ニュースレターNo.43/2009年11月発行
ICANNと米国政府の関係 ~JPA終了に向けて~
ICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)は、米国カリフォルニア州に設立された非営利法人で、現在ドメイン名、IPアドレス、AS番号などの、インターネット資源の管理を世界規模で行っている団体です
ICANNの設立は、1998年10月にさかのぼります。この少し前、1997年から1998年頃にかけて、DNS※1の管理権限についての議論が、インターネット関係者の間で世界規模にわたって盛んとなりました。そのような動きの中で、米国商務省(DoC, Department of Commerce)が、「インターネットの名前およびアドレスの管理(いわゆる“ホワイトペーパー”)※2」を発行し、DNSの最終的な管理権限を米国政府が持つと主張しました。その一方で、DNSの管理は民間主導で行われることが望ましいとも述べました。その結果、ICANNが設立され、1998年11月25日にはICANNと米国商務省との間で覚書(ICANN/DoC MoU※3)が締結されました。その覚書の内容は、米国政府がDNSの管理をICANNに委託するものでした。
ICANN/DoC MoUはその後6回改訂され、それを引き継ぐ形で2006年9月29日にJPA(Joint Project Agreement「共同プロジェクト合意」の意)が締結されました。JPAでは、DNSに関する技術的調整を民間に移行するというポリシー目標を達成するために、両者に以下の点を求めています。
DoCに対しては、次の4点に関連する活動の実施が規定されています。
- 透明性と説明責任の提供
- ルートサーバのセキュリティの確保
- ICANNの政府諮問委員会(GAC)への関与
- 本覚書で規定される活動実績の監視
ICANNに対しては、DNSの管理を含め、2006年9月25日にICANN理事会決議で定められた次の10点にわたる活動の実施による責務の遂行、および毎年の活動状況報告の実施を定めています。
- セキュリティと安定性の確保
- 透明性の提供
- 説明責任の提供
- ルートサーバのセキュリティおよび運営者との良好な関係の維持
- トップレベルドメインの管理
- マルチステークホルダーモデルの発展
- GACを通じた政府の役割の確保
- IPアドレス資源分配についてRIR※4との協力維持
- 組織としての責任の維持向上
- 組織管理構造の評価改善
この基本的な構造は、ICANN/DoC MoUを引き継いでいます。JPAでは、さらにこれらの実現状況を確認するため、次の2点を規定しています。
- 民間への移行についての進捗を評価するための、DoC~ICANN間での定期的な会合の開催
- 中間評価の実施
b.については、DoCの一機関である米国商務省電気通信情報局(NTIA, National Telecommunications and Information Administration)が、ICANNのパフォーマンスについて、10項目からなる意見募集を2007年10月30日より2008年2月15日まで実施しました。その結果を受け、2008年2月28日にDoCにて公聴会が開かれました。
JPAの期限は2009年9月30日までとなっており、期限満了後については特に定められていませんが、JPA期限満了に向けて、NTIAより意見募集が2009年4月27日から6月8日まで行われ、合計87件の意見が提出されました。JPNICは、民間主導によるDNSの管理運営を長年支持してきた立場から、「米国政府が最終的に、DNSの技術的調整と管理の最終権限を、現時点における唯一の適切な主体であるICANNに移管することを望む」との意見書を提出しています※5。
その理由として、意見書では次の4点を述べています。
- インターネットの発展のためには、「安定性」「競争」「民間によるボトムアップ調整」「さまざまな観点によるインターネットステークホルダーの参加」の全ての要素が不可欠である。
- インターネットの進歩は、これまで民間主導によって管理されてきた単一の権威ルートDNSゾーンに強く依存してきたが、ICANNはその創立以来、ルートゾーンの一意性を保証するために重要な役割を果たしてきた。
- ICANNの創立以来、ルートサーバ管理者との関係において、DNSルートゾーンの管理に支障を来すような問題は生じていない。
- ICANNは、各国政府との対話を実現する仕組み・場を有している。
前記は、従来のJPNICの見解を踏襲したものです。また、意見書では移管の時期については触れませんでした。
JPNIC以外から提出された意見では、JPAの継続を求めるもの、JPA終了後は同様の覚書は不要とするもの、国際的な委員会による監督を求めるもの、JPAの期限満了後の仕組みについては触れていないものなどが見受けられました。
これとは別に、意見募集終了直前の6月4日に米国下院エネルギー・商務委員会通信・技術・インターネット小委員会にて公聴会が開かれました※6。これにはNTIAとICANNに加えて、レジストリ、レジストラ、通信企業、シンクタンクより参考人がそれぞれ1人ずつ出席し、議員からの質疑応答に答えていました。質疑応答の様子から、今回のJPA期間満了をもって移管するのではなく、JPAを継続すべきという意見を持っている議員がかなりいたように思います。
