社団法人日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)では、2001年 3月12日に、「不正競争防止法の一部を改正する法律案の概要」に対して以下のよ うなコメントを経済産業省へ提出致しました。
2001年3月12日 「不正競争防止法の一部を改正する法律案の概要」に対するコメント 社団法人 日本ネットワーク インフォメーションセンター 理事長 村井 純 1. はじめに JPNIC は、ドメイン名の不正な登録・使用から生じる紛争の解決手段として 「JPドメイン名紛争処理方針」(以下「JP-DRP」という)の整備を行ってきて おります。その意味から次のような方針が関連の法整備には重要だと考えてお ります。 - インターネットはあくまでもボトムアップによる自主ルール作りで進むべ きであり、自主ルールの一つである JP-DRP、そして、それに基づく ADR である 「JPドメイン名紛争処理手続」の実行性と整合する法であること。 - 国内のドメイン名利用者の関与する紛争の解決を目的とした法を作る場合、 対象となるドメイン名は、本質的にグローバルな空間に属することを重視 し、特に、その対象がJPドメイン名に限定されないこと。 - グローバルなインターネットコミュニティと知的財産権コミュニティ(知 的財産権を扱う方々)の両方の専門家集合でのラフコンセンサスがとれる こと。 - インターネットの発展を阻害しないこと。 2. コメント 2.1 パブリックコメントの募集期間について パブリックコメントの募集期間が一週間というのは、あまりにも短いと考えま す。 2.2 第2条第1項の「不正競争」の類型に新たに追加された項目の件 法律案では、次の項目が新たに追加されることになっています。 「不正の目的で、他人の商品等表示と同一又は類似のドメイン名を使用する権 利を取得し、若しくは保有し、又はそのドメイン名を使用する行為」 この条項は、JP-DRP(及びその基礎となった ICANN UDRP)の実体要件と整合 することが望まれる部分ですが、そのためには、この条文の頭に「正当な権利 なく」という文言を挿入する必要があると考えます。なお、この条項に周知性 要件が含まれていないことについては、JPNIC からの強い主張が理解されたも のと考えます。 その他、本件につきましては、次の4点を付記させて頂きたいと思います。 - 「ドメイン名を使用する権利を取得し」という部分はいかなる立法趣旨な のか明らかにして頂きたいと思います。 - ここでは「不正」の判断基準に充分注意を払う必要があると思います。イ ンターネットの世界では、JP-DRP に至るまでに gTLD-MoU 以来、この 「不正」の意味について議論の積み重ねがあり、その結果として JP-DRP (及びその基礎となった ICANN UDRP)では「不正の目的」の典型的な類 型がいくつか例示されています。一方不正競争防止法では、元々「不正の 利益を得る目的」というような言葉使いはありましたが、この条文に現わ れる「不正の目的」が、JP-DRP の意図するところと同じ解釈をされると いう保証が弱いように感じています。その意味で一番安全な解決策は、JP -DRP と同じ「不正の目的」の類型例示を、そのまま法律にも入れて貰う ことであると思います。 - 今回追加される条項については、差止請求以外に損害賠償請求の対象にな るとされていますが、これだと「相手に対して損害がなかったこと」に対 する証明をドメイン名保有者側がおこなわなければならないことになり、 他の不法行為との関係などから考えて、損害賠償の挙証責任がドメイン名 保有者側に移るのはおかしいと考えます。 - 今回の改定は、インターネットのグローバルな名前空間に少なからぬ影響 を及ぼすものであると考えております。JP-DRP は、ICANN を中心とした 国際的なコンセンサスをベースに策定されています。不正競争防止法が JP-DRP とその実体要件を十分に整合させるということは、国際的なコン センサスにも整合するということを意味し、この点についての十分な配慮 を望みたいと思います。 2.3 第2条に置かれた「インターネット」の定義の件 法律案では、「インターネット」が次のように定義されています。 「電気通信の伝送路を自動的に選択する機能を有する設備を用いて多数の電子 計算機を電気通信回線で相互に接続した世界的規模の情報通信網をいう。」 ここでの JPNIC のコメントは、「インターネットの定義は事実上困難であり 特に法律等においてはしない方が好ましい」というものです。ポイントは次の 通りです。 - 「インターネット」を特定の国の特定の法律で規定することは、ISOC (Internet Society)、IAB(Internet Architecture Board)、IETF (Internet Engineering Task Force)を中心とする国際的なコンセンサ スと不整合をおこす可能性があります。 - 「インターネット」は、常に変化しながら発展するところに大きな特徴が あります。そもそも「インターネット」を固定的に定義することは非常に 困難なことであり、また、それは法律そのものがその定義の部分において すぐに陳腐化・時代遅れの状態になるおそれがあることを意味します。 - 今回の法律案において本質となる部分はあくまでも「ドメイン名」であっ て「インターネット」ではないと考えます。実際の裁判において、訴訟の 対象となったドメイン名が「インターネットにおいて使用されるドメイン 名なのか否か」という議論がおきるとしたら、それは本末転倒であり、 「インターネット」の定義がなくとも、今回の法律案は十分に成り立つと 考えます。 2.4 第2条に置かれた「ドメイン名」の定義の件 法律案では、「ドメイン名」が次のように定義されています。 