3 まとめ
1999年1月25日
本調査は、 インターネットの登場以前から科学技術分野における情報流通を担ってきた学会と研究室を対象に、 インターネットが急速に普及しつつある現在、 この分野の情報流通にインターネットがどのようにかかわっているかを知るために実施された。
学術分野を対象としたこのような調査はこれまでに実施された例がなく、 この調査を通して貴重なデータが得られ、 学術分野におけるインターネットの利用状況の現状を明らかにすることができた。
3.1 学会におけるインターネット利用の現状と課題
学会では全体としてインターネットの普及率が約40%と低いが (図2-1参照)、 この原因としてコンピュータやLANといった、 インターネットを利用するための情報基盤が十分に整備されていないことを挙げることができよう。 インターネットを利用している学会だけをみれば、 80%以上がWebページを保有しており (図2-7参照)、 インターネットを利用した情報提供が積極的に行われていることがわかる。
アンケート結果に見られるように、郵便、電話、 FAXに比べて電子メールの利用はあまり盛んでなく、 会員との連絡の多くに郵便が利用されている(図2-3参照)。 インターネットを利用している学会であっても、 メールアドレスを把握している会員の割合は60%に満たない (図2-5参照)。 電子メール利用上の問題点について、 多くの学会が会員のメールアドレスを全て把握していないため、 一括処理ができないことを挙げている(図2-6)。 電子メールアドレスが無いあるいは把握できていない会員がいると、 FAXや郵送も無くすことはできず、 連絡手段に電子メールを採用しても、 かえって事務の手間が増えてしまう。 その結果、現在は電子メールが会員との連絡手段としてはあまり利用されていないのであろう。
では、学会員はメールアドレスを保有していないのであろうか。 研究者は同時に学会員であることも多い。 研究室に対する調査では、 ほとんどの研究者がメールアドレスを保有しており、 学会員のメールアドレス保有率が低いとは考えにくい。 したがって会員のメールアドレスをどの程度把握するかが、 学会における電子メールの普及を大きく左右すると考えられる。 また、会員との連絡に電子メールを利用することの効用が具体的に認識されれば、 学会事務局でも会員の電子メールアドレスの管理に積極的に取り組むきっかけとなるだろう。 例えば、学会で発行するNews Letterの電子メールでの配布などの試みが期待される。
Webページの運用に際しては人材の不足、 インターネットの利用に際してはノウハウの不足を訴える学会が多い (図2-9および図2-12参照)。 インターネットの普及に伴い、 現在ではWebページ作成代行をはじめ多種多様なサービスが提供されるようになった。 それらの中には、 学会事務局のニーズに応えられるサービスも少なからずあると思われ、 学会が積極的に外注などを活用することを提案したい。 またサービスの提供側には、 学会活動でのインターネット利用を支援するような、 標準的なシステムのパッケージやシステムの構築事例などの紹介を期待したい。
Webページ開設のメリットに関する質問に対して、 開設の効果が確認できないという回答が目立ったが(A.1.6.2参照)、 現在インターネットを利用していない学会にとっても、 利用の効果をいかに評価するかは大きな関心事であろう。 既に接続のための環境がほぼ整備されている研究室とは異なり、 学会ではインターネットを利用するために新たな人材や設備投資が必要となることが多い。 そのため、利用に踏み切るには具体的な効果を評価する必要が生ずる。 現在、インターネットの利用効果については必ずしも定量的な評価方法が確立されておらず、 また評価のための情報が十分提供されているとはいえない。 したがって、インターネットを利用していない学会に対しては、 既にインターネットを利用している学会の情報が参考になるであろう。
例えばWebページのアクセス記録は、 定量的な評価指標となり得る数少ない項目一つであるが、 十分活用されてはいないようである(A.1.6.3参照)。 最近では、無償有償を問わず、 各種のアクセスログデータを活用するためのソフトウェアが提供されるようになり、 またインターネットサービスプロバイダの中にはユーザの Webページの詳細なアクセスログ解析サービスを提供するものもある。 今後、Webページを開設している学会の間で、 これらのソフトウェアやサービスの存在が広く知られ活用されることを望む。 また、 現在Webページを開設していない学会が判断材料として活用できるよう、 解析されたデータが積極的に公表されることを期待したい。
3.2 研究室におけるインターネット利用の現状と課題
研究室ではコンピュータがほぼ100%導入され、 かつLANとインターネットに接続されるなど、 情報基盤は充実している(図2-2参照)。 ただし研究者は利用環境に全く不満がないわけでなく、 より高速な通信を求める声も大きい(図2-12参照)。 共同研究プロジェクトのメンバー間での連絡手段を調査したところ、 既に電子メールが他を大きく引き離して主たる手段となっていることが判明した(図2-4参照)。 60%以上の研究室のインターネット利用歴が3年以上と長いことを考えると、 研究室では電子メールによる連絡が習慣として定着している様子がうかがえる。