その後、2009年8月上旬に、米国下院エネルギー・商務委員会および同委員会配下の通信・技術・インターネット小委員会のメンバー計10名の連名で商務長官宛に、JPAの更新や数年ごとに失効するMoUの締結ではなく、米国政府とICANNの両者が署名する恒久的な手段が必要という内容の手紙※7が送付されました。
JPAが終了する2009年9月30日、ICANNとNTIAは「責務の確認(Affirmation of Commitments; AoC)」を締結したことを発表し、翌日10月1日より発効しました。AoCはJPAと比較して、1)期限が定められていない、2)これまで定期的にICANNから報告書を提出してDoCの評価を受けていた仕組みから、ICANNの自主性を尊重した評価の仕組みに移行する、3)政府のICANNに対する関与はGACを通じて行う、4)AoCは米国政府もしくはICANN一方の当事者の意思によりいつでも終了可能、という点が異なりますが、ICANNが米国に本拠地を置く一民間非営利団体として運営される点については従来と変わりません。
ICANNは、声明でこのAoCを「民間移行に向けた大きな前進である」としています。
参考
- ■インターネット用語1分解説 ~ICANNとは~
- http://www.nic.ad.jp/ja/basics/terms/icann.html
- ■2007年度インターネット資源の管理体制と活用に関する調査研究
-
第1部 インターネット資源の国際的な管理体制とその在り方に関する議論の動向
第2章 インターネット資源管理体制の現状及びそれに関する議論の動向
http://www.nic.ad.jp/ja/research/200807-dom/chapter1-2.pdf - ■ICANNの歴史
- http://www.nic.ad.jp/ja/icann/about/history.html
- ■JPA全文
- http://www.ntia.doc.gov/ntiahome/domainname/agreements/jpa/ICANNJPA_09292006.htm
- ■JPA中間評価コメント・公聴会会議録へのリンク
- http://www.ntia.doc.gov/ntiahome/domainname/jpamidtermreview.html
(JPNIC インターネット推進部 山崎信)
- ※1 DNS(Domain Name System)
- インターネットに接続されたコンピュータの情報(ドメイン名とIPアドレスの対応など)を提供する仕組みです。
- ※2 ホワイトペーパー
- 1998年6月5日に発表された、インターネットの管理体系に関する提案が記述されている、米国政府による文書の通称です。1998年1月30日のグリーンペーパーに対するコメントの一部を反映してまとめられました。ドメイン名やIPアドレスの管理の調整のために非営利法人を設立するとしています。グリーンペーパー、ホワイトペーパーという流れを受けて、ICANNという新しい組織が設立されました。
- ※3 ICANN/DoC MoU(Memorandum of Understanding)
- ICANNと米国商務省(US Department of Commerce:DoC)が、DNSの技術的管理の権限を米国政府から民間セクター(ICANN)へ移行させるために、その方法や手順を両者が共同で策定することを目的として、1998年11月に締結した覚書です。当初は、権限移行の目標期限を2年後の2000年9月末としていましたが、その後数回にわたり覚書の改正・更新が行われ、最終的に2006年9月30日まで延長されました。
- ※4 RIR(Regional Internet Registry:地域インターネットレジストリ)
- 特定地域内のIPアドレスの割り当て業務を行うレジストリです。現在、APNIC、ARIN、RIPE NCC、LACNIC、AfriNICの五つがあります。JPNICのIPアドレスの割り当て業務は、APNICの配下で行っています。
- ※5 2009年6月8日にJPNICより米国商務省へ送付したコメント全文
- http://www.nic.ad.jp/ja/pressrelease/2009/20090610-01.html
- ※6 ICANNの監督についての公聴会映像・資料
-
http://energycommerce.house.gov/index.php?option=com_content&view=article&id=1642&catid=134&Itemid=74#toc2
(このページの最下部にストリーミングおよびダウンロードリンクがあります) - ※7 米国下院エネルギー・商務委員会から商務長官あての手紙
- http://www.internetcommerce.org/ica-files/ICANN-Locke%20letter%20080409.pdf