「この法律において「ドメイン名」とは、インターネット(定義省略)におい て、人又は商品若しくは営業を識別するために用いられる文字、番号、記号 その他の符号又はこれらの結合であって、インターネットに接続した個々の 電子計算機を識別するために割り当てられる番号、記号又は文字の組み合わ せに対応するものをいう。」 この件については JPNIC は次のように考えます。 - 上記の定義は、ドメイン名に対して商品・営業識別機能をことさら鮮明に 定義しており、従来から JPNIC が規定している「ドメイン名は、インタ ーネット上での識別子として用いることを目的に登録されるものであり、 ドメイン名空間におけるドメイン名の一意性を意味し、これ以外のいかな る意味も有さない」という考え方とは異なった考えを含んでいると思われ ます。たとえ「この法律において」という限定があったとしても、定義は もっと中立的かつ正確であるべきと考えます。 - 上に述べた定義の不一致により、利用者の間で混乱を招く可能性があると 思います。それは一般ユーザーのレベルのみならず、不正競争防止法を取 り扱う法律家の間においても生じ得る可能性があると考えます。これによ り、「ドメイン名」の意味が、この法律をベースにした知的財産権コミュ ニティとインターネットコミュニティとの間で不整合をおこす可能性があ ります。 - WIPO は、その「周知商標の保護規則に関する共同勧告」において、ドメ イン名を次のように定義しています。 「『ドメイン名』とは、インターネット上の数字のアドレスに対応するア ルファベットの文字列をいう。」 すでに多言語ドメイン名の登録も開始されていることから、「アルファベ ットの文字列」に限定することはできませんが、この程度の定義が中立的 であり、かつ適切であると考えます。今回の法律案においても、この WIPO の定義を十分に参考にすべきであると考えます。 2.5 第2条第1項第1号の「商品等表示」の例示にドメイン名を追加する件 ドメイン名の使用が商標の使用(不正競争防止法における商品等表示の使用) に当たるか否かに関するこれまでの一つの見解としては、以下の「ネットワ ーク商標問題調査研究委員会報告書」(平成9年12月、特許庁委託)における 見解があげられます。 「ドメインネームの URL 上での使用は、これが商標(の使用)に該当するか 否かは、当該ドメインネームが使用されている状況やウェッブサイトに表 示されたホームページの構成全体から、URL におけるドメインネームの果た す機能について総合的に判断するのが妥当であろう。例えば、ホームページ のコンテンツ内においてはその情報の発信人を識別するための商標が一切現 れず、当該出所の識別が URL のドメインネームにおいてのみ可能である場 合には、これを商標として捉えることが可能ではないかと考えられる。また、 コンテンツ内においてこのような識別標識としての商標は現れるが、それと は異なる特に周知・著名な商標と同一又は類似のドメインネームが URL で 使用されているような場合であっては、URL の表示態様を含めて個別具体的 に判断されるべきものではあるものの、これが商標の使用と捉えられること もあるのではないかと考えられる。」 ドメイン名は、インターネット上での識別子として用いることを目的に登録さ れるものであり、ドメイン名空間におけるドメイン名の一意性を意味し、これ 以外のいかなる意味も有さない、との考えを持つ JPNIC としては、上記報告 書の見解には賛同しかねるところがありますが、今回の不正競争防止法の改定 によって、「商品等表示」の例示にドメイン名が追加されることにより、上記 の見解が当然視される方向に向かうことを非常に危惧いたします。 ここでのポイントは次の通りです。 - ドメイン名はインターネット上での識別子であり、URL 上での使用のみを もって「商品等表示」の使用と見なされる可能性があるという見解には強 い意思をもって否定するものですが、今回の例示追加がこの見解を追認す るおそれがあることを危惧いたします。 - 第2条第1項第1号の「商品等表示」の例示にドメイン名を追加すること は、これが第2号にも及ぶという意味を持ちます。第1号は周知な表示の 保護に関するものであり、第2号は著名な表示の保護に関するものです。 今回の例示追加により、紛争の申立側が、特に著名な商標を保有している という理由から、ドメイン名の使用差し止めの訴えが出される可能性が少 しでもあるとするならば、そのような状況が生じることを非常に危惧いた します。 - この法律においては、第2条第1項第1号の行為を不正の目的で行った場 合には、第13条(罰則)において「3年以下の懲役又は300万円以下 の罰金」が課せられることになっています。そもそもこのような罰則が、 ドメイン名保有者に対してかけられるということはあまりに重過ぎると思 います。 - したがって、第2条第1項第1号の「商品等表示」の例示にドメイン名を 追加することは適切ではなく、その追加は不要であると考えます。 2.6 救済措置としての「移転」の件 JP-DRP の救済措置には、ドメイン名の「取消」と「移転」があります。しか し、現行不正競争防止法においては、「使用の差止」という救済措置はあるも のの、「移転」という救済措置は明記されておりません。同法第3条第2項 (侵害の停止又は予防に必要な行為)の下で、裁判所が登録の移転を命じる判 決を出す可能性も全くないわけではありませんが、それは最終的には個々の事 案に応じた裁判所の判断ということになります。 ドメイン名の訴訟においては、原告が勝訴して登録が取り消されたとしても、 取消の直後に第三者が当該ドメイン名の登録を受けてしまい、新たな紛争が生 じる可能性があります。そのような事態を防ぐという意味において、JPNIC と しては「移転」という救済措置が同法に盛り込まれることを期待しておりまし たが、今回の法律案には盛り込まれないということがわかりました。本件につ いては、今後引き続きの検討を望むものです。
以上