ニュースレターNo.81/2022年7月発行
民事裁判のIT化
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 弁護士 井上 葵
民事裁判手続のIT化に向けて、改正民事訴訟法が2022年5月25日に公布されました。 この新法は2025年度までの間に段階的に施行される予定となっています。 これによって、日本の民事裁判実務は順次、 インターネットを活用した形に様変わりしていくことになります。
日本の民事裁判手続は、諸外国と比較してもIT化が遅れていると指摘されていました。 例えば、世界銀行の報告書“Doing Business(ビジネス環境の現状)”におけるランキングでは、 日本はOECD各国の中で、電力事情と破綻処理を除いて総じて低い評価となっており、 契約執行の項目では「裁判手続の質の指標」において特に「事件管理」、 「裁判の自動化」のスコアが低い状況が続きました。
私自身は2004年に司法修習を終えて弁護士登録をして以来、 民事裁判事件における当事者の訴訟代理人として業務に携わってきましたが、 例えば訴状は印刷した書類として裁判所に提出する必要がありますし、 準備書面や証拠書類もその都度印刷して郵送や手渡しで提出するか、 ファクシミリで送信して提出しています。 裁判所の担当部・担当書記官からの事務連絡も基本的に電話かファクシミリを通じてなされます。 このような実務は、本稿執筆時点でもほとんど変わっていません。 民事裁判の訴訟代理人業務に長年従事するうちに、 これらは至極当然のこととして受け入れてしまっていますが、 社会活動の中で日常的にインターネットを利用している国民一般の目線からすると、 やはりユーザーフレンドリーであるとは言い難いものと思います。
このような状況を変えるべく、 2018年3月30日には内閣官房が設置した「裁判手続等のIT化検討会」が「裁判手続等のIT化に向けた取りまとめ―『3つのe』の実現に向けて―」を取りまとめました。 この「3つのe」というのは、①e提出(裁判書類のオンライン提出等)、 ②e事件管理(訴訟記録への随時オンラインアクセス等)、 ③e法廷(ウェブ会議・テレビ会議の導入・拡大等)の実現を目指すというものです。 これをふまえて、民事裁判手続のIT化に向けた検討が本格化し、 法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会における審議と要綱案の取りまとめ等を経て、 改正法案が国会に提出され、2022年5月18日に可決・成立するに至ったものです。
今回の改正民事訴訟法によって、訴状の提出など、 裁判所に対する申立てはオンラインですることができるようになります。 また当事者に訴訟代理人がいる場合は、オンラインで申し立てることが義務付けられることになります。
そして、訴訟記録は裁判所が電子データとして管理することになり、 当事者はインターネット上でいつでも記録を閲覧し、 ダウンロードすることができるようになります。
さらに、 新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて従前の民事訴訟法の下でも可能な範囲でウェブ会議システム(Microsoft Teams)を利用した手続が実施されるようになってきましたが、 新法では口頭弁論期日など、より多くの手続でウェブ会議を利用できるようになります。 また、新法はウェブ会議システムでの証人尋問の実施要件も緩和しており、 当事者に異議がなく裁判所が相当と認める場合に、 ウェブ会議システムによる証人尋問をすることが可能となります。
民事司法は、国民の権利を実現・擁護するための公共的インフラとして機能することから、 ユーザーとなる国民自身にとってなるべく利用しやすく、 使い勝手の良いものである必要があります。 日本においてインターネットがあらゆる社会活動の基盤となって久しくなった今、 インターネット技術を活用した日本の民事裁判のIT化も、 適正かつ迅速で国民にとって利用しやすい裁判を実現していく上で不可欠な取り組みであると言えます。
また、法改正によって新しい制度・システムが構築されても、 それが適切に機能するかどうかは運用次第という面があります。 新法の施行によってインターネットを活用した効率的な民事裁判手続が適正に実現できるよう、 裁判所とともにユーザーとなる事件関係者が継続して積極的に取り組んでいくことが重要であると考えています。
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 パートナー。 2001年東京大学法学部卒業。 2004年弁護士登録。 2010年コロンビア・ロースクール(LLM)修了、2011年ニューヨーク州弁護士登録。 訴訟・仲裁その他の紛争解決案件を主要な業務分野とする。 一般社団法人日本国際紛争解決センター業務執行理事。 公益社団法人日本仲裁人協会理事。 JPNICにおいてもドメイン名紛争処理方針(DRP)を取り扱うDRP検討委員会の委員長を務めている。