ニュースレターNo.35/2007年3月発行
IPv4アドレス枯渇~具体的な対処に向けて~
JPNICでは2006年4月3日に「IPv4アドレス枯渇に向けた提言」という報告書(以下、報告書)を公開し、IPv4アドレスの寿命予測に関する既存の研究成果の精査と現在の利用状況の把握を行い、その内容を踏まえた上で、IPv4アドレスの枯渇に向けて準備が必要と考えられる事項を示しました。 報告書はJPNICのWebサイトからPDFファイルで入手可能※1で、JPNIC Newsletter Vol.33※2でもご紹介しました。また報告書は英訳版も作成し、2006年7月31日に公開しました。こちらもJPNICのWebサイトで入手可能※3です。 それからほぼ1年が経過した現在、JPNICではIPv4アドレス枯渇に向けた具体的な対処を開始しましたので、本稿ではその状況をご紹介します。
IPv4アドレスの消費状況
IANA※4からRIRs※5に対する/8ブロックの割り振りをベースに消費状況をまとめると、2006年の1年間で10個の/8ブロックがRIRsに割り振られており、2007年2月末時点で未割り振りの/8ブロックが54個存在しています。
また年間割り振り数の観点では、過去3年間は2004年に9個、2005年に13個、2006年に10個というように推移しています。仮に年間10個というペースが今後持続すると仮定する場合には5.5年後、つまり2012年中頃にはIANAから割り振るIPアドレスブロックが無くなってしまうことになります。
APNICのGeoff Huston氏は、IPv4アドレスの枯渇時期を自動予測するWebページ※6を開設しています。2007年2月5日現在では、こちらの予測によると2011年7月がIANAの在庫が無くなる時期とされています。
IANAで在庫が無くなった後はRIRsの在庫のみとなりますが、Huston氏のページではRIRの在庫が無くなる時期の予測もあり、こちらは2012年の6月です。いずれにしても、IPv4アドレスの枯渇は、5年後ほどの内に現実のものとなるという見通しになっています。
Pv4アドレス枯渇を現実のものとして考える
IPv4アドレスの枯渇は過去にも何度か取りざたされてきました。IETFでは1993年から1994年に、ALE(Address Lifetime Expectation)ワーキンググループ※7においてIPv4アドレスの寿命予測がなされ、この時の予測は2008年±3年というものでした。その後、IPv6の普及推進にあたって、いくつかの説とともに近い将来IPv4アドレスが枯渇すると唱えられました。
このように過去に2度、IPv4アドレスの枯渇がクローズアップされたとするならば、昨年の報告書発表は3度目の機会と言えます。この報告書発表に対する世の中からの反応には、「また言っているよ」という風に、言わば狼少年のような捉えられ方もあったように思います。
冒頭に申し上げたように、報告書の内容はその時までに発表されていた二つの寿命予測研究成果の精査を初めとして、現実としてIPv4アドレスの枯渇を考えるものでしたので、報告書を読んでいただいた方々におかれては、過去の2度よりも数段具体的に、IPv4アドレスが枯渇しつつあることを理解していただけたと思います。しかしながらその一方で、IPv4アドレスの枯渇自体は現実感を持って理解していただいた方々においても、ご自身の生活や業務、あるいは事業に対してどのような形の影響となって訪れる問題であるのかというところまでを含めては、理解していただけるまでにはならなかったのではないかと想像します。
報告書の4.3節から、IPv4のアドレスが手に入らなくなってしまった後のインターネットの状況に関する考察を引用したいと思います。
IPv4アドレスが手に入らなくなり、かつNATをより積極的に導入するなどの方法でIPv4のまま問題を解決することができない場合、IPv6を導入するしか方法は無くなります。IPv4アドレスの割り振りが終了した後に新たにインターネットに接続されるホスト(ユーザーが利用するクライアントやサービス事業者が設置するサーバ)はIPv6アドレスしか持ちませんので、既存のホストがこれらの新しいホストに接続するためには、デュアルスタックの接続サービスによってIPv6を用いてこれらのホストに接続するか、IPv4とIPv6の間の通信を実現するトランスレータ機構を介して接続する必要が出てきます。
2007年1月30日に発売が開始されたWindows Vistaでは、IPv6がより円滑に利用できるようになっているほか、サーバに利用されるOSでもIPv6対応は進んでいますので、ユーザーやサービス事業者でのIPv6対応に対する障壁は相当低くなってきています。しかしながら、キャリアやISP、データセンターなどネットワーク事業者がIPv6のコネクティビティを提供しなければ、IPv6での通信は実現しません。
