ニュースレターNo.80/2022年3月発行
すべてが繋がっていくデジタル時代の研究環境
- ヒト、モノ、データ、技術が繋がっていく社会をめざして-
JPNIC評議委員 江口 尚
私が所属する国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下、 「農研機構」)は、1893年(明治26年)に設立された農商務省農事試験場を起源とし、 農業と食品産業の基礎から応用まで幅広い研究開発を担う我が国最大の農業研究機関です。 4年前の2018年からは、農業情報研究センターを発足させ、 農業・食品分野における「Society 5.0」(フィジカル空間とサイバー空間を高度に融合させることで経済発展と社会的課題の解決を両立した人間中心の社会)の実現に向けた研究開発を加速させています。
私も上記センターの一員として4年間、 AI研究用スーパーコンピュータ「紫峰」をはじめとする、 農研機構のさまざまな研究開発用ICT基盤の設計・構築に取り組んできました。 「紫峰」の設計について少し説明しますと、一般的にスパコンはCPU、メモリ、 実行時間等の資源を各計算処理に効率よく配分するため、 スケジューラを利用してバッチ型処理を行います。 しかし「紫峰」ではGPU (NVIDIA V100)を8基搭載した計算ノード16台のうち、 フロントに10台配置して、 利用者はシステムの負荷状況を見ながら比較的空いているノードを自由に選択してloginし、 Ubuntu上での操作やWebブラウザ等のGUIを使いながら対話的に利用する方式としています (なお、バックエンドの6台はスケジューラ管理型です)。 これは計算資源の利用効率が多少犠牲になっても、 パソコンのように容易に使える操作性を提供し、 農業系研究者がさまざまな場面で利活用できるように、と割り切ったことによります。 深層学習等のモデルは試行錯誤を繰り返しながら作成することも多く、 計算時間や資源配分を気にせずに済む対話形式の操作の方が、 開発効率が良いと考えています。
自由度が高いスパコンの維持には、 これまでにない新たなセキュリティ対策を施すことも必要となりました。 しかし、さまざまな他システムとの繋がりとこれまでになかった利用の広がりが生まれ、 核磁気共鳴装置(NMR)から出力されるデータをリアルタイムでスパコンと共有して解析することや、 他の分析・診断システムからAPIを介してAI判定を行うことができるようになっています。 また、試験圃場のIoT等の計測機器類や、人工気象器等の実験施設と繋げて、 実験フィールドから得られた栽培・育種データをAI解析できる基盤の構築も進めています。 さらに、ここで得られた情報は、 農研機構のすべての研究データを集約する統合データベース(NARO Linked DB)に蓄積されていきます。 統合DBを介して幅広い農業・食品分野の研究データが相互に繋がり、 情報の新たな価値が見いだされていくこととなります。
このようにシステム、そしてデータを繋げていくにあたっては、 最初にどのようなICT基盤を整えていけばよいかを研究者と一緒に検討します。 このとき「我が儘でいいから、 やりたいことを言ってみてください」とお伝えした上で、 限られた予算の中で実現可能なことを探り、 最適なICT基盤とセキュリティ対策等を考えていきます。 また、新たな研究をサポートするには、 柔軟な発想で基盤を運用していく必要もあり、スパコン、DB、 ネットワーク等さまざまなICT基盤の全体を俯瞰して繋げていくマネジメントだけでなく、 安定運用の継続に必要な最終形態をイメージすることが重要になります。 これらの検討には研究者だけでなく、 新しいことに柔軟に挑戦いただけるさまざまな技術者との人の繋がりが不可欠です。 そこにはノウハウを共有することでの技術の繋がりがあり、 皆で面白いシステムを作っていく楽しさがあります。
思い起こすと、私がインターネットに携わったのは1992年からです。 当時はLAN、ルータ、メール、 DNS等の設定からUnixベースの各種サーバの設計・構築等まで、 誰もが何にでも対応しなければならない時代でした。 ネットワークやシステムを構築する上での文献も非常に少なく、 試行錯誤を繰り返しながら構築を行いましたが、 助けとなったのはやはりインターネットを介した、 技術を持った方々との繋がりと交流でした。 特に、JNIC/JPNICからの情報は貴重なものでした。 JPNICは日本のインターネット黎明期から今日まで、 インターネット技術の普及だけでなくインターネットに携わる方々の繋がりを担う要として活動されてきています。 JPNICのWebサイトに蓄積・公開されている情報は、 日本のインターネットの発展を記すものであり、 歴史的に価値のある情報もさることながら、 良質で読みやすくインターネット全般を網羅した情報の宝庫です。 インターネットの急激な発展に伴い、 さまざまな技術が生まれ専門分野も細分化された現在、 そのすべての技術を網羅して習得することは困難な時代になっています。 しかし、これに携わる技術者において、 全般を俯瞰した上でネットワークや各種システムを繋げていくことの重要性は、 今も変わりません。 若い技術者の皆様には、 ご自身の専門分野だけでなくJPNICが提供するさまざまな情報を活用しながら幅広く技術を身につけていかれることを願っています。
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構基盤技術研究本部農業情報研究センターデータ研究推進室専門職。 1989年より農林水産研究情報総合センターにおいて、 MAFFIN(農林水産省研究ネットワーク)および各種研究基盤系システムの企画・設計・構築に従事。 筑波研究学園都市の大学・研究機関を接続するつくばWAN(第2期、 2007年)を設計・構築。 2018年より農研機構において研究開発用の各種ICT基盤の設計・構築を担当。 2016年よりJPNIC評議委員。