電子メールの普及率の高さは、 研究者の活動様式とも関連がありそうである。 すなわち、 時間・場所の自由度が大きい共同研究者と連絡しようとする場合、 居場所や連絡先が特定できない場合も多く、 電話では行き違いになることもある。 このような両者の場所と時間の差を埋めることのできる手段として、 電話よりも電子メールおよびFAXが多用されているのではないかと推察できる。 インターネットの利用歴が長く、 ほとんど100%が電子メールを利用しているなど、 研究室では一見インターネットを十分に活用しているように見える。 しかしWebページの保有率は約54%であり、 メールの活用率に比較したとき、 情報提供では消極的な一面も見られる(図2-8参照)。 Webページの運用面では、 学会の場合と同じく「適当な人材がいない、 不足している」が最も大きな問題点として挙げられている(図2-9参照)。
研究プロジェクトの存在や研究内容といった研究室の基礎的情報のインターネットへの提供に関しては、 約73%の研究室が公開していないというやや意外な結果となった(A.2.6.3参照)。 インターネットを利用すれば、大学の研究活動に関心をもつ一般市民、 子どもたちに対して研究現場の面白さを手軽に提供することができる。 これまで情報提供に消極的であった研究室においては、 インターネットを活用することによって広く一般に研究室の基礎的情報が発信されることを期待したい。
基礎的情報と並んで研究室に期待される情報には、 学会発表論文や実験データなどの研究成果がある。 アンケートではWebページ上での論文公開に対する意向を質問したが、 「全文を公開したい」との回答は約10%であり、 公開するとしても表題・著者名や抄録程度といった限定的なものにとどめたいという回答が約70%を占めた(A.2.6.3)。 研究者がインターネット上に研究成果を公表したくない、 あるいはできない理由としては、 論文の著作権が学会によって管理されているという点、 Webページの情報は引用や改変が容易で、 著作権が保護されないのではないかという危惧、 インターネット上での発表が研究業績として評価されにくいという点など、 いくつか考えられるが、 今回の調査ではそれは明らかにすることができなかった。 これは今後の調査課題として残された。
インターネットを利用した情報取得、 研究者間の交流に関しては、アンケート結果から、 情報交換の頻度や量の増加、学術情報入手の容易化、 共同研究の増加など傾向を読み取ることができた。 このように、研究活動にインターネットを活用することによって、 実質的な成果が得られていることがわかった(A.2.6.1)。 さらに、研究者は学問分野そのものがインターネットの影響を大きく受けているとも感じている(図2-11参照)。 例えばゲノム情報処理のように、 インターネットを利用しないと研究が行えないという学問分野さえ存在する。
研究者の間では既にインターネットは単なる連絡手段としてだけでなく、 研究の実施においても必要不可欠なメディアとなっているということができる(図2-10参照)。
3.3 インターネット関連技術および利用者に望まれること
学会に対するアンケートで明らかになったように、 電子メールの普及の鍵は、 利用者が互いの電子メールアドレスをいかに管理するかにかかっている。 名刺への電子メールアドレスの記載は既に珍しくなくなったが、 さらにあらゆる場面で氏名、住所、 電話番号の基本情報と同程度に電子メールアドレスが交換されるようになれば、 電子メールの普及率は一段と向上するであろう。 利用者に対しては電子メールを日常の連絡に利用しようという機運の高まりを期待したい。
技術面では、組織における電子メールの運用を支援するために、 例えば電話番号、 FAX番号および住所の管理と統合して、 電子メールアドレスを会員データベースとして扱うことができ、 メール、FAX、郵便の送信および印刷を統合的かつ簡単に行えるようなシステムの普及が待たれる。
アンケートでは電子メールへの要求として、 文字以外の情報の伝送、秘匿性の確保、 いわゆる文字化けの解消などが挙げられたが(A.1.5.5、A.2.6.2 参照)、 ここ数年のメールソフトウェアの多機能化によって、 簡易な操作で文字以外の書類を添付したり、 暗号化した親展メールを送受できるようになるなど、 問題点は徐々に改善されてきていると思われる。 今後、電子メールソフトウェアの一層の改良によって、 より円滑な電子メールの交換が実現されることを望む。
Webページの開設に際しての障壁は、 大きく技術の不足と人的資源の不足に分けることができる。 近年、 Webページを容易に作成できるソフトウェアが提供されるようになり、 技術的障壁は徐々に低くなっている。 それでもなおWebページの維持・管理は手間がかかり過ぎると考える学会、 研究者は多い(図2-9参照)。 これはユーザが日常扱う情報の形態と、 Webページを記述するHTML形式との親和性が小さいためであると考えられる。 例えばSGML形式によって文書を電子的に保存するなど、 ユーザの情報管理形態としてHTML形式との親和性が大きい形態が普及すれば、 この障壁も一段と低くなるであろう。
一方の障壁である人的資源の不足は、 組織の体制やコンセンサスの有無に大きく関係しているのではないだろうか。 この点については、 例えばWebページを開設し成果をあげている学会または研究室との情報交換や、事例の調査、 組織内への広報などが有用であろう。 また、このようなコンセンサス作りを促進させるために、 先行している学会および研究室による成功事例が広く公表されることを期待したい。