ネットワーク事業者がIPv6のコネクティビティを提供しなければならないのは、新たにインターネットに接続するホストだけではありません。IPv6アドレスしか持たないホストも含めて、インターネット上のあらゆるホストと通信できる状態を維持するためには、IPv4アドレスを持っている既存のホスト全てに対してIPv6のコネクティビティを提供する必要があります。
これはクライアントやサーバなどのエンドシステムをIPv6対応にすることとは比べものにならないくらいコストがかかることが容易に分かります。ルータをデュアルスタックにする場合にも、IPv4とIPv6双方のルーティングテーブルを保持し安定稼動を図るためには、メモリ搭載量などの諸元を増強する必要があります。ルータ以外のネットワーク機器も、例えばアクセスネットワークの末端ではコスト削減のため最小限の装置しか配備されない傾向がありますから、これらを全てIPv6対応のものに置き換える必要があるかもしれません。IPv6部分の監視に新たなシステムを導入する、ネットワーク運用要員や顧客サポート要員の教育など、新たなプロトコルを使ってサービスを提供できる体制を整えるためには莫大な費用がかかるものと思われます。
そもそもネットワークの展開には設備投資が必要ですので、数年にわたる期間の中期計画に基づく場合がほとんどだと考えられます。冒頭で述べたように今後数年でIPv4アドレスが枯渇すると考えると、そろそろ中期計画の線表の上にIPv4アドレスの割り振り終了の時期が出現するかもしれません。つまり、この割り振り終了の時期を過ぎ、手元のIPv4アドレスも無くなってしまった後には、機器を配備できたとしてもIPv4のネットワークとして展開することができません。そういう時期にインターネットは差し掛かっているのです。
JPNICのIPv4アドレス枯渇に向けた対応
JPNICはインターネットの円滑な運営に寄与することを使命に掲げる公益法人であるとともに、日本においてIPアドレスの分配・管理を行うNIR(国別インターネットレジストリ)です。2007年、JPNICではIPv4アドレス枯渇に向けた対応を重要課題と位置付け、積極的に対応してまいります。
インターネットレジストリとしての立場からは、IPv4枯渇という大きなエポックを目前にして、混乱を最小として、円滑にIPv4アドレス割り振りの終了を迎える必要があります。現在にいたるまでのアドレス管理は、有限な資源を節約して使うという原則があるだけで、割り振り終了を意識したものではありませんでした。これからIPv4アドレスの枯渇に向けて、従来とは明らかに異なる状況となるにあたって、適切な枯渇期ポリシーを検討する必要があります。
JPNICでは2007年1月に、IPv4アドレス枯渇期ポリシー検討専門家チームとして、報告書検討メンバーやグローバルなアドレスポリシー調整の経験者などにご参集いただき、枯渇期ポリシーの内容や調整戦略の検討を具体的に開始しました。その上で、早速2007年2月にインドネシア・バリ島で開催される第23回APNICオープンポリシーミーティングにおいて、"IPv4 Countdown Policy"※8として、具体的な枯渇期ポリシーの提案を行いました。
執筆時期は議案提出後ながらAPNICミーティングより前となるため、ここでは提案内容をご紹介するにとどめます。
- IPv4アドレス枯渇対応は全世界において同時に進めるべき。
全てのRIRで足並みを揃えることで、混乱を最小とするため。 - 全てのIPv4アドレスを割り振ってしまわず、多少残して割り振りを終了する。
IPv4-IPv6のトランスレータなど、枯渇後もどうしてもIPv4アドレスの割り当てが必要というケースを想定し、ある程度のIPv4アドレスは残しておくべきである。 - 割り振り終了期日を予め決定し、十分な時間を取って告知する。
「最後のブロックを取り合う」ような混乱を避け、提出された割り振り申請に対する公平性を期することと、ネットワーク事業者に対して準備を喚起する。 - 最後の割り振りまで特に延命のためのルール変更などは行わない。
現行のアドレスポリシーは、節約をその原則の一部としながらもビジネスの阻害要因とならないように運用がなされている。社会におけるインターネットの重要性がより一層増して行く中で、この運用方針は今後も継続されるべきである。 - 割り振り(割り当て)済みアドレスの回収は別の議論とする。
未利用アドレスの回収は重要で、既に回収するためのポリシーも実施されつつあるが、/8が数個返却されることで延長される猶予期間は1年にも満たないことから、本提案とは別に対応を検討するべきである。
