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ニュースレターNo.35/2007年3月発行

IGFアテネ会合に参加して

チュニスアジェンダにおける設計論と、その実装

IGF-インターネットガバナンスフォーラムが開催されたのは2006年10月末から11月初めのことであり、それから既に1ヶ月以上経ってしまいました。会合の様子はJPNIC穂坂によって、News & Views vol.408※1で報告されていますのでそちらに委ねるとして、ここでは私が出席者として感じたことを述べたいと思います。

IGFはWSISチュニス会合のステートメント、チュニスアジェンダで国際連合の管轄下で設置されることが明言されました。以下に77章の和訳※2を引用します。

77. IGFは監督機能を持たず、既存の取り決め、仕組み、機関や組織を置き換えることは行わない。逆に、それらと関与し、その能力を活用するものである。IGFは中立で、重複することなく、拘束力のないプロセスに基づいて進められる。インターネットの日常的又は技術的な運用業務には関与しない。

つまり、「政策の立案や推進」を行うものではなく、もっぱら「マルチステークホルダー間の対話の促進」を目的として設置されるものと定義されました。チュニスアジェンダが発表されたときに見受けられた否定的な捉え方として、「結局ICANNの問題は先送りか」「IGFは対話だけに終始するガス抜きの場になるのか」といったものがありましたが、私にとっては国際連合がこのようなインターネット的なアプローチの会合を維持することを明言したことが、とても印象的でした。

そしてIGF発足会合(Inaugural IGF Meeting)と銘打たれた今回のIGFは、そのように設計された会合がどのように実装されたかを目の当たりにする初めての機会だった、と言えます。

「一般の」人々からのインターネットへの要請

会合の様子を目の当たりにしての印象はいくつかにまとめられます。まず第一に、このIGFは、全世界の「一般の人々」からの、インターネットに対する要請が呈される場であったということです。ここで「一般の人々」というのは、技術者や愛好者に限ることなく「インターネットを仕事や日常生活におけるツールとして利用している方々」という意味合いであり、「一般の」とは「偏りのない」「全般的な」という意味合いを含みます。

メインセッションの中では、特にオープニングセレモニーにおけるスピーチにその特徴がとてもよく現れています。そこでは既に日常的社会活動の大きな部分をインターネットに依存している先進国、今からインターネット上の知識を吸収して発展しようとする発展途上国、あるいはビジネスプレイヤーなどそれぞれの立場から、インターネットに対して抱く期待、要望、懸念などがきっちり練り上げられた文章で呈されていました。

それ以外にも、メインセッションのパネルディスカッションが、インターネットの専門家ではないジャーナリストによって司会進行されたことにも、広く一般的な視点からインターネットを見つめなおすという姿勢が示されたと思いますし、どのセッションでもスピーカーやパネリストを、満遍なくいろいろな領域から選んで配置したことからも、議論の一般性にこだわって構成したことがうかがえます。

これと対照的に、私が普段JPNICの仕事で付き合うような、RIRs、ICANN、ISOCの人々は、多数参加して会場にはいるのですが、意識的にだろうと思えるほど発言せず、静かにセッションを聴いているように見えました。

また「一般」とは、国際連合の視点に立つと「全世界」ということになるようです。特に、中近東や南米より群を抜いてアフリカからの参加者が目立ちました。穂坂の報告にもあったように、「まずはインターネットに対するアクセスが欲しいんだ」という強いアピールが呈されました。彼らに取ってインターネットは、貧困の窮状を世界に伝えることができる、また発展に必要な知識を手に入れることができる格好のツールとなるだろうにも関わらず、「それがないために発展を手に入れることができず、先進国との格差が広がっていく一方なんだ」という主張が、実にさまざまな形で見受けられました。

「マルチステークホルダリズム」と「対話」

今回耳にした単語で最も興味深かったものを上げるとすると、「マルチステークホルダリズム」でしょう。英語でmultistakeholderism。stakeholderは日本語で「利害関係者」と訳すと、「多利害関係者主義」と無理やり訳すことができます。ただし、今回のIGFにおけるステークホルダーの散らばりを見ていると、利害が大きく相反するというよりも、一つのテーマに対して取り扱う方向性や問題意識が異なる、つまり立場が異なるといった意味合いで捉えるべきだと思います。