インターネット上での情報交流を盛んにするためには、 第一に情報の保有者がインターネットに発信することが必要であるが、 同時に情報を必要とするユーザが的確にその情報にたどり着けることが必要となる。 現在Web上ではディレクトリ・サービス(リンク集) がその役割を担っているが、 研究情報については専門性が高いため、 一般的なサービスでは十分なナビゲーションの提供は困難である。 このため、上記のような専門的なニーズに応えることのできるサービス、 例えば学会が学会員のもつWebページや関連する情報源に対するインデックスの場を提供するような試みも検討されてもよいのではないだろうか。
3.4 今後の調査研究の課題
国内では研究プロジェクトに関する基本的情報および成果がインターネット上でほとんど公表されていないことが、 本調査の結果から明らかとなった。 一方米国では公的支援を受けた研究プロジェクトの成果は原則として公開され、 近年ではインターネット上への公開が一般的となっている。 両国間の大きな差異をもたらすものは何であろうか。 例えば研究評価方法の差、学術振興政策の差、 国民性の差などがその理由として考えられる。 インターネット上への研究成果公開についての国際比較調査が、 学術分野とインターネットの関係を明らかにする上で多いに参考となるであろう。
日本語と英語など日本語以外の言語による情報発信の間には相当の差があることも判明した。 本調査ではWebページの記述言語を質問したが、 Webページを開設している学会および研究室のうち英語の Webページを持っている学会は44.6%(A.1.6.3参照)、 研究室は58.1%(A.2.5.3参照)であった。 日本語と英語による情報発信量は単純に比較して約2対1、 英語によるWebページの充実度が一般に日本語のページよりも低いことを勘案すれば、 より大きな格差があると思われる。 Webによる情報発信に限らず、 国内の学会誌のほとんどが日本語版のみであることなどから、 日本の研究コミュニティの情報発信の大部分が国内向けであると思われる。 これは日本人が持つ、 英語への苦手意識が反映されているのであろうか。 あるいは他の要因があるのだろうか。 また、日本以外の非英語圏の研究コミュニティにも共通した現象なのであろうか。 これらの疑問を解明するために、 日本を含めた非英語圏の研究コミュニティにおける、 母国語以外での情報発信の状況と、 インターネットの活用の実態に関する調査などが今後の課題として挙げられよう。
また、学術情報の流通を把握する上で、 情報の受信側の視点からの調査研究も必要となろう。 例えば、日本発の学術研究に対する海外でのニーズはどの程度あるのか、 海外でどのように流通しているか、 その中のインターネットはどのような影響を及ぼしたのか、 といった課題が今後の調査テーマとして考えられる。
コミュニケーション手段の選択については、 今回の調査を通して新たな疑問が生じた。 本調査では、 学会および研究室における各連絡手段を頻度という観点から比較することができた。 しかし、電話、FAX、郵便、電子メールなど数ある連絡手段のうち、 どのような場面でどの連絡手段が選択されるのか、 なぜその手段が用いられるのか、 といった点はなお不明である。 インターネットの新たなアプリケーションを検討する上でも、 ユーザの連絡に対するニーズと選択される手段との関係をより詳細に観察する必要があろう。
インターネットに関する調査は様々な方面で実施されているが、 インターネットが登場してから間もない現時点では、 特定のテーマを対象とした継続的な調査の例はほとんどないようである。 今回の調査を通して、 インターネットの利用環境をより的確に把握するために、 今後一層幅広い分野において、 かつ綿密な調査が必要であることがわかった。
また、インターネットの調査においては継続性も重要な要素となる。 ある一回の調査によって、その時点の現状は把握することはできるが、 各分野に与えた影響までは把握することはできない。 影響の把握には時系列の定点観測が必要であり、 変化の激しいインターネットの傾向を把握する上でも、 継続的な調査が不可欠であるということができる。
3.5 JPNIC の役割
現在、 様々なメディアを通してインターネットに関する情報が提供されている。 商用化直後のいわゆるインターネットブームという時期を経て、 インターネットに対する認識は、 利用者、非利用者を問わず着実に深まっていると思われる。 本調査ではインターネットを利用していない学会に対して、 利用の意向を調査したが、 利用したいとの回答が約60%を占めるなど(A.1.5.7参照)、 非利用者の中にも将来の利用に積極的な層が多い。 しかしながら、学会に対する調査結果に見られるように、 様々な制約によって、 インターネットに関心があっても利用できない、 あるいは利用してもユーザのニーズが十分満足されない状況が存在するのも確かである。 インターネットの持つ潜在能力を活かし、 ユーザがより大きな満足を得るためには、 インターネットで何ができるのか、 どのようなニーズにはどのような技術や製品が適しているのかという、 利用のための知識が不可欠となる。 JPNICはユーザに対する教育、啓発活動を通して、 より快適なインターネット利用環境の整備のために活動していきたいと考える。
なお、 JPNICでは今後も継続してインターネットに関する各種調査を行う予定である。 調査について御意見のある方は連絡頂ければ幸いである。