簡単に要約すると、「多少残るように見積もって世界一斉に割り振り終了する期日を決め、事前に告知する」ということが趣旨となります。これによって、ネットワーク事業者の皆さんにIPv4アドレスが入手できなくなるタイミングを事前にお知らせして、必要な対応のご検討を促すことも大きな目的の一つです。
IPv4アドレス枯渇の問題はここまでに述べてきたように、なかなか現実感を持って理解されず、未だこのような具体的な検討を実施している例は世界中を見渡しても他にありません。JPNICおよび専門家チームでは、今回のAPNICでの提案を皮切りに、APNICとの協力・協議の下、他のRIRのミーティングにも出向いて積極的な提案活動とそれを通じた啓発活動を展開する予定です。
インターネットの円滑な運営に寄与する公益法人としての観点では、上記のアドレスポリシーだけに留まらず、IPv4アドレスの枯渇状況に関する情報提供や、国内業界全体で有効な対応策の検討が進むよう、会員や指定事業者の皆様を始めとするネットワーク事業者、また研究機関や機器製造事業者の方々とのコミュニケーションを充実させ、政府や業界諸団体との連携を密に取って、IPv4アドレス枯渇を円滑に乗り越えるための取り組みを進めてまいります。
(JPNIC IP事業部長 前村昌紀)
- ※1 報告書「IPv4アドレス枯渇に向けた提言」公開にあたって
-
http://www.nic.ad.jp/ja/research/ipv4exhaustion/
「IPv4アドレスの枯渇に向けた提言」
http://www.nic.ad.jp/ja/research/ipv4exhaustion/ipv4exh-report.pdf - ※2 JPNIC Newsletter Vol.33
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特集1「IPアドレスをめぐる 最新動向」
http://www.nic.ad.jp/ja/newsletter/No33/021.html - ※3 “Analysis and Recommendations on the Exhaustion of IPv4 Address Space”
- http://www.nic.ad.jp/en/research/IPv4exhaustion_trans-pub.pdf
- ※4 IANA(Internet Assigned Numbers Authority)
-
カリフォルニア大学情報科学研究所(ISI)のJon
Postel教授が中心となって始めたプロジェクトグループで、
ドメイン名、IPアドレス、プロトコル番号など、
インターネット資源のグローバルな管理を行っていました。
2000年2月には、ICANN、
南カリフォルニア大学およびアメリカ政府の三者の合意により、
IANAが行っていた各種資源のグローバルな管理の役割はICANNに引き継がれることになりました。
現在IANAは、ICANNにおける資源管理、
調整機能の名称として使われています。
http://www.iana.org/
インターネット1分用語解説「IANAとは」
http://www.nic.ad.jp/ja/basics/terms/iana.html - ※5 RIR(Regional Internet Registry:地域インターネットレジストリ)
-
特定地域内のIPアドレスの割り当て業務を行うレジストリです。
現在、APNIC、ARIN、RIPE NCC、LACNIC、AfriNICの五つがあります。
JPNICのIPアドレスの割り当て業務は、APNICの配下で行っています。
インターネット1分用語解説
「地域インターネットレジストリ(Regional Internet Registry)とは」
http://www.nic.ad.jp/ja/basics/terms/rir.html - ※6 “IPv4 Address Report”
- http://www.potaroo.net/tools/ipv4/
- ※7 Address Lifetime Expectations Working Group(ALE)
- http://www3.ietf.org/proceedings/94jul/ipng/ale.html
- ※8 APINIC policy proposals
-
prop-046: "IPv4 countdown policyproposal"
http://www.apnic.net/docs/policy/proposals/prop-046-v001.html