いずれにしても、multi-stakeholderという表現にさらに接尾辞をつけたという、この複雑な単語を聞いたのは今回が初めてですが、それが自然に受け入れられたほど、マルチステークホルダーのアプローチ、つまりマルチステークホルダリズムが徹頭徹尾貫かれていました。

メインセッションのスピーカーリスト※3を見ていただくと分かりますが、オープニングプレナリが結果的に国連や政府の高官が多くなっていたのを除き、どのセッションでも、政府、インターネットコミュニティ、ビジネスセクター、市民社会、アカデミズムとさまざまな分野から、しかも地域分散も考慮に入れられた人選になっていました。

これは、インターネットコミュニティで従来取り入れられてきた「オープンでボトムアップな」仕組みのどれよりも、マルチステークホルダリズムにこだわっているように見えます。

これと一見独立しているように見えて、実は深い関わりがあるように思えるのが、「対話」です。ここでのマルチステークホルダリズムは、一つのテーマに対して専門を異にする人々が議論を行うということであり、それらの人々の間で議論を収束させるのがそもそも難しいという先天的性質をはらんでいます。先進国対発展途上国のように、発展の度合いなどの尺度で分けた場合には、確かに対立構図が浮かび上がるわけですが、同じテーマを扱うにしても、全く分野が違う人々が話し合う場合、「一定の結論を出す」ことよりも「他の分野の人々の考え方の背景を理解する」ことの方がとても重要であるように見えます。

つまり、ここでマルチステークホルダリズムを取る以上、おのずと結論付けよりも対話の方が重要となるということであり、参加者それぞれが自分が執行力を持つフィールドで、対話を通じて得られた背景理解によってより良い方針や政策を打ち出していくという、まさにチュニスアジェンダに示された機能の妥当性が再確認されます。また利害対立がある場合においても、対立の解消に向けてやはり相互の背景理解は重要であり、そのような場としてIGFが機能し得ることを示唆します。

「外交官モデル」から「劇場モデル」へ

これまで述べてきたように、IGFは先進国からも発展途上国からも参加者が集まり、発展途上国支援の文脈を色濃く帯びるものであるという意味で「国連的」でしたが、一方で「マルチステークホルダー」による「対話」は、「ラフコンセンサス」につながっていく「インターネット的」でありました。

今回JPNICからの参加者3名は、経団連(日本経済団体連合会)の視察団に仲間入りさせていただきました。経団連視察団の皆さんは当初このIGFに対して戸惑いを隠せなかったご様子でした。冒頭にチュニスアジェンダを引用したように、そもそもこの会合が何らかの明確な成果物を目指して開催されるものではないという点が大きい要因だったようです。

たとえばWSISでは、ジュネーブ行動計画※4やチュニスアジェンダという形で、明確な成果物が残されることが予め決まっており、それが導出される道筋を追うということができたと同時に、結果に影響を及ぼそうとする場合、その道筋に沿ってアクションを起こすことが定石と言えるでしょう。しかしながらこのIGFにおいては、結果として打ち出される予定のものはなく、最終日に予定されているのは前日までの議論のまとめだけでした。この状態では、全体の中でどこに注視してよいか見当がつかないばかりでなく、後に残るような成果が本当に出るのか疑わしいということです。

本当に実体的な成果に結び付くかどうか、それは現時点ではまだ分かりませんが、経団連視察団のまとめの会合でとても深く印象に残ったことは、団員の皆さんが敏感に、インターネットコミュニティの意思決定プロセスの性質と同じものをIGFにお感じになっていたことです。

