまったという負の側面がありました。 同様に、ICTによる情報流通や産業の発展の一方で、 インターネット上にデマや権利侵害の情報が流れるといった、負の側面が存在しています。 Abuse対応の業務は、この負の側面を未然に防いだり、 解決したりする役割を担っており、社会の健全な発展に繋がっていると考えています。 巡り巡って、弊社の事業が拡大していくことにも繋がります。
もう一つは、Abuse対応という仕事を、広く知ってもらいたいということです。 Abuseに関連する問題は、インターネットの業界でも社会的にも知られていません。 多くの人にAbuseのことを知ってもらい、ネットリテラシーを持って行動してもらいたいし、 Abuse対応に従事している人の支援もしてもらいたいです。 その一方で、このような私の希望が、わがままになってしまわないように、 外部からの意見をいただく必要があります。 そのためには、対外的な情報発信を行っていかなければいけないと思います。
今後の目標について
コミュニティ活動を続けていくことと、Abuseの現場に近い役割であり続けることが目標です。 Abuse対応に関する情報や、適切な対応事例は、 同業他社の担当者に聞くのが一番有効なので、コミュニティ活動は役立ちます。 一方で、自分が現場の仕事をしていなければ、最新動向や傾向がわからなくなってしまい、 Abuse関連コミュニティとの利害関係がなくなってしまうからです。
最近気になっていることについて
Abuse対応の担当者が、 うまくコミュニティ活動に参加できていないのではないかと感じます。 それは、担当者の中で、普段のAbuseの業務と、 コミュニティ活動の位置づけを整理できていないからかもしれません。 事業者が、Abuse対応を純粋なコストと考えていることや、 ユーザサポート業務と違い、あまり注力していないことも関係していると思います。 コミュニティ活動を通じてAbuseに関する情報を対外的に発信していくことで、 より多くの事業者にAbuse対応の重要さを理解してもらい、 コミュニティ活動の活性化にも繋げていきたいと思います。
山下さんの趣味について
読書と音楽を聴くことはずっと好きですが、 趣味らしい趣味に乏しくなってしまいました。 読書について言うと、学生の頃、ストーリー制作の勉強のために、 サイバーパンクというSFジャンルを好んで読んでいたのですが、 そこでインターネットに関連する話に興味を持ったことがありました。 音楽のジャンルはさまざまですが、強いて挙げれば現代的なクラシックが好きです。 ITっぽい話をすると、「IBM 1401 A U SER'S M ANUAL」というアルバムがあります。 IBM 1401というコンピューターが発する音にインスパイアされ、 他のストリングスを組み合わせて作られたクラシックだそうです。
大学時代にいろいろなジャンルの芸術を浴びた影響か、 ニッチなものを好むようになりました。 エンジニアの仕事もそうだと思いますが、 自分の好きなものにのめり込んでしまいます。
最後にインターネットに対する愛情のこもったメッセージをお願いします!
インターネット関係の人は、コスモポリタン的な発想の人が多いと感じますし、 自分もコスモポリタンの考え方に親しみがあります。 初期の頃にインターネットに感じた印象は、市民社会のようだというか、 権力に対する自由を守る重要なインフラというものです。 インターネットは、利用する人みんなで、 守って育てていかないといけないものだと考えています。 自分が社会人として、大人として、未来という時代を残す人として、 今のインターネットの自由、社会の自由へのコミットをしたい。 また、そういう風に考えてくれる人が多いと良いなと思っています。