ここで指摘されることは「ラフコンセンサス&ランニングコード」というインターネットの根底に流れる大方針ではなく、それに基づいた、参加者が誰でも自分の意見を述べてコンセンサスを目指すオープンでボトムアップなプロセスや、その弊害である、声が大きい人が影響力を持ってしまうこと、会議運営者と仲良くしておくことが議事を運ぶ上で大きな影響を及ぼすことなど、インターネット業界における会議の進み方や問題点を、的確に言い当てていらっしゃるように思いました。

その極めつけは、視察団団長をお務めになった、野村総合研究所の理事長、村上輝康さんの、「IGFでの交渉の進め方は、外交官モデルではなくて劇場モデルであった」というご指摘でした。外交官モデルというのは、国連の会議がそれにあたるでしょう。宣言の採択に水面下で諸国と交渉し、自分の主張がより強く反映されるような文面になるように頑張るようなモデルです。

それに対して劇場モデルというのは、どんな文言を宣言に盛り込むかということよりも、参加者が人としてどういう主張を持っているか、それをどう他の参加者全員に印象付けるかということが非常に重要であるモデルです。また今回は特にメインセッションでも会場からの意見も積極的に取り上げたので、発言そのものが議論の流れに影響を及ぼし、それが参加者に与える印象を大きく左右するといったことで、既にそれを織り込んだ議事運営戦略が見受けられたという指摘がありました。

今後のIGFはどうなるのか

私は経団連視察団の皆さんが敏感にインターネット的なアプローチの性質と問題点を言い当てられるのを見てから、ちょっと大げさかもしれませんが「このように世界は動いていくのかもしれない」と思うようになりました。つまり、やり方が変わったら、それが重要な任務である方々はちゃんと追従して対応し、新たなやり方で任務を果たすのです。それが重要になればなるほど、機敏に対応するようになるのでしょう。

このIGFの準備にあたったのは、ニティン・デサイ国連事務総長特別補佐を議長とするIGFアドバイザリーグループ※5でしたが、チュニスアジェンダに示された設計を良い形で実装できたと思います。そしてその参加者がその設計を理解して、新たな進め方を身につけようとしています。

「対話だけで物事が進むわけがない」という否定的な見方はありますが、私には上記のような敏感な反応が、物事が進む兆しのように見えるのです。少なくとも希望を持って信じるに価するし、信じて取り組むことで物事の進み方は加速するのではないかと思います。

来年のIGFはリオデジャネイロとなります。ブラジル政府がICANN体制に批判的であるということもあり、次はICANN体制を中心テーマに据えるとも言われています。2006年12月8日に公開された、ICANNの戦略計画2007-2010のドラフト※6の中でも、multistakeholderの参画の促進をはじめとしたポリシー策定体制の充実が中心に据えられていまして、この説は本当かもしれません。

私もインターネットの資源管理に携わる身として、ICANNの問題がどう扱われるかには注視しています。しかしそれだけにとどまらず、本稿で申し上げたような、「一般」からのインターネットに対する要請に関して「マルチステークホルダー」が「対話」することで、「既存の組織と関与し、その能力を活用」して政策を推進していくという、チュニスアジェンダで示された設計図が、今後どのように実現されていくのか、大きな期待とともに見守りたいと思います。

(JPNIC IP分野担当理事 前村昌紀)
※筆者の肩書きは2006年11月当時のものです。


※1 News & Views vol.408【臨時号】IGFアテネ会合報告
http://www.nic.ad.jp/ja/mailmagazine/backnumber/2006/vol408.html
※2 「情報社会に関するチュニスアジェンダ(仮訳)」
http://www.soumu.go.jp/s-news/2005/pdf/051119_1_2.pdf
※3 The Internet Governance Forum(IGF)- Panellists
http://www.intgovforum.org/list%20of%20panellists.ph
※4 World Summit on the Information Society
http://www.itu.int/wsis/documents/doc_multi.asp?lang=en&id=11600
※5 The Internet Governance Forum (IGF)
Advisory Group - List of Members
http://www.intgovforum.org/ADG_members.htm
※6 ICANN Strategic Plan July 2007 - June 2010
http://www.icann.org/strategic-plan/draft_stratplan_2007_2010_clean_final.pdf

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